第7話 伝説のトレジャーハンター

 俺は腕を掴まれながら、相手を把握しようと強く睨み付ける。

 けれど、相手の姿を目視しているはずなのに、記憶に残らない。確かに目で見えているはずなのに、仮面以外の全てが霧のように霞んでしまう。

 エミリエとの通信を音声通信から脳内通信に切り替える。


『そっちでこいつの姿は見えているか?』

『見えていません。なにかいるのは分かりますが、そこだけ濃霧のように映像がぼやけています』

『くそ。映像越しでも変わらないか。ペルデマキナの効果か』

『おそらく唯一認識できる仮面がペルデマキナでしょう。人間、機械問わずここまで認識を阻害できるレナトスマキナはありません』


 エミリエが断言するのであれば、まず間違いなくあの仮面がペルデマキナなのであろう。

 目の前で、手で掴まれているとわかっているのに相手を認識できないなんて、厄介なペルデマキナもあったものだ。


「それで、俺に帰れといったか?」

「『はい。ご無礼は承知ですが、帰っていただきたいのです』」

「ふん。聞くが、あの小瓶型のペルデマキナを起動させたのはお前か?」

「『はい』」


 なるほど。ペルデマキナなのは間違いないわけだ。


「そのペルデマキナがどれだけ危険か理解しているのか?」

「『はい』」

「メインの機能か、副産物か知らんが、天候を変えてしまうほどのペルデマキナだ。扱いを誤ればどれだけの人間に被害が出ると思っている?」

「『……』」


 初めて正体不明の濃霧が言葉を詰まらせる。

 一瞬の沈黙。霧が揺らいだ気がした。


「『……それでも、私には成さねばならないことがあります』」


 性別もわからない、ノイズのような声。けれど、そこには人間だけが持つ確かな決意が内包していた。

 覚悟あり、か。――だからといって、許せるはずもない。


「そうか、ならくたばれ」


 刹那、俺は手だと思われるなにかを力尽くで振り払うと、腰に下げていた刀身のない、黒い柄を掴む。


「≪OPENオープン BLADEブレード≫」


 起動式を叫ぶと、柄の先になかったはずの刀身が出現した。

 銀色に輝く片刃。持ち歩き用の刀のレナントマキナだ。柄から刀身を生やす。ただそれだけの機能を有している。

 鞘はないが、俺は抜刀するように斬り上げる。

 加減はない。殺してもいい。そのつもりで斬りつける。


「『やはり、そうなりますか……』」


 諦めの言葉。

 けれど、それは降参とは真逆の意味合いであった。


「《EXPERエクスペール VASTITASワスティタース AQUILAアクイラ》」


 ペルデマキナ共通の起動式、EXPERエクスペールを呟くと、太腿であろう部分からなにかを取り出した。

 俺の斬撃を軽くのけ反るだけで躱すと、カチャリと音を立てて額になにかが突きつけられる。そうして、突きつけられて初めて、それが銀の銃であることを認識できた。

 まっっっぬけがっ!!

 慌てて身をひるがえそうとするが、当然ながら遅すぎた。俺は攻撃後の一瞬の虚脱状態で、相手はゼロ距離で引き金を引くだけ。どちらが早いかなど素人でも理解できる。

 それでもと、膠着こうちゃくしかける身体を叱咤し、ダメージを最小限に抑えようと、空の上だというのに跳ねるようにくうを蹴って後退する。

 ダメージは覚悟の上! 致命傷だけは避ける!

 そのつもりの回避行動であったのだが……その行動は予想もしない方向で無駄となる。


「あ……?」

「『…………』」


 撃ってこない。正体不明の何者かは、銃を構えただけで引き金を引くことはなく、絶好のタイミングをみすみす逃した。

 どういうつもりだ? なぜ撃ってこない? 俺の攻撃を躱して銃口を突き付けるまで至ったんだ。まさか、反応できなかったわけでもあるまい。お前なんかいつでも殺せるという驕りじゃないだろうな。

 どうあれ命を拾ったわけだが、釈然としない。

 そのことを訝しみ、問い質そうとすると脳内で声が爆発した。


『あーっ!? あ、あ、あの銃はぁっ!?』

「うるせー頭の中で騒ぐな戦闘中だぞ!」


 ヘッドホンを装着し、音量を最大にして音楽を流されたような感覚だ。脳内通信では、直接頭に声が流し込まれるため、響き方はもっと酷い。脳内通信だというのに、直接怒鳴ってしまうほどにいらだった。

 戻ったら説教だ。

 心の中でエミリエ説教リストに追加する。それでもなお、脳内では騒がしいエミリエの声が反響してうっとうしい。


『それどころじゃありませんってせんぱい! あの銃を見てください、じゅ・う!』

『銃がなんだっていうんだ』


 見たところでわかるのは、どこにでもありそうな銀色の短銃だということだけだ。

 ペルデマキナの起動式を口にしていたことからただの短銃ではないことはわかるが、それだけだ。

 脳内では興奮して息を荒げたエミリエが、声に熱を込める。


『あれは伝説のトレジャーハンター、ライリー・トレジャーが愛用していた銃型のペルデマキナですよ!』

「あのライリー・トレジャーの?」


 トレジャーハンターの全盛期。そう呼ばれるほどに、トレジャーハンターという職業が脚光を浴びる現代。一攫千金と浪漫を求め、古代文明に関わる遺跡や未開拓の地域を目指す者は後を絶たない。

 そんな数多いトレジャーハンターの中で伝説と呼ばれ、歴史に名を遺したのがライリー・トレジャーという、名前に宝を持つ男であった。


『はい! 数多くのペルデマキナを発見して、現代科学技術の発展におおいに貢献したトレジャーハンター、ライリー・トレジャー。彼の発見したペルデマキナによって、発展した技術は天に輝く星の数ほどに存在します! そんな歴史に名を遺すにまで至ったトレジャーハンターである彼が長年愛用していた銃、名をワスティタース・アクイラ!!』


 止まることなく早口でまくしたてられるライリー・トレジャーの情報。

 耳を塞いだところで、脳内で叫ばれては意味がない。


『ライリーが所持していたペルデマキナ、通称ライリーシリーズは彼の死後、行方のわからなくなった物も多かったのですが……あぁ、まさかこんなところで実物をお目にかかれるなんて思ってもいませんでした!! せんぱいせんぱい! 視覚共有してもっと近くで観察してください! もしかすると、彼女が所持している他のペルデマキナも、ライリーシリーズかもしれないんですよ!?』

「うるさい黙れペルデマキナオタクが! 戦闘中だっつってんだろうが!」


 邪魔するだけのサポートなんかいるか!

 俺は強制的に通信を切ると、向こうから繋げられないよう入念にロックをかける。時と場所を考えろというんだペルデマキナオタクが。あぁもう、頭痛が酷い。

 眉間にしわが寄る。傍から見て相当不機嫌な表情をしているだろうが、むしろ丁度いい。苛立ちの原因その二に向けて、目付きの悪くなった瞳を向ける。


「お前……舐めてるのか?」

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