第5話 オルケストラ支部の若きエース
ペルデマキナ不正所持の容疑者を捕まえた俺は、古代遺物局 古代遺物対策課 オルケストラ支部に戻ると、報告のためエミリエと共に支部長室を訪れていた。
時間は丁度十二時。昼食をとっていたのか、執務机の上には紅茶とサンドイッチが置かれていた。
タイミングが悪かったか。時間をズラせばよかった。
そう考えもしたが、支部長は気にした様子もなく、むしろ歓迎ムード全開だ。
「素晴らしい活躍だ、湊斗君、エミリエ君。我がオルケストラ支部に配属してわずか一か月で、これで三件の事件解決だ。ふふふ、私も鼻が高いよ」
幼い容姿に、不敵さを感じさせる微笑。見た目と中身のギャップのせいなのか、はたまた元々の性格のせいなのか、どうにも言葉の裏を感じさせ、額面通り受け取れない。
一か月経っても、この人にだけは慣れないな。気が抜けない。
「大したことではありません」
「謙遜する必要はない。新人でここまで目覚ましい活躍をしている者はそうはいないよ。なにより、君の戦員ランクはA。誇りたまえ。君は間違いなく、このオルケストラ支部の若きエースだ」
戦員ランク。正確には戦闘員ランク制度といい、国家に所属する戦闘員の実力をS~Dの五段階で評価したものだ。
戦闘能力のみが審査基準であり、実績や指揮官としての能力は一切考慮されない。戦闘員を各所に配属する時や、任務に派遣する時などの目安として活用されている。そして、Aランクといえば、戦闘能力が一流であると認められた証だ。
配属一か月でそのランクなのだから、誇れと言われるのもわかる。けれど、俺としては上がある以上納得しきれない。
「Aランクです。最上位のSではありません」
「はっはっは! 面白いことをいうね、君は。国内でも七人しかいないランク帯だよ? 実質、最上ランクはAだ。Sランクというのは、いわば規格外用の枠でしかない、怪物の領域だ。比較すること自体が間違っている」
「それでも、です」
強くならねばならない。そうでなければ、守りたいものを守れない。それを、俺は身を持って知っている。
俺の気持ちが固いと思ったのか、これ見よがしにため息をつかれる。幼い子供に呆れられたようで、妙に心のダメージが大きい。見た目が子供なだけで、支部長は俺よりも年上のはずなのだが、気分の問題として。
「全く、自分に厳しいね、湊斗君は。とはいえ、私の称賛が受け取れない。そういうのであれば仕方がないね。別の方法で私の気持ちを伝えようではないか」
キラリと、黄金の瞳が妖しく光り、反射的に身構える。たった一か月であるが、こういう時の支部長がろくでもないことをするのは身体で理解している。
ここは素直に受け入れてしまうの吉。俺はすぐさま手の平を返す。人間、時に己の信条に反してでも、守らなければならないものがある。主に純潔とか純情とか! センシティブなからかいはどうかと思います!
「支部長からのお褒めの言葉、謹んで受け取らせていただきます!」
「そうかい? それは残念だ。直接身体に教え込んであげようと思っていたのに……ね?」
ペロリと、小さな赤い舌が下唇を舐める。
見た目、子供が唇を舐めているだけだというのに、背徳的な色香が醸し出されている。大人の魅力とは、見た目ではなく精神性だとでもいうのだろうか? それとも、容姿と内面のギャップこそが、妖しくもアンチモラルな妖艶さを生み出しているとでもいうのだろうか。
支部長の行動で配属初日の出来事を思い出してしまい、思わず左耳を押さえてしまう。その反応そのものが意識している証拠とでもいうように、クスクスと支部長に笑われてしまい、頬が熱くなる。くっ、手玉に取られている。
そんな俺の反応が気に食わないのか、隣に立っているエミリエがぷくーっとほっぺたを膨らませていた。
「む~。せんぱ~い? なんかセリア支部長には対応が甘くありませんかぁ? 私には厳しい言葉ばーっかりなのにー。はっ!? もしやこれが好きな子をついつい虐めたくなっちゃう思春期特有の反応!?」
「疑問を投げかけておいて自己完結するな」
小学生じゃないんだぞ。なにより、お前にそんな気持ちは一切ない。
「えー、じゃーなんでですかー?」
「それは」
問われ、上手く言葉がでてこない。ちらりと支部長を伺う。
配属初日の耳攻めがトラウマになっているのは間違いない。強気に出れない理由の大部分はそのせいだ。
けれど、それだけではなく、見た目が子供というのもある。中身は年上の女性だと分かっていても、子供には優しく接するものという意識が染みついていて、他の年上を相手するようにはいかない。
見た目より中身が大事という考えの人はいるだろう。一か月前までは俺もそうだった。しかし、支部長に出会ってからは、その認識がズレはじめていた。この見た目は卑怯すぎる。
「……わかっていても、幼い容姿を見ると、な」
「ま、まさか、せんぱいは
「違う! 子供に優しくするのは普通だろうが!」
「――別に私は、そういう意味でも構わないよ?」
「――――」
配属されてからこれで何度目だろうか。
気配を感じさせず、蠱惑的な囁き声が鼓膜を震わせる。
ぶるり、と身体が震えて総毛立つ。咄嗟に壁際に逃れた俺は、ぶわっと噴き出した冷や汗を垂らしながら元々立っていた場所に目を向ける。
「い、いつの間に……っ」
「うふふ。とてもいい反応だ。からかいがいがあって大変結構」
そこには、室内だというのに、フリルの付いた可愛らしい小さな傘を開いた支部長が宙に浮かんでいた。
瞬間移動でもしたのか? 全然気が付かなかった。本当に、心臓に悪い人だ。
傘の機能なのか、フワフワと浮かびながら移動すると、そのまま雲にでも座るように黒皮の回転椅子に小さなお尻を着地させた。
「さて、からかうのはこのくらいにしておいて、仕事の話だ」
「新しい任務ですか?」
「その通り」
そういうと、俺とエミリエの前の空間に、資料データが表示される。
「詳しいことはその資料を読んでおきたまえ。少し島外に出てもらうが、なぁに。やることはいつもと変わらない」
ニコリと笑い、支部長はただ一言告げる。
「ペルデマキナの回収任務だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。