第10話:舞踏会の暗闘

 暗殺の為に急遽用意された舞踏会とは思えない人数が集まっていた。

 もっとも参加者のほとんどは貴族ではなく、ロング伯爵家に仕える家臣、騎士や徒士のようで、ロング伯爵が舞踏会の体裁を整えるのに必死だったのが分かる。

 俺を殺そうとしている敵とはいえ、オリビア王女の身勝手な命令に振り回されるロング伯爵に、ほんの少しだけ同情してしまった。


「急な招待に快く応じてくださったこと、心から感謝しておりますエラ嬢、ノア殿」


 最悪の場合、言葉一つで死ぬこともあるのが貴族の社交だ。

 ロング伯爵も俺をどう呼ぶか悩んだのだろうな。

 最優先すべきは何時何に怒りだすか分からないオリビア王女の感情。

 俺を公爵公子とは絶対に認められないが、まだ没落も失脚もしていないハザートン公爵家を敵に回す事もできない。

 何より目の前にいる俺が恐ろしく強いのだから、殿付けがギリギリの判断だな。


「私の大切な家族を紹介させていただきます、エラ嬢、ノア殿。

 これが私の最愛の妻、キーラです」


「初めましてキーラ伯爵夫人、ハザートン公爵家のエラです」

「初めましてキーラ伯爵夫人、エラの兄、ノアです」


 ロング伯爵がエラの兄として遇すると言っているのだから、これが妥当な挨拶だろうが、人嫌いの俺に家族全員を紹介するのは止めて欲しいものだ。

 やっと社交をしなくてよくなったと思ったのにこれだ。

 これがエラの為でなければ絶対に招待を受けなかった。


「これは最近ようやく商人から手に入れた古代魔術皇国時代のワインなのです。

 エラ嬢とノア殿と知り合えた記念に、思い切って開けたいと思います」


 古代魔術皇国時代のワインだと、本物ならそれなりの貴族屋敷が購入できる、超高額のプレミアムワインじゃないか。

 こんな貴重で高額なワインは伯爵程度に購入できるモノではないし、何かの代償に手に入れられたとしても、王家を招待した時くらいしか開けるもんじゃないぞ。

 どう考えても毒殺しようとしているのが見え見えではないか。

 こんな露骨に危ない状況を作り出すなんて、ロング伯爵は馬鹿なのか。


「テイスティングと毒見を兼ねて私から飲ませていただきます」


 確かに客が飲む前に試飲と毒見をするのは常識だが、主人が事前に解毒剤を飲んでいたら全く意味がない行為だぞ。

 まあ、そのために舞踏会や晩餐会でも貴族には常に毒見役や護衛が側にいる。

 今回もエラにも私にも毒見役と護衛がついているが、ロング伯爵もそれくらいは十分理解しているはずだ、と思う。


 だとすれば、毒見役すら知らないとても珍しい毒を用意しているか、毒ではなく呪いをかけてあるか、無味無臭で極小の魔蟲卵を混ぜてあるか。

 どちらにしても大切な毒見役を無駄死にさせる気などないのだよ、ロング伯爵。


「では毒見は平民の私がやらせてもらいましょう」


 俺は誰も止められない素早さでワインを毒見した。

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