第64話「フォレストウルフと謎の貴族」

脱輪の上にフォレストウルフに襲われている馬車を守らねばならない状況らしく、人間で戦っている数は見る限りで4人程で、それに対して8匹程にもなるフォレストウルフの大きな群に手こずっていた。


 馬車の中は空間感知で見る限り3人程乗っている様だ。



 因みにその馬車は、マッコリー二の様な荷馬車ではなく貴族達が乗りそうな馬車全体に細工がなされた豪勢な馬車だった。



 馬車を囲む様に位置取る兵士に襲いかかるフォレストウルフ。


 結構遠くに馬車があるのだがフォレストウルフの2匹が僕らの存在に気がつき襲いかかって来る。


 僕は右手で美香を守る様にしながらも、反対の手をウルフに向ける。


 咄嗟にウォーターバレットで襲いくるウルフ2匹を撃退して、残りの3発を馬車近くの兵士の腕に噛み付いていたウルフの腹に撃ち込むと、認識外から突然魔法を撃ち込まれたウルフは腹部が弾けた激痛と射撃魔法の衝撃で噛んでいた腕を離しその場に倒れ込む。



 噛まれていた兵士は、突然の有り様に驚きはしたがチャンスを逃す筈もなく……持っていた剣でそのウルフにとどめを刺して、すぐさま横で戦っている仲間に加勢する。



 僕は美香に周りの注意をする様に促し、小走りに馬車に向けて駆けながらもすぐさまウォーター・ジャベリンを用意して順に3本投擲する。


 1本は豪勢な鎧を着込んだ男が相手をしていたウルフの後脚に刺さり爆散する。


 ウルフはその痛みに堪らず怯んだ所を狙われて、男に首を跳ねられる。


 2本目は、馬車の屋根に乗り上げてガリガリ噛み付き襲いかかっていたウルフの下半身に狙いを付け投擲すると、突き刺さると同時に下半身の刺さった箇所の周辺が爆散し勢いで馬車の屋根から騎士風の男の横に落ちる。


 屋根から落ちた矢先すぐに騎士風の男にとどめを刺されるウルフ……これで残り3匹だ。


 ジャベリンの三本目は御者台に登って威嚇していたウルフの眉間を狙って投げるも、遠過ぎたのと流石に仲間がやられていたので警戒していたのだろう。


 反射神経は向こうが遥かに上だ。


 素早くかわされ外れたが、ウルフの着地を見逃さずに騎士風の男が持っていた剣を一文字に振り抜くと首と胴体がすぐさま離れる。


 そうこうしていると、残りの2匹が兵士達によって討伐される。


 兵士の鎧には激闘を思わせる引っ掻き傷や、腕や足の鎧に隠れていない部分は血が滲んでいる。


 爪による切り裂き攻撃を受けたのだろう。


 籠手に噛み付かれていた兵士は痛みを堪えながら腕を抑えている。


「すまない!助かった!一時はどうなるかと……このままでは諦めるしか無いとまで思ったが、命拾いした!なんとか2匹倒したまではいいが、これから連携を!と言う時に一緒に同行していた『番犬』というギルドの冒険者達があの群の数を見るや、我らに押し付け逃げてしまってな…」



「申し訳ない言葉使いも雑になってしまった。自己紹介が遅れましたが私はクリアレイク家、ウィンディア男爵にお仕えする騎士のテロルと申します。」



「お二人が来てくれたお陰で、どうにか守り抜くことができました。」



「間に合って何よりです。出来れば怪我される前に力になれれば良かったのですが…」



「無事で何よりです。その…私は何もできませんでしたが…」



「それにしても凄く見事な魔法でしたが……高明な魔導師な方とお見受け致しますが、何故この様な場所に……それもお供もつけずお二人で?」



 あからさまに僕らを疑っていた……ウルフをけしかけたとか思われたのだろうか?



 一先ず安全を確保できたので、僕とその男が挨拶を交わす。


 その一際豪勢な鎧に身を包む男はテロルと言う名の騎士だった。


 美香もテロルに手短に挨拶をするが、彼女は挨拶より腕を噛まれた兵士を心配している様だ…


 騎士のテロルがまだ話しているが、美香は急いで傷薬を取り出して4人に渡していく。




「良ければこれどうぞ!私が作った傷薬と軟膏で、無いよりは良いくらいだと思うのですが…」




 そう言って美香が、ロックバードの村の広場で和気藹々と団欒しながら皆で作っていた傷薬を兵士全員と騎士のテロルに配る。



「なんと!薬師の方か!そんなに若いのに大した実力で御座いますな。かたじけない……有難く使わせて頂くとしよう。」



「実は『番犬』と言うギルドの者に我々の荷物を預けていたので、その者達が逃げてしまった今、我らには薬の類が全く無いので助かりました。」



 そう言って、テロルが兵士に使う様に勧めると彼らは傷薬の封を開けて飲み干す。


 腕を噛まれた兵士は少し振りかけた後飲み干していた。


 腕を抑えていた兵士がつい声を上げる。




「な?なん…傷の痛みが…えっ?傷口から血が…もう止まっている。」



「お…お前もか?俺の脚の傷も痛みが無いんだ!ゲイズアウルにやられた裂傷だから…数日は我慢しないと!って思っていたんだが!」




 そう言われた僕らは彼の脚を見る。


 鎧や小手などの防具には防がれたクチバシの傷跡が幾つもあるが、防具の少ない脚の部分には避けた際に避け損なった傷が痛々しく残っていた。


 避け方を少し間違えればあのフォレストウルフの様に長く鋭い抉り傷になっていただろう。



 傷が脚だった為に真面にくらっていたら動けない程の傷を負っていただろう。


 もしそうなっていたら、今この闘いさえも満足にこなせなかっただろう。


 もしかしたら、僕らが撃ち漏らした梟だろうか?




「軟膏もお渡ししますから、塗っておいてください。一緒に使うと傷に治りが早い…あ!そんなこと私が説明しなくても既に知ってますよね!」



 そう言って美香は飲み終わった瓶を回収しながら軟膏を配っていく。




「「ツッ!も…申し訳ありません!テロル様!傷薬にしては薬効が高いので…つ…つい!」」




「構わぬ!我も驚いている。お前達には無理をさせて申し訳ない。」



「そもそも、お前達が止める所を我があの様な妄言を言う『番犬』を信じ我らの荷物を預けたせいでこうなったのだ!命でも落としていたらお前達の家族に合わす顔がない。」



「今は薬師様のご好意に甘えさせてもらい、折角なので頂いた軟膏も使わせて頂こう。一度街に戻り、我々は再度準備せねば…」



 つい自分達が薬師の人に薬を強請っている形になってしまった事に気がつき、騎士の顔に泥を塗ってしまった彼ら3人はすぐに謝り始める。


 当の美香は少しでも怪我をよくして欲しかったのだろう全く気にするそぶりさえない。


 このテロルと言う騎士はいい人なのだろう…兵士を労い声をかけていた…更に騎士だと言う割には自分の非を認めて謝ってさえいる。




「こんな素晴らしい薬を…素性さえも解らない者に渡される貴方様は薬師の鏡の様な方ですね。」



「高明な魔導師様に、腕の立つ薬師様…本当に我らは運が良かった。



「違います私達はただの冒険者見習いです!そんな凄い者じゃ無いです!」




 ヤバイ感じだったので誤魔化そうと考えていたら、一番言ってはいけない言葉を言ってしまう美香。



 運が良かったのだろうその言葉に被るように馬車の中から声がする。




「テロル…皆の者…話し声が聞こえますが……もう大丈夫なのですか?もう外は安全なのですか?」



「怖い犬は居なくなりましたか?」



「もう吠えませんか?」



 そう馬車の中から3人分の声が聞こえて、扉が少し開くとそこにはちょこんと顔を出す可愛らしい双子の女の子と、女の子達よりほんの少し歳が上と思われる女の子が外の様子をうかがっていた。

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