【番外編】亀の独白

 結局、わたくしの願いは1つなのでございます。

 ここまで受講してくださった皆様は、きっと不審に思われているでしょう。「亀が恋愛講座?」「コンセプトおかしくない?」と。ええ、そのお気持ちは充分に理解できます。ですが、これには深い理由があるのです。


 あの日、わたくしは、いじめられておりました。顔に泥を塗られ、棒切れでつつかれ、わたくしが甲羅へ閉じこもると、わらべどもはその様子を笑いました。惨めな経験でございました。命こそ盗られずとも、多数に囲まれ嘲笑され、心は死んだも同然でございます。そのわたくしを、救ってくださった方がおりました。彼の名前は浦島太郎。そう、皆様ご存知の通りです。


 その感情は、決して恋ではございませぬ。ですが、正直に申し上げると、それに近しいものはありました。つまり、わたくしは、嬉しかったのでございます。わたくしを助けてくださった彼を竜宮城へお連れし、歓待し、無上の幸福を味わっていただきたいと考えたのです。願わくば、彼が乙姫と結ばれたら、という気持ちもございました。さすれば、わたくしは、彼と長く一緒にいられます。あの親切を、また施してもらえるかもしれません。


 ですが、わたくしの目論見は失敗でございました。それはもう、大失敗でございます。2人が結ばれることはついぞなく、乙姫は彼を呪い、彼は絶望のうちに命を絶ちました。ああ、何故……。わたくしは、深く後悔しております。わたくしなんぞを助けたばかりに、何の罪もない心優しき若者が、命を落としたのでございます! このようなことが許されていいのでしょうか。今のわたくしを構成するのは、ひとえにこの感情なのでございます。


 話が長くなりました。そうです、わたくしの願いはただ1つ。それは、浦島殿を今度こそハッピーエンドへ導くこと。そのために、わたくしは講義を続けるのでございます。かつて訪れなかった、明るく幸福な未来を目指して。

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