第65話「貴族の3令嬢と騎士テロル」

その声に俄かに慌てる騎士のテロルと兵士は美香の言葉を聴き流して、女の子達に馬車の中にいる様に促す。



「も、もう少しお待ち下さい…今外をご覧になられると大変お目を汚しますので。」



「その通りです…お前達すぐにそこのウルフをお嬢様達の目のつかない場所へ退けるのです。」



 確かにその通りだ…脚を吹き飛ばされたり、腹が酷く損傷したり…首と同体がばらけたり…遠くには頭が無い2匹が横たわっているし、僕がやったのは水魔法で当たった箇所や刺さった内部から爆散なのでみるも無残なのだ。


 フォレストウルフであった物が辺り一面に転がっている…美香でさえ出来る限り目を背ける有様なのだ。



 そう言われた兵士達はすぐにウルフの遺体を森の際へ運ぶ…僕はその運ばれるウルフを見て…ああ!肉が!と言う顔をしていた様で…騎士の男は…




「当然部位の回収をせねばならないのも理解しております…魔導師様にはこの様な素材でも使い道があるのでしょう。ただ、今だけお嬢様方の目に映らない場所に一時的に移すだけですので、後程御自由にしてください。」



 そこで僕らはつい…



「す…すいません…フォレストウルフの可食部は仲間が調理すると、とても美味なのでつい…」




 と言うと、お嬢様三人が共に勢い良く馬車から飛び出してくる。




「「「美味しい物があるのですか!何処でしょうか!」」」




 その言葉に、ついレイカの顔が思い出された…辛うじて僕は頭のない2匹を身体を使ってお嬢3人の目線から隠すのに忙しかった。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 フォレストウルフを一通り倒したまでは良かったが、彼等は街に戻る為には取り敢えず窪地に脱輪した馬車をどうにかせねばならなかった。


 しかし、男五人でもこの馬車を持ち上げるなど出来るはずもない…。



 馬を使い出すにしても、こうもぬかるんだ上に危険にも備えなければ、となれば簡単にはいかない…さらに辺りは真っ暗だ。



「おいヒロ〜何処だー!」



「あのバカ!動くなと言ってた筈なのに…本当にこの辺なんだろう?ロズ?」



 道を少し戻った暗闇に包まれている僕達が出てきた森の獣道あたりからロズとエクシアさんの声がする…馬車の持ち主である彼らが危険だったとは言え…また約束を破ってしまった。



「エクシアさーん!」



 突然、美香が暗闇に向かって大声でエクシアを呼ぶ…僕は気まずくなり若干美香の後ろに隠れるそぶりをする。




「あっちだ!ロズ!美香の声だ!んーの馬鹿!今度は何やらかした!」




 エクシアさん…声に出したらそれ…僕に伝わります…僕は更に美香に隠れる様にする。




「姉さんに似て問題児ですね!ヒロ兄ぃは!がっはっはっはっは!これで俺より問題児だって証明できたんで俺の肩の荷が降りますよ!」



「あのな?これは問題児が増えるだけで、私が楽にならないんだよ!それって!」





 大声で笑いながらも話しつつ暗闇に包まれている森の道を歩く2人の会話を、テロルと兵士に話を聞かれている僕は…彼らに苦笑いしかできなかった。




 突然ロズが小声で…




「アレ!あの暗闇の方…姉さん馬車が止まってますよ!灯が消えて真っ暗だけど多分あれ貴族の馬車じゃ無いっすか?まさかヒロが貴族様と揉め事とか?…何かやらかしたんじゃ…」



「アイツ…何やってんだ!目を離したこの僅かな間に…誤解を解いてもらわないと貴族相手じゃ流石に私らじゃどうにも出来なくなるよ!」



「いいかい!ここは私に任せてお前は余計な話はするなよ!」



「なんとか、ヒロと美香を返して貰うから。」



「分かりました!姉さん!俺もそこまで馬鹿じゃ無いっす!」




 ロズとエクシアは周りに聞こえないくらいの声で打ち合わせ話すと、何気ない口調で話しながら僕に近寄るがその後にはとてもビックリすることになった。




「おいヒロ!動くなってロズが…ん!な!なんで!騎士爵テロル様⁉︎何故ここに!」




「エクシアと叫んでいたが…同じ名前知は珍しいと思ったが…まさか紅蓮のエクシア嬢の事だったとは!こんな森の中で何という幸運!」




 エクシアが歩みを止める中、テロルはお嬢様も兵士も馬車さえもそっちのけで暗闇の中エクシアに駆け寄る…当のエクシアは若干顔が引きつりながら、若干後ろに下がっている…暗闇だったのが此処でも功を成していた。




 冒険者にもなると暗闇でも目がきくのだろうか…因みに僕には空間感知でどの辺りに何が居るかは判るが…顔までは判らない。




 ロズとエクシアが馬車付近まで辿り着いたので、余程悪いと思ったのか美香が事情を説明する。



 まず木の枝を集めていて、美香が足を滑らせ滑落しそうな所を僕に助けられて、道に出た所フォレストウルフに見つかりウルフが襲いかかってきた事。



 その際に美香を守る為に仕方なく僕が戦いその道の先に兵士が戦っていたので見殺しにできず助けて応戦した事。


 『番犬』ギルドがその場の戦闘を放棄した為状況が悪かったとテロルが証言してくれて、荷物さえ無くなり困っていた事まで包み隠さず話していた。


 そのあと傷薬に軟膏を渡したところで…エクシアとロズが来た。



 ここまで話すと、エクシアとロズは顔を見合わせてため息を吐く。




「本当に飽きさせない展開をする奴だね!ヒロは」



「エク姉さん!まぁ貴族の方に喧嘩売ったわけじゃないから良かったっすよ!寧ろその『番犬』の奴らはどこに行ったんですかね!依頼主放置して…まさか他のウルフの群れに…」



「確かに他の群れにやられるのは無いわけじゃないよ…向こうも生きていく為には襲うのが野生と言うか自然の流れだ…問題は依頼者を警護せず逃げ出した事だね!…あの街では冒険者としては最低限なことも出来ない奴等が徒党を組んでギルドを作るって事を周りに示しちまった…ヤバイねこれは」



 逃げ出したギルド・番犬の事は他の群れを呼び込んだりと二次被害も考えると今はどうすることも出来ないので…取り敢えず出来る事を考えたが、馬車を動かすにも今の夜の森でやれる筈もない…



「ぬかるんだ窪地から出すときの大きな音は寧ろ他の魔物を呼び込む事になる」



 とのエクシアの言葉は、お嬢様の恐怖を掻き立てたのだろう…翌朝明るい時に、ファイアフォックスと周辺に居た冒険者にも協力して貰い馬車を出そうという事になった。



 彼等は水精霊の地で清めの儀を行う為に向かう途中だったらしいが、今のアイテムも旅費も無い状態では旅も出来る筈もないので一度街まで帰り他の冒険者をギルドで紹介して貰う事になった様だ。



 それに依頼主が生きて居た場合速やかに『番犬』の者が全員殉職した事を伝えるのも依頼主の役目だ…護衛を請け負った側が万が一あの場から逃げて戻らなかった場合は契約不履行の通達もある。



 その場合のギルドへの信用失墜もさることながら、罰金が大変な額になる…この罰金は冒険者組合から依頼者側に支払われ、組合からはその対象ギルドへ罰金相当額の他に国営ギルド信用失墜の罰金が加算されるらしい。



 ひとまずお嬢様の荷物を兵士が持ち、エクシア達のキャンプまで引き返し共に朝まで過ごすという事となった。



 兵士は馬を何とかウルフの攻撃から守り、馬自体は傷も少ない様で一安心の様だ…一応美香が傷薬と軟膏を兵士に渡して馬に塗る様に言う。



 この世界では馬車を引く馬が居なくなったらその旅はお手上げなのだ…誰かにお願いして乗せて貰う他ない…しかし荷を『番犬』に持ち去られた以上は礼金を払えないので乗せて貰えない可能性が高い上、貴族は面子が大切なので家に冒険者を呼び礼を尽くすのを嫌がる。



 それに、現状貴族が乗れそうな馬車が無い以上、彼らは今誰かにお願いするのは危険地帯にとどまり通りかかるのを待たないとならず小さいお嬢様3人を護りながらなどは困難だった。



 今彼らがお願いできるのは、よほど貴族に恩を売りたい人以外は聞かないだろう…だからこそ、兵士は死ぬ思いをしてまでも、馬を守っていたのだ。



 お嬢様方の準備が終わる迄に僕らは、ウルフの討伐部位を切り出す…ウルフの肉も美味である部分を中心に少量切り出すが…流石に可食部全部は持っていけない…生き物を殺めて食べる事をしないなど生き物に申し訳ない…そしてせっかくの新鮮な可食部だけに勿体無いと思うが、他の魔物を近くに呼ばない為にもなるべく深く穴を掘り埋めるしか無い。



 ふと、森に目をやると僕は…探し続けた食材を遂に見つけた。思わず我を忘れて鑑定する。

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