第36話:堪能

 学院長がひと口飲んで驚きの表情をしている。


「いや、なんとも美味しい。

 とてつもない年月を経たワインらしい黒みがかった色と心地良く豊かなアタック。

 年月を経ているのに辛口にならず豊かで濃厚な甘味。

 このビロードのような苦味と渋味と舌触りは、古代魔術皇国時代のワイン以外では絶対に感じられない特別なものですね。

 酸味と甘味のバランスも神々が調律されたかのようです。

 ああ、なんて長く風味が残るのだろう。

 ほとんどの古代魔術皇国時代のワインが弱いフレーバーになってしまうのに、信じられないくらいフレッシュで濃縮されたフレーバーです。

 がっしりとしたボディに舌が衝撃を受けています。

 こんな極上の古代魔術皇国時代のワインは初めて飲ませていただきました」


 学院長は本気でワインをほめてくれているのかな。

 それとも偽物だと分かっていておべっかを使っているのかな。

 意外と古狸のようで表情を読むことができない。

 だが臭くないので悪人ではないのだろう。

 何か悪く思われるようなことをするにしても、清濁併せ吞まなければいけない状況での、しかたがない行為なのかもしれない。

 

「本当ですね、学院長。

 私はそれほど多く古代魔術皇国時代のワインを飲ませていただけたわけではありませんが、これほど美味しいモノを飲んだことがありません。

 いや、今日が人生最高の日ですよ。

 ノア殿、今日は本当にありがとうございます。

 これほどのモノを飲ませていただけるのに、あの程度の手土産しか持参出来ない自分が情けなくて情けなくて」


「それは褒め過ぎですよ、タロン殿。

 人生最高の日はキーラ夫人と出会われた日かお子様方の生まれられた日でしょう。

 そこまで自分を偽って誉めてくださらなくても大丈夫ですよ」


「いあ、その、まあ、なんともはや」


 タロン殿がキーラ夫人に視線を向けてしどろもどろになっている。

 キーラ夫人は夫のこのような言葉には慣れたものなのか、余裕の表情だ。


「まあ今日は多少の言葉の行き違いには目をつむってワインを愉しみましょう。

 次のワインと料理を運んできてくれ」


 俺の言葉を受けて戦闘侍女や戦闘従僕がテキパキとワインと料理を運んできてくれるが、エラも招待客もとても喜んでくれている。

 普段はよく俺に話しかけてくれるエラがワインと料理に夢中になっている。

 エラが楽しみにしてくれていたので、いつも以上に細心の注意を払ってブレンドとエイジングを行ったから、自分でも過去最高の出来だとは思う。


「次は白ワインを運んできてくれ」


 戦闘侍女が琥珀色になった白ワインを運んできてくれる。

 

「ノア殿、こんな楽しい時に無粋な事を口にするのは気が引けるのですが、どうしてもお願いしたい事があるのですが、話を聞いていただけますかな」


 美味しいワインと料理に心地よく酔いが回った頃に学院長が話しかけてきた。

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