絵馬

「どうも、浦島太郎です」

「わたくしは講師の亀でございます。突然ですが、浦島殿は絵馬を奉納した経験はございますか? 実はわたくし、若かりし学生の頃、神社の授与所でアルバイトをしておりましてな。恋愛成就で有名な神社でございましたので、若い女性の参拝者が毎日大勢いらっしゃったものです」

「へえー、絵馬かぁ」

「はい。絵馬に願いを書き込む女性は、とても真剣な表情をなさいますので、わたくしは密かにそれを眺めるのが好きでした。さらに目が離せないのは、書き上がった瞬間でございます。絵馬を書き上げた女性は、ホッとしたような満足したような、とても美しい表情をなさるのですよ。ほんの一瞬なのですが、その嬉しそうな様子を見て、わたくしは想いを馳せるのです。彼女たちの慕う相手は、きっと素敵な殿方なのだろうなぁと」

「絵馬を書いてるってことは、基本的に片想いなんだよな?」

「そうでしょうな。実る恋もありましょうし、実らぬ恋もありましょう。ですが、結末がどうであれ、恋心とは美しきものでございます。人が人を大切に想う。この世にこれ以上の美徳がありましょうか? などと考えながら授与を行い、お釣りを間違えて叱られた経験がございました」

「またそういう失敗談……」

「授与所にもスーパーのような自動レジがあればいいのに! それから印象的だったのは、恋愛成就した後わざわざ再度お越しくださり、お礼の絵馬を奉納してくださった女性ですな。アルバイトのわたくしまで感謝の言葉をいただきましたが、逆に考えると、そういう女性だからこそ恋が実ったとも言えましょうや」

「いいことがあったら感謝する、その心掛けは大切だよな!」

「はい。恋愛を実らせるのは、小手先のテクニックではなく、そのような人間としての誠実さかもしれませぬな。以上、亀と浦島の恋愛講座でした」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る