第338話 売り子
さて、結論から言おうか。
......まぁなんてゆーかその、うん。ウサギとタカは見事に蕩けた。
「きゅーい」
「くるぅ」
モミジちゃんはレンチンした餅のように、サトウは煮凝りを火にかけた時のようにふにゃふにゃトロントロンになっている。
決定打になったのはサトウは魔力牛のローストビーフ、モミジちゃんはピノ農園人参のグラッセを食べたら途端に蕩けた。
「すんっごいもにゅんもにゅんしとる」
蕩けたモミジちゃんの太ももからお尻にかけて撫でていると......手がね、幸せになるの。毎日人参のグラッセを食べさせてあげたくなる。素晴らしい。
「こっちは......なんだろ? 羽毛布団とビーズクッションのハイブリッドのような......こっちもたまらんばい」
凛々しいサトウくんがふにゃんとするギャップに萌えるだけではなく、何とも形容しがたい撫で心地に変化するお得感。この子は鳥なだけに、世に言う“一石二鳥”が現実で起きた結果だろう。ちょっと自分で自分が何言ってるかわからないけどきもちいいからもーまんたい。
「風呂入れる前なら多少ごわついてたんだろうけど、丸洗いしたお陰で極上の触り心地になっておる......あ、もっと食べる? はいあーん」
「きゅきゅーい」
「くーっ」
はい、可愛いっ。
......はっ、ちゃうねん。これは浮気ちゃうねん。
「あんこちゃん拗ねないで。これ歓迎会だから、ね? 俺あんこちゃん大好きだから! あいらぶゆー!」
君に対してはもうね萌えの上の蕩すらも通り越してるから。それくらい重く思い愛情を抱いてるからね、心配する必要すらないのよ。今夜一緒に蟹を食べようじゃないか。
「こらそこの白いのと末っ子たち! 修羅場を見て楽しむ野次馬みたいな目で俺を見るな! ツキミちゃんもワラビの陰から家政婦のような感じで見てくるのやめなさい」
あーもうめちゃくちゃだよ。でもしゅき。
でもまぁ、この子たちが問題無く受け入れられてよかったよ。あかんかったらきっと殺気で蕩けてられないからねこの子たちは。
何はともあれ、今日もウチは愛とモフに満ち溢れて平和です。これからもきっとそうだ。
◆◆◆
「預けたアレらは速攻で寝返った......か」
「これでもかなり気難しい性格のを選んで送り込んだけど......」
ハシビロコウとウサギが項垂れる。
連絡要員兼諜報員として送り込んだ二羽が己の制御下に居なくなった報告を受けて凹んでいるのだ。
魔物はテイムを出来るのを前から知っていた。
正座強要事件の際、シアンの傍に普通の動物が居ないのを確認した彼等は動物ならばテイム出来ないと思い込み、一応の保険として気難しい性格のを選んで送り込んだ相手だったが即寝取られてしまった。
そんなヤツ相手に動物のテイムは何故出来ないと思ってしまったのだろうか。それにもしテイム出来なかったとしても、動物は本能で勝てないと悟った相手には死を選ぶか従順になるのを動物型の彼等が忘れているのは阿呆としか言えない。
「こっちは長い年月使っても上下関係以外築けなかったのにこんなあっさりと......」
「私がモーション掛けても身体を許そうとしなかった腹いせであの魔王の元に送ったのは間違いだったのか......」
私怨の籠った理由で送り込んだらしい。
完全な自業自得であるが、(絶対に魔王に懐かないと)信じて送り出した相手が速攻で堕とされるのは納得いかないようで、報告されてから半日経った今も未だにネチネチと愚痴を言い続けていた。
(あの二羽が羨ましい......)
報告に来た隼は、ピィィ......と溜め息を吐きながらその場を後にした。
◇◇◇
翌日、シアンは新しい子をお迎えしたとシアン邸に住む住人に紹介した後、お供にサトウとモミジ、あんこを連れて商会へと向かった。
「チッ、邪魔だボケェ!!」
「いいから黙ってお前らの持つ武器を俺らに売れ」
「何見てんだゴラァ!!」
店内はとても荒れていた。
「......ほぅ」
いつもはウチの子たちのグッズを求めてキャイキャイ喧しい店内が、今はむさ苦しくギャーギャー五月蝿い店内に様変わり。
新しい子のお披露目の舞台の筈が、何故こうなっているのか理解に苦しむ。
「きゅい......」
「くー......」
事前にいい場所と聞いていたサトウとモミジは思っていたのと違ってしょんぼりとしてしまった。その様子を見ていた我らがアイドルは新しい弟と妹がショックを受けたのが許せず冷気を纏う。
「グルルルッ」
「あーはいはい、あんこちゃんはそんな可愛くない声出さないの。この子たちの為に怒ってくれる優しい子なのは知ってるけど今は抑えてねー」
俺はプッツンする寸前、
君には怒った顔は似合わない。ほら、いつもの可愛いあんこにお戻りなさい。
【指先の魔術師】
「キャウンッ!?」
甲高い鳴き声が荒れていた店内に響き渡り、時が止まる。
喚き散らす愚物共も、溢れた冷気で戸惑っていたサトウとモミジも、イライラを必死に隠しながら愚物共の対応をしていた店員たちも、出るに出られなくなり小声で文句を言っていた普通のお客さんも......全てが等しく止まった。
「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「何だテメェらゴラァ!!」
「ぁぁぁっ......こんな所を見られてしまうとは......」
時間にして凡そ一秒の静止を経て、時は動き出す。
何やら余計に騒がしくなったけどそれは無視して店員に話しかける。
「新しい家族を紹介しに来たんだけど、なんかゴミクズが紛れてるね。どうしたの?」
「はぁっん......あのっ、えっと、何やらどっかの貴族が古の秘宝の地図を手に入れたみたいで、その秘宝の捜索隊の物資調達に来た人たちが......」
......秘宝? 秘宝......あ!! まさかお遊びで書いたアレを本気でお求めする人がとうとう現れたか? ならばこの場でぶち殺すよりもおちょくるだけでいいや。どうせ死ぬし。
「おけ。この場は俺に任せて! あ、ちょっとこの子たちをお願いね」
「は、はいっ!!」
腰が砕けたのか、立ってるのがやっとみたいだけど、サクサク終わらせたいから構ってる暇ないの。
ちょーっとだけ待っててね。パパ頑張ってくるから。
「へぇっ、物資を調達しに可愛いぬいぐるみをお求めになるとは......その貴族様と手下共は随分とファンシーなご趣味をお持ちでいらっしゃるようだ。寂しい独り寝の夜や退屈な移動時のお供にぬいぐるみをギュッと抱き締......ブフッ」
汚らしい野郎どもが途中から真っ赤になってぷるぷるしていたからつい笑ってしまったじゃないか。俺のクールなイメージが損なわれたやんけ!! 訴訟モンやでお前ら!!
あと、本当にお求めにはならないでくださいね。天使たちが穢れますので。
「あ゛ぁ゛っ!? テメェ何だコノヤロウ!! 俺らの商談に口出してんじゃねえよ!!」
「「「ブフッ」」」
お客さんが耐えきれず吹き出した。
商談とか言うからさぁ......大口のお客様になるおつもりでしょうか?
「なんか文句あんのかクソ共がっ!! いいからその武器を俺らに寄越せよっ!!」
「申し遅れました。私、この商会のオーナーです。貴方がこれまで野蛮な店で買い物してきたのか......申し訳ないのですが理解が追いつきませんのでご了承下さい。当店では従業員及び従業員の私物は売り物ではございませんので、お求めの品が他に無いのなら即座にお帰りくださいませ」
真っ赤なおっさんがドスっぽいのを抜いた。そこはさぁ、斧みたいなのを出せよ似合わねぇな。
「死なない程度に「わんっ」......って、あーあ」
「わふん」
可愛い鳴き声がした方へ視線を向けると超絶ドヤ顔の天使が居た。可愛い。可愛いんだけどさぁ......
「ん゛ーーーーーっ」
「んんんんんん」
口と手足を氷で拘束されたおっさんが床に転がる。藻掻いても藻掻いてもあんこの氷はビクともせず、醜態を晒すだけに留まる。
「イライラしてたのね......でも声が可愛かったからいいや。可愛くない声出してたらちょっとメッってしたかもだけど......
さて、と......えー、迷惑な客はこの可愛い可愛いあんこお嬢様が退治してくれました! 拍手をお願いしまーす!!」
店員からあんこを略奪し、ライオン王の一場面のようにあんこを掲げてお客さんに拍手を強要する。ドヤ顔が世界一似合ってるよ!! しゅき!!
あ、店員さんたちがおっさんを外に放り投げてる。仕事の出来る店員さんだわ。
「それと、今いるお客様方には大変ご迷惑をお掛けしましたので、お詫びにお買い物は全品半額に致します!! お会計の際はあんことウチの新人ちゃんの触れ合いタイムを設けますので、お買い物と触れ合いをお楽しみくださいませ」
「「「キャァァァァァ!!」」」
ふぅ、いい仕事したぜ。思い付きで決めたから値引きした分は俺が当然補填する。
店外に居た人と店内に居た人からはそれぞれ違った悲鳴が上がったが、触れ合いタイムは午前中いっぱいやると伝えたら歓声に変わり......
「お疲れ様」
ヨシヨシ兼モフモフしながら頑張った皆を労う。
ちなみに午前中だけで店は過去最高の売上を叩き出した。やったね!
在庫も少なくなったので店を閉めて従業員全員で生産に入ったので新人を紹介した所、瞬時に新人グッズの生産が開始された。しゅごいね職人って。
一心不乱に作り上げていく店員の手を止めさせ、休憩と労いを兼ねて触れ合いタイムとご飯あげタイムを捩じ込ませた。これからも過労とかにならない範囲で頑張ってほしい。
お腹がはち切れんばかりに膨れた皆は、うん、ごめんね。
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