第241話「尽きぬ欲望と望まぬ堕落」
僕達が焚き火を囲みながら各国の現状を話しているときに、黒箱を奪ったヤクタ男爵一行と太陽エルフの戦士の残存兵4名は新たな局面を迎えようとしていた。
エルフは耳と目が良い為に、ヤクタ男爵の言葉をしっかり聞き分けていた……『秘薬』と言った言葉をだ。
彼等は王に献上する為に、大きく迂回し僕達のキャンプに近づかない様にしつつ彼等が逃げた方へ進路を向けていた。
当然ヤクタ男爵は此処まで来るのに馬を使っていたので、離れたところで乗って来た馬を騎士団員に待機させていた。
戦闘中の騒音で馬が逃げ出さないようにする為だ。
万が一火矢魔法の音で逃げてしまっては、帝国までの足を失う事になるからだったが……今は腕が無いので満足に馬も操れないでいた。
男爵は奇襲時に思いがけない手傷を受けた……手に入れた瞬間気を抜いた為に左腕の肘からした部分を見事に切り落とされたのだ。
激痛と出血はポーションを使い何とかなったが、今この場で気を失うことは絶対にできない。
黒箱だけ持って騎士団長が帝国へ行く可能性もある。
それどころかこの黒箱を持って、伯爵の元へ帰還する事だって考えられる。
ヤクタ男爵への裏切り行為だが、そもそも男爵自らが既に王国を裏切っている……当然非があるのは自分なのだ。
不自由にもなれない腕で馬を操りながら無くなった腕を見てある事に気がつく。
そう……無くなったのだ。
あの時に、斬り落とされた腕には『マジックグローブ』が嵌めてあったのだ。
あの中には皇帝へ献上する予定だった『魔獣の遺骸』が入っている。
そして取り出せるのは自分だけだ。
今あの場に戻れば鉢合わせする可能性もあるが、日が上った後に捜せば斬り飛ばした腕ぐらい落ちていると思ったのだ。
「クソッタレが!戻るぞ!あの銅級冒険者に斬り飛ばされた腕を拾いにいくぞ!」
突然戻ると言い始めた男爵に、騎士団長は流石に楯突いた。
「男爵様!今向こうに戻れば鉢合わせする可能性もあります。これは『秘薬』であり国王へ献上する予定の物でした。そう簡単に『探索』は諦めません。絶対に戻ってはなりません!」
「それに斬り落とされた腕を見つけても、既に腕はポーションで回復した為に今更断面を作ろうとも元には戻りません。秘薬でもあれば治せますが、この秘薬を使えば何の意味もなくなってしまいます!」
それを聞いた男爵は、苛立ちながらも騎士団長へ答える。
「そんな事分かっておるわ!怪我を治すわけでも腕は欲しい訳でも無いわ!あの腕にはマジックグローブを嵌めていたんだ!その中には『鉱山の魔獣の遺骸』が入っていて取り出せるのは『私だけ』なんだ」
「あのグローブが無くなったら、ユニークアイテムも魔獣の遺骸も献上できなくなってしう!皇帝への土産が少なくては地位の確保に万が一が生ずるかもしれん!」
「だから絶対に戻らねばならんのだ!行くぞターズ!兵を反転させて前方を確認させよ!」
そんな秘密があったとは騎士団長ターズとしても笑えない。
地位の確保には確かに多いだけ要職につける可能性は増す。
しかし既に兵の疲労はピークだ……野営につぐ野営なのだ。
鉱山で戦ったあと碌に闘いはしないが、寝心地の悪いキャンプでは体力は消耗するばかりだった。
それに兵の士気も下がる一方で、それを解消するための『ギルド資源の食い潰し』だったのだ。
それもこれもケチな男爵の采配の悪さだ。
万が一の為に裏金を配るだけ配って、結果帝国へ向かうなど『正気の沙汰か?』と疑いたくもあったが、男爵には地位も貰って良い思いをさせて貰った手前、この先もぶら下がりたい気持ちもあったのだ。
しかし、今となっては斬り落とされた『男爵の腕』が必要になったのだ……戻るしか無い。
「皆の者!反転!これより男爵様の斬り落とされた腕を奪還に向う……いいか!重要なマジックアイテムが付けられた腕故に捜さねばならん!皇帝へ献上するマジックアイテムだったのだ!いいか!見つけた物には金貨5枚と次の街で『宿の個室』を用意してやる!」
その言葉にやる気がみなぎる兵士達。
疲れ切った身体に個室宿は魅力的だった。
何時も相部屋の彼等は不満があったし、野営続きで満足に脚も伸ばして寝られない。
今は美味い飯と安眠がなによりも彼等は欲しかったのだ。
ヤクタ騎士団は『逃すための配慮』もあったので、今のところ脱落者は5名だけだった。
伯爵騎士団に切り捨てられた兵達だけだ。
それも相手が優勢だったが、伯爵守護の為に攻めて出ようとしなかったお陰だった。
当然戻れば戦死者が出るかも知れない現状に、騎士団長は不安で仕方なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
半刻程来た道を引き返す……3時進は距離的に逃げていたので2時進半近くまだ戻らないとならない……
しかし暗がりから急に矢を射掛けられ戦闘を走る騎士が2人落馬すると、直後に兵士が大声で叫ぶ。
「敵襲!敵襲!灯が見えません!ぐがぁ!!」
状況判断が出来ない騎士団は実力不足だった。
数名が持っていた松明を遠くに放り投げるとその周辺に人影を発見した。
急な灯で目が眩んだ『エルフの戦士』だった。
騎士団長が指示を出す。
「全員抜刀!エルフの戦士だ!いいか気圧されるな!暗いから同士討ちに気をつけて対処!」
「「「オオオ!」」」
ターズ騎士団長は馬を走らせ暗がりに突っ込む……そこにはエルフの戦士が居たが光で目が眩んだ為に対処が遅れた。
馬で交差ざまにターズは剣で馬上から薙ぎ払うと確かに『何かを切った』手応えがあった。
馬を反転するときに自分の剣に目をやるが血は付いてない。
耳を澄まして歩く音がする方へ馬を駆けさせると、走り去る人影の背後にエルフが2人弓を構えていた……前の1人は陽動作戦で後ろへ誘ったようだ。
ターズ騎士団長は既に馬を駆けさせているので、今更向きを変えさせるわけにもいかない。
そんな事をすれば馬に負荷がかかり故障してしまうかも知れない……そうなれば帝国までなど絶望的だ。
一瞬考えたが今更なので仕方なく馬を加速させる。
身を低くして的を小さくするが、ガタイの良いターズにすれば意味がない上に相手はエルフだ。
エルフが射た矢は鎧の継ぎ目にあたる。
射られた場所は剣を持つ腕の関節部だ。
一本目は運良く鏃が継ぎ目にぶつかった衝撃で軽傷で済んだが、二本目はまともに刺さり剣を落としそうになる。
エルフの近くまで来たターズは、痛みを堪えて剣を振り大きな声で騎士団を呼ぶ。
「闇に潜んで人に害をなす悪鬼に成り果てた『堕落したエルフ』どもめ!成敗してくれる!騎士団突撃準備!」
それに呼応するように騎士団が松明をエルフの方へ投げ込み、明るさを確保してから馬による突撃陣形を作りターズの『突撃!』の合図を待つ。
ターズは騎士団の突然準備が整うまで、エルフを逃さない様に周回しつつ痛みを堪えて剣を振るう為、攻撃時の威力など期待はできなかったが、目の前のエルフの様子がみるみるおかしくなっていく……
ターズは少なからず彼等太陽のエルフの心の拠り所を切り崩す事になる………
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