第35話:飲み比べ

「いやあ、ありがたい、本当に有難い。

 このような会に呼んでいただいた事、心から感謝いたします」


 ロング伯爵の地位を息子に譲り隠居したタロン殿が、地に頭を下げんばかりにお礼を言ってくれるが、俺にとってはたいしたことではない。

 表向きは古代魔術皇国時代のワインという事になっているが、実際には俺がこの時代のワインをブレンドとエイジングした創作ワインだ。


「いえ、いえ、最初に貴重なワインを振舞ってくださったのはタロン殿です。

 私はお礼を返させていただいているだけです。

 それに約束した事を果たさなければ貴族ではありませんから」


「とんでもありません、私ばかりか妻まで招待していただけるなんて、普通はありえない事ですから」


 確かにタロン殿の言う通りだろうな。

 一本でひと財産となる古代魔術皇国時代のワインは、並の招待貴族なら当主しか振舞われない。

 妻まで招待されるのは力を持った辺境伯家か侯爵家以上だろう。

 ロング伯爵家程度では当主ですら招待されない可能性が高い。


「はっはっはっ、最初に心のこもった招待をしてくださったのはタロン殿ではありませんか、何も気になされることはありませんよ。

 それよりもまずは乾杯いたしましょう。

 普通はスパークリングワインを乾杯に使うのでしょうが、せっかくですから古代魔術皇国時代のワインで乾杯しましょう」


「なんと、もしかして乾杯に使えるくらい多くの古代魔術皇国時代のワインをそろえてくださったのでしょうか」


 そんな眼が零れ落ちそうなくらい驚かなくてもいいだろうに。

 

「ええ、まあ、せっかくの機会ですから、色々と伝手を使って集めました。

 全部で十二種二十四本集めましたから、遠慮せずに飲んでください」


「な、十二種二十四本ですって」


 タロン殿の驚き方も凄かったが、キーラ夫人はその場で卒倒しそうなくらいの驚きいているから、ちょっと心配になってしまった。


「何を驚かれていられますの。

 ノアお兄様ならこれくらい簡単な事ですわ。

 ほぉっほっほっほっほっ」


 エラ、お願いだから止めてくれ。

 褒めてくれるのはうれしいが、その笑い方はちょっと下品だよ。

 

「では学院長、執行導師の方々、食堂に行って飲み比べをしましょう。

 料理の方もシェフが腕によりをかけて用意してくれました。

 きっと古代魔術皇国時代のワインに合う料理になっているでしょう」


「我々を招待してくださった事、心から感謝いたします。

 古代魔術皇国時代の事を色々と研究している我々でも、古代魔術皇国時代のワインを飲める機会は滅多にありませんのでな」


 学院長が招待した学院関係者を代表して礼を言ってくれる。

 さて、学院長や執行導師達にこのワインが本物が偽物か見分けられるかな。

 もし見分けられるようなら、もっと注意をして対処しなければいけない。

 だがこの程度の詐術を見抜けられないのなら、今まで通りの対処で十分だ。

 できれば見抜いてくれるような強者と出会いたいモノだ。

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