第3話 逃亡した犯人の捕獲任務

『現在、未鑑定・未報告のペルデマキナを所持している容疑者が、オルケストラ商業地区大通りを逃走中。逃走経路を送ります。至急、取り押さえてください。繰り返します――』


 オルケストラ商業地区。

 通信を受けた俺は、休日を楽しむ人々の隙間を縫いながら歩道を走っていた。


『せんぱ~い。そこで待ち構えていたら容疑者とぶつかりますよ~』

「了解」


 気の抜けたエミリエの声が入る。

 もう少し気合を入れろと言いたくなったが、仕事中だ。ぐっとこらえる。

 少し待っていると、前の道が騒がしくなってきた。そして、道行く人々を押し退けるように姿を見せたのは、カウボーイのような恰好をした三十代ぐらいのおっさんだ。

 他の警官に追い掛けられたためか、息をきらせ後ろを気にしている。


「はぁ、はぁっ……。くそっ! なんでバレた!? どこにも報告なんてしてないのに!!」

「むしろバレないと思っているお前の低能さに呆れる」

「――っ!? 回り込みやがったのか!?」


 ようやく俺に気が付いた男は、慌てて顔を正面に向ける。

 オルケストラ支部の警官服を着ているのを見て警戒を強めるが、俺の顔を見た途端、安堵したように息を吐き出した。


「なんだ……ガキじゃねぇか。人員不足か? まぁ、オレにとっちゃラッキーだ。運が回ってきたぜ。おら! 殺されたくなかったらどきなクソガキ! オレは今忙しいんだよ!」

『うっわ! 聞きましたせんぱい、今の三下台詞! いるところにはいるんですね~こんな化石みたいな生物。天然記念物並みですよ? 写真を撮ってSNSに上げましょう! きっとバズりますよ~』

「黙ってろ拡散するな歩く拡声器かお前は」


 俺の顔の横に、小さなウインドウが開き、エミリエの映像が表示される。


『せんぱいとのぉ、あま~い蜜月ならぁ、いつでも拡散する気満々ですよ?』

「机の角に頭をぶつけて死んでくれ、年中発情期娘が。あと、映像通信にするんじゃねぇ。気が散る」


 全く。

 手でウインドウを払いのけて、映像通信を終わらせる。が、直ぐに音声通信に切り替えられ、耳元ではハチミツを直接舐めたような、甘ったるい声が響く。額に血管が浮かびそうなほどイライラする。犯人を前にしてるんだが? 遊んでるわけじゃないんだけどその辺理解してないのか?


『や~ん! ラブリーな後輩の顔を見ながらのほうが、せんぱいのやる気も倍増マシマシ朝までギンギンだと思ったのに~』

「通信も切るぞアバズレ」

『それはご勘弁! あなたの後輩はお仕事のできる子です!』

「人のことを無視するんじゃねぇ!!」


 エミリエ《変態》と戦っていると、急に目の前のおっさんがキレだした。三十歳を超えると、我慢が効かなくなってキレやすくなるのだろうか? 余裕のない奴はイライラしやすくて困る。

 というか、なんで逃げないんだ、こいつ? 脳内にウジ虫を飼っている奴の思考は理解できない。

 そんなことを思っていると、目の前の男は更にヒートップしていく。


「舐めやがってぇっ! オレの相手なんぞ彼女と通話しながらでもできるってかぁ!?」


 あ?


『せんぱい! せんぱいせんぱいせんぱい聞きました、今の!? 彼女ですってか・の・じょ!! きゃー!! やっぱそう見えちゃいま――』

「うるさい」


 即、通信を切る。かけ直しても繋がらないように、空中に設定ウインドウを開き、通信機能をオフにする。

 こいつ? あの年中発情している金髪ド変態女が俺の彼女とか言ったか? 万死に値する失礼な発言だ。絶対に捕まえる。そして、一発ぶん殴る。


「もういい……逃げるのは止めだ」


 さっきから逃げていない。


「とうとう自分が底辺の塵屑ごみくずだと認めたのか? だったら両手を上げてゴミ箱に頭から突っ込んでろ」

「バカがっ! そうやって舐めた口を聞けるのも今のうちだけだ!」


 そういって、男が取り出したのは薄い黄色がかった水晶玉だ。透き通った水晶玉の中ではプラズマが発生し、弾けている。

 俺は直ぐにそれがなんなのかを理解した。


「ペルデマキナか」


 俺がこの男を追っている理由。

 ペルデマキナとは、かつてあったとされる古代文明の遺物。現代よりも発展した科学技術による人口遺物アーティファクトだ。

 その効果は千差万別。ライター程度の火を付ける物から、海に嵐を巻き起こすといった自然災害級の物まで、その力は計り知れない。

 それが、魔法やら異能やら想像上の産物ファンタジーではなく、あくまで科学技術だということ。とはいえ、現代では解明されていない部分が多く、その機能もブラックボックスな部分が多い。

 だからこそ、国はなにが起こるか分からない正体不明のペルデマキナを調査・管理する義務がある。目の前の愚者のように、なにも知らずに正体不明のペルデマキナを起動させ、かつての古代文明同様に世界を滅ぼさせないためにも。

 そのことを一切理解していない塵屑は、高笑いを上げながら自身の手に入れたペルデマキナ《強大な力》に酔っていた。


「そうだ! オレが見つけた最強のペルデマキナだ! お前らがオレを追い回して無理矢理奪おうとしている物だ!」

「無理矢理じゃねぇ。正規の手続きを踏めと言っているんだ学習能力のない屑め。鑑定士に依頼、その結果を国に提出。しかるべき調査の上――」

「てめぇらが危険物だと判断したら取り上げるだろうが!?」

「当たり前だ。お前、言葉が通じているのか? 危険と判断されたなら、使わせるどころか、所持も許すわけがねぇだろうが」


 たとえ、世界を滅亡させる危険がなくとも、取り扱いによっては危険な遺物を民間人に渡したままにするわけがない。常識的に考えろ。


「ふざけるな! これはオレが遺跡で見つけて、手に入れたもんだ! 誰にも渡さねぇ! なにより、オレから奪える奴なんて誰もいねぇ!! ≪EXPERエクスペール TONITRUSトニトルス≫!!」

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