第223話「銅級冒険者の決まり事」

僕は講師からダンジョンの経験で注意するべき点を聞かれたので答える。



「まず、この階層ボスは出口付近に陣取っていて、部屋は縦に長く入り口から僅かに距離があります。此処に関わらずですが、階層ボスを相手にする場合は十分な準備が必要です。」



「魔物に敵わない場合は来た距離を戻る事になりますが、距離が僅かとはいえ魔物を相手しながら元の道を帰るのは困難です。その上なんらかの理由で後から冒険者が入室した場合は、部屋の中に新たな魔物が増える状況も分かりました」



「今回は例の問題児が誤って突入した事で、状況が悪い方に動き止む無く僕達が救助に向かった際ですが、あの階層ボスと戦っていた銅級冒険者のバームさんは、同じ前衛のクーヘンさんを庇いダメージを多く受けました」



「しかし彼等が死ぬことは後衛や中衛職の仲間を守る為には許されません、そして後衛職は前衛の彼らを見殺しになどしてはなりません。中衛職である薬師のビーンズさんは果敢にもその戦闘に飛び込んでいきました。この後にどうなったかは想像の通りです」



「彼らの姿は僕達にも当てはまります。ダンジョンでの戦闘に関わらない事ですが、いかなる場合でもその様に仲間を信じ補う事で『勝利』をもぎ取るのですから……」



「前衛の盾職の皆さんはそれを踏まえての行動そして、後衛や回復師そして中衛職の薬師の方は怪我を恐れぬ勇気も必要になります。それが『階層ボス』と戦った僕達の感想です」



 僕がダンジョンのあった事を交えて話すと、為になったのか皆静かに聞いていた。



 そして受付嬢のライムさんが、一言だけ追加する。



「皆さん!今の話を聞いた様に、自分のパーティーだけが仲間ではありません。他のパーティーを助ける事がその後の冒険者人生も大きく左右します」


 そう言うと、後ろに目線を配る。


 駆け出しから昇格したばかりの銅級冒険者講習心得的なモノにも関わらず、後ろでは多くの冒険者が頷きながら聞いていた。


 僕が話した事で、この時間の講習会はいつもより長く時間を使った様だ。


 早朝任務に出た冒険者達は既に戻って来た様で、講習会で締め括りとして話す事になった新米冒険者の僕を冷やかす為この場に来た彼等だったが、ダンジョンであった様子を聞きバームの仲間思いの行動に感動していた。


 しかし当のバーム達は、酒を煽り昨日手に入れた武器を自慢していたのだが………


 彼等は伯爵の『秘薬』護衛用冒険者に推薦されていた。


 しかし『ギルド待機』になり急な『出発延期』で暇を持て余していた。


 ただしこんな場合でも『日当』はしっかり払われるので、酒を飲み待ってるだけで金になるのでそれはそれで良い様だ。


 受付嬢のライムが他の受付嬢と交代する……勿論、銅級受付窓口総括のミオさんだ。



「皆さん講習会お疲れ様でした。今から受講前に預かりました銅級冒険者証を返却します。本日全講義を受講した方はランク指定の『必要任務数』から最大で3任務分が差し引かれます。差し引かれる任務数は『受講』をした件数分です」



「この特別措置は昇格間もない冒険者にのみ適応され、銅級基礎講座を受けた初回だけ適応されます。一度降格後に再度この基礎講座を受けても『対象』にはなりませんので注意して下さいください。『毎回』数名ですが『受講をしたと難癖をつける冒険者』がいらっしゃいます」



「その場合は逆に『マイナス査定』になるので充分注意してください。そして、同じ事が続く場合『冒険者証剥奪』になります」



 僕は知らない内容だが、どうやらランク指定の『必要任務数』が存在するらしい……あくまで僕の『貴族任務』はイレギュラーなのでギルド窓口としても『想定外』だった様だ。


 それにしてもあの手この手の不正で任務数を稼ぐ輩は……冒険者としては不向きだとしか思えない。


 ちゃんと実力をつけて冒険者をやった方が実入りがいいのに……と思ってしまう。


 その分、危険を伴うがそれは冒険者という職業を選んだ事で分かっているはずだが……



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 この講義時間の始まりの時に僕はチャックに発見されて、今は6人で同じ机を囲んでいる。



「リーダー!朝から『任務』って……それって許されんのか?何で俺たちと違うんだ?どうやったんだ?不正か?」



 チャックが不思議そうに訪ねてきた……面等向かって『不正か?』と聞く彼もすごいと思うが……


 もしかしたら講義の前に『依頼』について何か言われたのかもしれない……



「男爵に直接お願いされたんだよ。アープ御令嬢の護衛なんだけど、例の『秘薬』絡みで急遽必要になったとかでね、知り合いだったから僕が居たから頼みやすかったみたいだよ?なんかその場にギルマスも居たからなし崩しで決まっちゃたんだよね。」


「ところで、依頼について『何か決まり』があるのかな?朝から『護衛任務』で出てたから受講出来てないんだ。皆が知っていることを僕は知らないからね……」



 僕は受けていない事を皆に説明する。


 現在自分が理解している事と、相手が理解している事は異なる事を分かって貰う為だ。


 この様な事は自分の立場のみで話していると意外と見過ごす事だ。


 それを把握したのか、ユイが答えてくれた。



「いつも通りに窓口に依頼を受けにいくと、『銅級心得』を受けるまでは『依頼』は受けられないと言われるんです。因みに私たち昇格したての銅級冒険者は『銅級心得』と呼んでいますが、『銅級冒険者講習』の事です」



「一番最初の『受講』では依頼の受け方や、一定期間に熟さなければならない『必要任務数』の他に、段位の昇格試験、銀級への上がり方、ギルド内部の銅級権限で出来る事などを学びます」



「なので、チャックさんが言ったのは『受けられないはずの依頼を受けた』という不思議ですね。その場にギルマスがいた上で了承され、男爵様から依頼を受けたのであれば『貴族任務』というわけですね……」



 ユイは的確に質問内容を噛み砕いて説明してくれた。



 しかしチャックは、『リーダーだけ特別扱いなんだ!昨日既に銀級に上がる話をギルマスからされていた!』と声に出して露骨に羨ましがっていた。



 しかし、白い目でユイはチャックを諌める。



「チャック!貴方はちゃんと講師の話を聴いてましたか?『特例事項も存在する。』に当てはまる事だと想像つきますが?内容が『貴族任務』であれば、そうそう冒険者は断る事はできませんから」



「それに、『その場に貴方が居れば』一緒に任務を熟せたかもしれませんよね?貴方がお酒を飲んで肉を食べ、武器を自慢していた間にリーダーは男爵やギルマスと話して『貴族任務』を勝ち取ったんです。見習うべきですよ!」



 論破されたチャックは何か言いたそうに『パクパク』と口を動かすが何も言葉が出てこない……言えば言い負かされるのは此処にいる全員が多分想像つくだろう。



 チャックの気持ちはわかるが、折角の貴族と繋がるチャンスを酒と飯で不意にしたのは自分達だ。



 出会っていきなり『護衛任務』とは言わずとも、間違いなく貴族と面識を持つチャンスにはなった筈だからだ。



 パクパクしているチャックを放置してユイは説明を続ける。



 ユイの話では、銅級一度目の早朝任務受付ピークタイムを過ぎた辺りから『朝の部』の講習会が始まるらしく、2本立てらしい。



 昼食は取らないのか?と気になったが、考えてみれば異世界は1日2食が当たり前であり冒険者となれば食べれる時に食べるのが当たり前なのだ。



 そして魔物は食事の時間など気にしない……1日のALLタイムが食事時間だ……冒険者は何時でも万全の態勢を整えておく必要がある。



 僕達現代人の常識で暮らすと、異世界ではとてもでは無いが命が幾つあっても足りない……1日8時間の睡眠など街の外では眠れないのは子供でもわかるほどの常識だ。



 日々の生活の中で、此処が異世界であると気がつく度に、僕はあらゆる事に驚かされる。

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