第8話 素晴らしい戦果
「『舐めてなどおりません。気など抜ける状況ではありませんから』」
「それにしては、あれだけ隙だらけだったのに、一発も撃ってこないじゃないか」
エミリエとの
初手。当てられたはずの攻撃をしてこなかった正体不明の存在。
更なる隙を見せれば撃ってくるかとも考えたのだが、その素振りは一切なかった。
だからといって、俺を馬鹿にしているという印象は受けない。ということは、時間稼ぎが目的か?
「『最初に申しあげたとおりです。私はあなたに帰っていただきたいだけ。傷付ける意志はありません』」
「ふざけたことを抜かす。だったら、今すぐペルデマキナを停止させて投降しろ」
「『それはできません』」
「あれもやだこれも嫌だと子供みたいな言い草を……っ」
もういい。相手がどういった目的にしろ、捕まれば全部わかることだ。
俺は苛立ちのままに刀を構えると、認識できな何者かに斬りかかる。
「このっ」
一刀。空を斬る。
「野郎っ!」
二刀。空ぶる。
「舐めるなぁっ!!」
三刀。空気を撫でる。
……
「はぁ……はぁ……くそっ。避けるばかりで撃ってこねぇ。やる気あんのかお前?」
「『戦う気はありません』」
「だろうな、くそったれ」
どれだけ攻撃していたのかわからない。
息があがり、刀の重さが増したように感じるほどに、体力を失っていた。
その間、ふざけたことにゆらゆら揺れる濃霧野郎は、こちらの攻撃を躱すばかりで一度たりとも銃弾を放つことはなかった。
時折、隙を見つけては銃を構えてくるのがストレスだ。十中八九撃ってこないとわかってはいても、身構えないわけにはいかなくて、余計に体力が削られた。
かすりもしないとはな。これでも戦員ランクAだぞ。国家所属の戦闘員の中でもエリートのランクだ。その俺がこうも弄ばれるとか、苛立ち以上に自信がなくなる。
ただ、ここまでやり合えば、この相手が本当に戦う気がないのは嫌でも理解できた。
「はぁ……ふぅ。おい、答えろ。戦う気のないお前が、どうしてこんなことをしている?」
「『申しあげたとおりです。私には、成さねばならないことがあります』」
「それで、誰かが傷付いてもか?」
「『傷付けるつもりはありません』」
その言葉が、妙に心を揺さぶった。
それがなぜなのか。考えようとしたところで、頬にぽつりと雫が落ちる。
「雨?」
顔を上げれば、いつの間にか海上を照らしていた太陽はその姿を隠し、分厚い黒雲が天空を覆い隠していた。
白い仮面野郎も状況の変化に気が付いたのか、ここまで守り通した宙に浮かぶ小瓶を回収する。
その小瓶を大事そうに手で包んだような気がすると、白い仮面の目が俺に向けられる。
「『目的は果たしました。失礼させていただきます』」
「逃がすと思って」
「『申し訳ありませんが、逃げさせていただきます』」
声は、耳元で発せられた。
「――っ!?」
ぐるんっと、視界が反転する。世界が回る。
は? 空中で投げられたのか?
気付いた時には、重力に引かれる星屑のように海面へと向けて飛ばされていく。
「んのっ、どんな荒業――だ?」
体制を立て直し、顔を上げた瞬間、視界の中心には雨粒と混じって降り注ぐ鉄粒。
あ、死んだ。
思考ではなく、直観的に死を予感し、銃弾が眉間に突き刺さる。そして、破裂した。
「~~っ!?」
なんだ今の!? 顔面を殴られた!? 銃弾だぞ!? なにが起こった!?
予想もしていなかったせいか、その衝撃と痛みは何倍にも跳ね上がる。
だからといって転げ回るような無様は晒さない。雨か、涙か。目尻を濡らし、当たった眉間を押さえながら空を仰ぐ。
けれど、見上げた先に人の眉間に銃弾を当てた仮面野郎はいない。逃げられた。
「~~~~のっ!? くそったれが――――――――――――――っ!!!!」
ふっざけんな! あいつこれだけ好き放題した挙句、あっさりと逃げやがった!
全力の咆哮。野生の肉食獣すら怖気づいて逃げ出しそうな怒気が身体から湧き上がる。
なにに怒っていいのかさえわからないが、とにかく苛立ちと怒りだけが身体の内側でのたうち回ってた。
『あらぁ……見事に逃げられちゃいましたね、せんぱい』
山火事が如く燃え上がっているところに、消防車で油をまき散らすバカが一名。
『母性溢れる後輩であるエミリエちゃんが慰めてあげましょうか? よーしよし。だいじょうぶでちゅよー』
「 モ ド ッ タ ラ コ ロ ス 」
燃え上がった怒りは殺意へ変わり、炎が描くのは角の生えた閻魔であった。
テンペスト海域特有の気候である嵐が戻り、暴雨と暴風に煽られる。まるで敗北した俺の心情を現したかのような荒れ模様だ。
ギリッと血が滲むほどに奥歯を噛み締め、誰もいない上空を睨み付ける。
「あのファントム野郎が。次は絶対に逃がさねぇ……」
■■
同日。雲一つなく、やや欠けた月が静かに都市を照らす中、支部長室では楽しげに大声をあげて笑う幼い少女の姿があった。
「いやぁ! 素晴らしい戦果だねぇ! ペルデマキナの回収どころか、相手の正体や目的すら掴めず濡れネズミで帰ってくるだなんて。その悔しげな表情と相まって、とても素敵な姿だよ。ハグしてもいいかい?」
「煽ってるんですか?」
「まさか。強いて言うならば、とても悦んでいる」
愉悦に歪む、見た目が少女とは思えない悦楽をたっぷりと混ぜた微笑み。
……っ! 耐えろ! 言っていることは間違っていない。逃がした俺の責任だ。支部長は悪くない。悪いのは俺悪いのは俺……。
暗示をかけるようにひたすら念じる。そうでなければ額の血管が切れて血を見ることになる。
「なに、そう気を落とすな。まだ被害がでたわけじゃない。それでよしとしようじゃないか。報告は受けた。帰っていいよ」
「っ、申し訳ありませんでした。失礼いたします」
頭を下げて、素早く部屋を後にしようとする。
この部屋にいるのは、精神衛生上よろしくない。
「ああ、そうそう。吠えるのであれば支部長室の近くで頼むよ。ついでに、ワインを持ってきてくれたまえ」
扉よ壊れろ。
そんな願いを込めて乱暴に扉を閉める。通りかかった局員がなにごとかとこちらへ目を向けるが、気にしている余裕は俺にはない。
~~
壊れそうなほどの音を立てて閉まった支部長室の扉。
それを見て、ついつい私の口元には笑みが浮かんでしまう。
「ふふ。からかいがいのある子だ。思わずやり過ぎてしまいそうになる」
とはいえ、加減は心得ている。爆発するかしないか。火薬に火種が着火するか否か。ギリギリのところは見極めている。
そのせいで、発散することもできず、行き場のない感情を溜め込んでいる姿もまたそそるものだ。
自身の悪癖を理解しながらも直す気などさらさらない。導火線がまた伸びたらいじってやらなければね。
未来の楽しみを思い描きながら、私は湊斗君が置いていった報告書を手に取り笑みを深める。
「天候をかえるほどの小瓶のペルデマキナ、ね。ふふふ、楽しくなってきたじゃないか」
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