第2話 艶めかしくも幼い支部長

 支部長の席で笑う、童話の主人公のように可愛らしい白と水色のドレスを着た、紺色のショートヘアの少女。

 エミリエの改造制服どころではない。見た目が完全にゴスロリ少女だイかれている

 始めこそ俺も驚いたが、それも一瞬のこと。流石にこれはありえないと冷静な思考が戻ってきた。


「で? 支部長はどこだ? 会議かなにかで出掛けているのか?」

「いや~。あの~、せんぱい? 信じたくないのはとっっってもわかるんですよ? 言いたいことも全部。けどですね、ひじょ――――に残念なことに、彼女がこの支部の長、セリア・キャロルで間違いないんです」

「お前までグルなのか……」


 新人歓迎の一環だろうが、ここまで鈍いと思われているのは心外だ。そこまで鈍感ではない。まあ、最初驚いてしまったので成功といえば成功だ。それで納得してほしいものだ。

 ここまで理解しているというのに、エミリエの反応は鈍かった。難しい表情を浮かべ、額には汗が浮かんでいる。


「そー思うのも仕方ないんですけど、グルとかではなく」

「はあ。もういいだろう? 支部長の娘か孫か、誰の子供か知らないが、こんなくだらない遊びに付き合わせる必要もない」

「あっ!? ちょっとせんぱい!?」


 エミリエの静止を無視して、俺は少女の座っている椅子の横に回り込むと、目線を合わせるために膝を付く。

 好奇心に満ちた、こちらを値踏みするような金色の瞳。紺色の髪と相まって、その瞳は夜空に輝く星々のような煌めきを放っている。その瞳には強い理性が宿っており、一瞬でも支部長だと認識させられた大人びた雰囲気がある。少女とも少年とも取れる、ユニセックスな外見が余計にその認識を加速させる。

 とはいえ、子供は子供だろう。

 俺は怖がられないように意識して笑い掛ける。


「こんにちは。凄い演技だったね。将来は女優さんかな?」

「やだ……子供に優しいせんぱいも素敵」


 外野がうるさい。

 笑顔にヒビが入りかけるが、なんとか保つ。

 その間も、少女はこちらを興味深そうに見つめるだけだ。この年の子供と言えば、騒ぐか人見知りするかのどちらかだと思うんだが、値踏みされるのは初めてだ。十歳かそこらだと思うが、本当に大人びている。


「ところで、君の親御さんか、保護者の方はいるのかな? もしよかったら、ご挨拶をしたいのだけど」

「せんぱい、せんぱい……。そろそろまずいですって」

「エミリエ。いい加減うるさいぞ。俺は今この子と――」


 なぜか焦った様子のエミリエに言い返そうとすると、突然、少女が抱き着いてきた。いきなりのことで驚いていると、耳元で囁かれる。


「……あまりにも隙だらけだ。このまま、食べてしまおうか?」


 幼子とは思えない、妖艶な声音。背筋を細い指先で撫でられたかのような感覚を覚え、目を見開く。

 その反応が面白かったのか、耳元でクスッと笑い声が零れたと思った瞬間、


「――ッ!?」

「おっと」


 急いで少女から距離を取った。丁寧に降ろす、なんて気を回す余裕もない。最低限怪我をしないように、落とすように椅子へ降ろすのがやっとだった。

 俺は左耳を片手で押させると、信じられないと少女を見つめる。

 対して、少女はクスクスと鈴の音のように綺麗な声で笑うと、それはもう楽しそうに俺を見返してきた。


「おや? どうしたんだい? 顔を耳まで真っ赤にして。まさか、このような未成熟な身体に興奮する、特殊な性癖を持っているのかい?」


 そう言って、ペロリと紅い唇を小さな舌が舐める。

 それを見た瞬間、身体の中で沸騰したように熱くなり、耳を押さえる手に力がこもる。

 左耳には、未だにあの時の感触が残っている。優しく耳たぶを甘噛みする感触と、耳の中まで犯そうとする、生暖かい小さな舌の感触が。

 な、な、な、なんなんだこの女は!? いきなり人の耳を噛んだり、舌で舐めたり!! 大人びているとかませてるとかそんなレベルじゃないぞ!?

 子供が人を噛んだり舐めたりすることなんてざらにある。それだけだったらここまで慌てたりしない。ただ、彼女の行為には、あまりにもを感じた。性と言ってもいい。

 凹凸の少ない未成熟な身体だというのに、その行動の一つひとつが艶めかしい。吐息一つ、指先の動き一つがこちらの男を呼び起こそうとしている。

 一瞬とはいえ、身体が反応してしまったことに羞恥心を覚える。こんな子供にというのもあるが、この醜態を他人に見られたというのも大きい。


「……あぁ、だから言ったのに」


 こうなることを悟っていたのか、エミリエの無念そうな声が後ろから聞こえる。わかっていたなら最初から教えろ。ここへ来る前にだ馬鹿野郎!

 心は泡立ち、身体は羞恥心で熱を持っている。そんな状態であっても、目の前の子供が見た目通りの存在ではないことだけは理解できた。


「本当に、ここの支部長……なんですか?」


 未だに半信半疑ながらも、支部長であることを考慮して、言葉遣いを直す。目上の人に敬語は基本だ。


「そうなのだけどね。その態度は距離を置かれたようで少し寂しい」


 残念そうにしょんぼりするセリア。見た目が可憐な少女なのもあって、その姿には罪悪感が沸き上がる。


「もー。だから言ったじゃないですかー。彼女はセリア支部長本人だって。こーんなショタ好きにはたまらない可愛らしい見た目をしてますけど、私たちよりも年上ですからね、気を付けて下さい。下手したら、その手練手管でソッチの道に堕とされますよ?」

「今更言うな!」

「え? もう堕とされちゃいました?」

「違うわ!」


 誰がロリコンだ! その悲しそうな目を俺に向けるな!


「くそっ! 若作りなんてレベルじゃないぞ…………魔女か」

「魔女だなんて心外だ。そうだね、可愛らしくアリス《永遠の少女》とでも呼んでくれたまえ」

「こんな狡猾な少女が存在するわけありますか。世界があなたのような子供だらけでしたら、この世は大人ではなく子供が支配していたでしょう」

「ネバーランド《子供だけの夢の国》かい? 素敵だね。だが、残念なことに私のような者はそうはいないよ。夢は夢のまま。子供だけの世界も夢の中だけさ」

「それが聞けて安心しました。それで? 歳はいくつですか?」

「じゅっさい♪」


 腹黒幼女が。

 子供らしいひまわりのような笑顔に舌っ足らずの声でそんなことを宣うセリア。それを可愛いと、刹那でも思ってしまった自分自身に腹が立つ。そんな俺の感情すらお見通しなのだろう。揶揄するように瞳を細めるセリアを睨み返す。


「ふふふ。まだ初日だ。からかうのはこれくらいにしておこうか」


 そういって、彼女は子供の容姿とは思えない、嫣然な微笑みを浮かべる。


「では、改めて。伊達湊斗君、エミリエ・ファーサー君、これから宜しく頼むよ」


 歓迎はしてくれている。ただ、それは新しいおもちゃを貰った子供のような歓迎にしか思えない。

 ニコニコと裏しか感じないセリアの笑顔に、俺は先行きが不安になる。

 本当にこの支部に所属してよかったのか? あまりにも前途多難だ。

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