はんざい天使 ~白き仮面の犯罪天使は孤児院出身の警察官に恋をする~
ななよ廻る
伝説のトレージャーハンター・ライリーの遺産
第1話 大型新人配属
「……見つけました。これがあれば、あの子をっ」
とある大きな屋敷の一室。
見た者を魅了する輝きを放つ宝石や、錆れひび割れたガラクタのような剣まで、まるで子供のおもちゃ箱のように、整理されることなく山のように転がっている隠し部屋。
屋敷の住人の誰も知らない隠された室内を、古風にも淡いロウソクの灯りで照らすのは銀髪の、美しい少女だ。彼女は人が一人収まってしまいそうな赤い宝箱の中から、興奮した様子で小さな透明な小瓶を取り出す。
それを手に持っている古ぼけた書物と何度も見比べ、頬を上気させる。
「待っていて下さいね、ロッティ。必ずあなたを救ってみせます……っ!!」
壊れないよう、大事そうにその小瓶を両手でぎゅっと包み、銀髪の少女は固く決意する。
■■
「せんぱ~いせんぱ~いせんぱ~い♪」
「うるさい黙ってあるけ脳内ピンクのお花畑」
「や~ん! ひど~い! けど、そんな厳しいせんぱいも、私は好きですよ?」
「す・り・よ・る・な!」
長い廊下を歩きながら、すり寄ってくる頭空っぽの自称後輩を振り払う。
向かっているのは古代遺物局 古代遺物対策課 オルケストラ支部の支部長室だ。
警察学校を卒業し、本日からこの支部に配属されることになった俺と、幸せそうに抱き着いてくる金髪ロングのウザかわ系の美少女エミリエ・ファーサー。(あまりにもしつこいので引き剥がすのは諦めた)
配属初日のため、オルケストラ支部に到着早々、支部長に挨拶に向かっているところだ。
「それにしても、配属初日だっていうのに、だーれも案内もしてくれないなんて、新人に対してひどい仕打ちだと思いませんかー? 私は思います!」
「警察組織なんてどこも人手不足だ。仕事もできない新人に構ってる暇なんてないんだろう」
「仕事もできない、ですかねー」
エミリエの紅い瞳がゆっくりと動く。
つられて周囲を見渡せば、ちらほらとこちらを観察して、噂話をする声が漏れ聞こえる。
「(おい、あれが噂の警察学校主席の新人だろう?)」
「(ああ。歴代最高成績で通過したとか。けど、一切ペルデマキナを使わないって噂で、実践では使えんって話だけど)」
「(それで、隣の……フリルやらリボンやらガンガンに制服改造している問題児は?)」
「(更生雇用処分の子だろ? 確か、昔――)」
人の目の前でよく噂話なんぞできるなと思っていると、そっと両耳を塞がれた。
温もりを感じる柔らかな感触。なにごとかと思えば、後ろからエミリエが耳を塞いでいた。
「なにをする」
「いえいえー。くだらない噂をこれ以上お聞きになるのも、お耳汚しかと思いましてー。エミリエちゃんの華奢なおててで塞いであげました!」
「いらん。鬱陶しい。デカい虫が止まったのかと思ったわ」
「うっわー、辛辣ー。ふふ、でも、気にされてない、わけじゃなさそうですね?」
エミリエが正面に回り込んで、下から覗き込んでくる。
俺はふんっと鼻を鳴らすと、エミリエを避けて足早に歩き出す。
「他人の評価なんぞ興味はない。俺は俺のやるべきことをやるだけだ」
「きゃー!! さっすがせんぱい格好良い――!! クール――!! 世界一のイケてるフェイス――!!」
「その無駄に動く舌引っこ抜いてミキサーにかけてやろうか?」
「せんぱいに食べられるなら本望です! あれ? この場合は飲まれる?」
なにを言っても効かないどころか、こちらをドン引きさせるような返答に、流石に慄いてなにも言い返せなくなった。普通に怖いわ。
いくら支部が広いとはいえ、そんな雑談を繰り返していれば、知らず目的地に着いているものだ。
支部長室と書かれたプレートが掲げられた扉の前で、俺はノックをする。
「空いているよ、入ってきたまえ」
偉そうで、けれど幼さを感じさせる少女のような声。
支部長は意外と若いのか? それとも他の人か?
疑問に思いつつも「失礼します」と声を掛け、入室する。
室内は、分かりやすく支部長室だな、という印象だ。ガラスケースの中に、なんの褒賞なのかよくわからないトロフィーだかメダルだかが飾られ、天井付近の壁には歴代の支部長の写真だろうか、厳つい顔写真が並んでいる。残りはほとんどが書物や書類ばかりで、恐らくは捜査に必要な資料や書類なのだろう。
そして、部屋の奥には、執務机と黒革の回転椅子。大きな背もたれが俺たちに向けられ、姿は伺えないが、その椅子にはオルケストラ支部の長が座っているはずだ。
俺は敬礼すると、ハッキリとした声で挨拶をする。
「本日よりオルケストラ支部に配属されました、
可もなく不可もなく、愛想一つない簡素な挨拶だ。
仕事はするつもりだ。だからといって仲良しこよしでやるつもりはない。そういった意思表示でもあったのだが、隣のエミリエ《あほ》が茶々を入れてきた。
「え~。もう少しないんですか~? 意気込みとか自己アピールとか。警察学校主席卒業でぇ、容姿も実力もナンバーワンの伊達男! 伊達湊斗とは俺のことだー! みたいなの」
「あるわけないだろうどこの自己主張の激しいアイドルの挨拶だ。お前の脳は空っぽか? 叩いたら空洞音でもするんじゃないのか?」
「うっわ! 辛辣~! けど、そんな言葉攻めもせんぱいからのプレゼントって思うと、か・い・か・ん♪」
「おくたばりくださいませド変態様」
「死ぬならせんぱいの上でって決めてるので、とりあえず脱いで下さい!」
「死ね!」
「あは! あははははははっ!!」
下ネタにすら遠慮のない下品な女を成敗しようと思ったところで、室内に笑い声が響いた。
当然、その笑い声は俺でも、エミリエでもない。さっき、扉越しに俺たちを部屋に通した少女の声だ。
正面に視線を戻すと、黒の回転椅子がギィと音を立てて回転する。
「ふふふ。随分と賑やかな新人さんたちが来たじゃないか。僕はとても嬉しいよ。ああ……とっても、弄りがいがありそうだ」
そして、正面を向いて座っている人を見た瞬間、頬が引き攣った。
「やぁ、初めまして新人のお二人さん。オルケストラ支部、支部長のセリア・キャロルだ。親愛を込めて、セリアと呼んでくれて構わないよ」
これはなんのドッキリだ?
椅子に座っているのは白と水色を基調としたドレスを着た小さな少女だ。絵本にでてきそうな可愛らしい少女が、国家機関の支部長を名乗っていることに、頭の理解が追い付きそうになかった。
いや、ありえんだろうがよ!
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