第11話:愛好家

 ああ、なるほど、確かに珍しい毒ではある。

 一度で毒殺しようというのではないのだな。

 とても珍しい三つの素材を特定の時間内に食べた時にだけ毒化するやつだ。

 これなら方法次第では毒見役を掻い潜ってターゲットを殺せるかもしれない。

 だが具体的にどうやる心算なのだろう。

 一流の毒見役は、主人の使う食器やグラスを使うぞ。

 食べ物ではなく食器やグラスに毒素材を塗っても無駄だぞ。


「これは確かに古代魔術皇国時代のワインですね。

 私も何度か飲んだ事はありますが、独特の酸味と苦みがありますから、飲んだ事のある者なら間違いようがありません」


「本当ですか、ノアお兄様。

 ノアお兄様が毎週用意してくださるのを、私、楽しみにしていましたのよ」


 これ、これ、はしたない事を口にするのではありません。

 毎古代魔術皇国時代のワインを毎週飲んでいるとなんて口にしたら、好事家から命を狙われてしまうのだよ、エラ。

 それに、アレは全部俺が創りだした偽物のワインだったのだよ。


 金銭的に購入できない訳ではありませんが、そんな事をしたら、それでなくても超高価な古代魔術皇国時代のワインが更に暴騰してしまいます。

 それに、そもそも毎週飲めるほど古代魔術皇国時代のワインは現存していません。

 だから今作られているワイン数種を色々な素材と一緒にブレンドして、更に経年経過魔術を使って作り上げた俺のオリジナルワインなのだよ。


「……毎週ですか、毎週、古代魔術皇国時代のワインを家族で飲んでいたのですか」


「ええ、そうですの、今は旅の途中なので飲めなくなくなってしまいましたが、大陸連合魔術学院に着いたら飲ませてくださると、ノアお兄様が約束してくださっていますの、私、とても楽しみにしていますのよ」


 これ以上余計な事を言うと、伯爵の殺意が強くなってしまうよ、エラ。

 眼の前の伯爵が明らかに常軌を逸した表情になっているのが分かりませんか。

 最初の隠しきれない罪の意識が、今ではすっかり消えてしまっています。

 恐らくですが、伯爵は古代魔術皇国時代のワインに魅せられているのでしょう。

 ですが伯爵程度の身代では、十年に一度くらいしか購入できないでしょう。

 それ以外に飲める機会があるとすれば、成金や王家に縋りついて媚を売って飲ませてもらう位しか方法はないでしょう。


「あら、これは魔術による保管が甘かったのですね。

 私、ノアお兄様が教えてくださった事を忘れていませんわ。

 古代魔術皇国時代のワインの中には、魔術による劣化防止があまいものがあるという話と、保存のいいものとの味の違いをちゃんと覚えておりますわ。

 あの時は七本くらい用意して飲み比べさせていただきましたものね。

 今でも思い出しますわ、古代魔術皇国時代のワインでも当たり年のワインの美味しさは別格でしたものね」


 もうやめてあげなさい、エラ。

 伯爵が真っ青になったと思ったら、今度は真っ赤になっているよ。

 もう俺にはだいたい想像ができてしまった。

 伯爵は俺達の暗殺の代償に古代魔術皇国時代のワインを受け取ったのだろう。

 それなのに、それが劣化品だと分かって、褒美の方に受け取ったもう一本も劣化品かもしれないと心配になっていたのだ。


 それが今度は、一度に七本も飲み比べたとか、当たり年のワインを飲んだと聞かされて、妬みで殺意を大きく膨らませてしまっているのだ。

 これでは俺だけでなくエラまで狙われてしまうではないか。

 まあ、返り討ちするくらいは簡単なのだが、なんか伯爵が哀れになってきたな。

 伯爵を思いとどまらせる方法も思いついたし、元手がかかるわけでもないし、大して役に立たないかもしれないけれど、伯爵を味方に引き込んでおくか。

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