第321話 シアン邸へようこそ

『おー、いっぱい人がいる! お店の人ってこんなに居たんだねー』

『この石って同時に何人まで飛べるのかなー?』


 完全にプライベートな装いになったホテルの従業員が約150人、商会メンバーが約200人集まり、今現在ミステリアス商会所有の建物の周囲は人で溢れかえっている。


「あ、あのー......浮かれすぎて都合のつくスタッフ全員に声掛けしてしまったのですが、この人数でも本当に大丈夫なのでしょうか?」


 ホテルのおじちゃんが恐る恐るって感じで聞いてきたけど、多分大丈夫だよね?


『食べ物はいっぱいあるし、お庭もすっごい広いから平気だよー。だよね?』

『うん! 蜘蛛のお姉ちゃんたちもお料理いっぱい作ってくれてるし!』

『じゃあわたしは先に行って伝えてくるから案内をお願いね』

『うん、行ってらっしゃい!』


 アラクネメイド二人、気を強く持って頑張れ。


「食材やお飲み物などはこちらでも御用意しましたので、足りなくなる事はないと思います。ホテル側もどうやら手土産を持参してる様ですし......それでももし足りなくなれば、私共で補充致します」


『えへへー、わかったー。それじゃあ十人ずつ固まってこの石に触っていってー。あっちに着いたらお姉ちゃんの指示に従ってねー』


「私、生まれてきて良かった......」

「馬鹿な貴族やそのガキ共の無茶振りに心を殺しながら耐えてきたのはこの日の為だったんだわ......」

「今日こっちに来てない子たちにも会えるの嬉しい。あたし、昨日一昨日のパーティーで見たしるこちゃんのファンになっちゃった」


 女性スタッフたちはこの後に訪れるパラダイスを想像して恍惚とし――


「支配人、明日の営業も取りやめましょう。どうせまた明日もアイツらきますし......それにきっと私ら全員、明日の営業したくないってなりますよ......」

「その気持ちよーくわかりますよ......そうですね、今回の件も広まってますし面倒ですね。貴族、司法の圧力により三日程営業自粛すると張り紙でもしてきて貰えますか? 少しだけ詳しく書いて周知して貰いましょう。それと、宿泊予約のキャンセルしていないお客様には後日お詫びの品でも送ればよいでしょう」

「わかりました! ではひとっ走りしてやってきますわ!」


 男性スタッフたちは今回の件を機と捉え、圧政をしてくる馬鹿共にささやかな仕返しを仕掛け――


「おう、お前ら! これから行く先で出てくる料理は滅多にお目にかかれないか一生縁が無い食材を使っているはずだ。確かに仕事は休みだが、これは勉強か修行だと思って掛かれ! いいな?」

「もちろんですよ」

「今後取り引きとか出来ないっすかね?」

「......ふむ、せっかく出来た縁が切れる様な真似はしたくないが、無理のない範囲でやんわりと聞いてみるか......だがいいか? お前らは余計な事すんなよ?」

「わかってまさぁ」


 そして、料理人たちはガッツリ血が騒いで興奮していた。飼い主を通さない貿易爆誕なるか。


 こうして転移だけで一時間程使ったが、無事に全員送る事が出来た。商会に人が大勢並んでる事から何かのイベントかと勘違いした一般人も列に紛れたりもしたが、忍者を筆頭とした商会メンバーに無事弾き出された模様。




 ◇◆◇




 受け入れを始めた現地では――


『いらっしゃーい』

『ようこそ、こちらへどうぞ』


 女性客をエロいモチモチが、男性客をボードを掲げたヘカトンくんが案内の為に忙しなく走り回っている。

 先触れで来たあんこからの報告で招待客の人数が馬鹿みたいに多いと聞いたその他の皆は、急いで会場の拡張、準備を行っている。


『ピノがこの袋の中身全部使っていいってー』

『お酒ってゆーのいっぱい持ってきたよー』


 ウイはピノに指示された収納袋をメイドコンビに届け、しるこはシアンのお酒コレクションがある隠し部屋から酒を適当に右端から半分程掠めて持ってきていた。

 魔力一括払いの為に実質無料なのでもう一度お取り寄せすればいいのだが、まだ飲めていない今後のお楽しみにしていた高級酒を、自分が不貞寝して引き篭っている時に無許可で飲まれまくった事で、シアンがクッソめんどくさい拗ね方をして従魔ズを困惑させるのはもう少し後に起こる出来事。


『ありがとうございます。ちゃんとおつかい出来て偉いです』


 野菜は適宜ピノが補充、調理酒以外の酒はシアンが管理、調味料は無くなれば補充するスタイルだが、肉だけはキッチンに一括集められ管理されている。

 これは過去、成長期故に深夜お腹の空いてしまった従魔ズが豊富にあるお肉だけをくすねてつまみ食いしていた事が露見した事から取られた措置。中毒性のある魔力牛のお肉は、例え空腹でなくとも食べたくなるので仕方ない事だが、不自然なプヨり方をしてきていた従魔ズを訝しんだシアンが全力を出して捜査をした所、従魔による背徳の宴が毎晩開かれていた事を突き止めたからだ。

 ちなみに、言ってくれれば食事の量を増やしたり、夜食用の飯を用意しておくのに......と、宴に誘われなかった事にジェラった結果故の措置でもある。

 つまみ食いが悪いことをしていると理解していた従魔ズ。ご主人に隠れてコソコソと食べていなければよかった......悔しい......と、あんこは語った。


 深夜のハイカロリー背徳飯って馬鹿みたいに美味で止められない止まらない。これは種族関係無しに起こる現象であった。実はアラクネも週一で参加していたが、こちらの参加は未だにバレていない。


『なんか他に手伝うことあるー?』

『がんばるよー!』


 親の知らない内に子どもは成長していく。この日を境に末っ子姉妹は率先して皆のお手伝いをするようになっていく。ターニングポイントとも言えるこの日を不貞寝して見逃す辺り、シアンは残念属性を持っているのかもしれない。


『ふふふ、可愛いです。ではそうですね......希望者に温泉を振舞っては如何でしょう? ウイ様としるこ様で案内してあげれば彼らはきっと喜びますよ』


『おー!』

『りょーかい!』


 調理チームは追加食材を用いてどんどん料理を作っては収納に詰め込むを繰り返していく。だがその様子は鬼気迫る様なモノでは無く、此処に居着くようになってから疎遠になっていたおもてなしの精神を思い出した充実感に満ち溢れた様子だった。


 そしてミッションを与えられたウイとしるこは希望者に血の池温泉を薦め、案内し、剰え女性陣と一緒に入浴するという超特大のサービスを行った。

 聞きなれない温泉という言葉と、入るのを躊躇するようなビジュアルの湯溜まりを見て呆然とする希望者をグイグイ浴場へ押し込んでいき、彼女たち目線で見ると貧弱な男衆は強引に湯の中へ放り投げられ、女性陣には大丈夫だよと安心させる為に先に自分から中へ入ってみせた。

 一応作ってみたのは良いものの、アラクネとは別々に入浴、従魔ズとは一辺に入浴している事でこれまで一度も日の目を浴びる事のなかった男湯と女湯が初めて機能した瞬間であった。


「何これ!? これがお風呂なの? やーん贅沢ぅ」

「見た目からは想像のつかない泉質と効能......肩と腰の痛みが和らぐぅぅぅぅ」

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁあ」

「泳いでるウイちゃん可愛いぃぃぃ」

「しるこちゃんの毛がペタンとしてるー」

「俺、ここ、住む、現実、戻りたくない」

「女湯が羨ましい......覗きたいとかではなく、ウイちゃんとしるこちゃんが見たい......見たいんだっ!」


 大好評だった。

 そもそも温泉という物が極々一部の地域にしかなく、それを知る者には......熱狂的なファンが富裕層くらいだがいるにはいる。

 金に物を言わせて温泉を求めた調査隊を発足させる者が年に数度いるが、湯治をする魔物に殲滅されたり、有毒ガスで全滅したりして調査は芳しくない。

 幸い、湯は魔道具で豊富に生み出せるので風呂文化は進んでいるので無くても問題は無い高級な嗜好品枠に収まっている。


 ちなみに此処を一般開放したのならば、転移石で安全に人を一瞬で呼べるし湯は無限に湧く温泉街に早変わりするだろう。一生働かなくてもいい、文字通り金が湯水の如く湧いてくるスポットに変貌するのだ。


 それをバ飼い主がすれば......だが。


「生きててよかったぁぁぁ......それとこの後は宴会があるんだろ? シアン様や従魔の皆さんには頭が上がらないや」

「お前ら、やらないと思うが一応釘を刺しとくぞ? シアン様方には絶対に舐めた態度をするなよ? いいな?」

「わかってますよォ......」


 バ飼い主の知らぬ間に、高級ホテルが完全に傘下に収まったと同義のモノを手に入れていた。まさか温泉でそれらが手に入るとは夢にも思わない夢の中のシアンだった。




 ◇◆◇




「......我らが夢にまで見た聖地に......聖地に......ッ! 本当に今居る事が出来ているのですね......」

「楽園は本当に在ったんだね皆......」

「あの......会長......恐ろしく強い気配のミートブルは何なのでしょうかね?」

「仮にも神のお膝元に居るの生き物です。弱いはずがありません。私たちはただこの神界に在るモノを、ただ感じて受け入れればいいのです」

「さすが会長......素晴らしいお言葉ですっ!」

「......落ち着かない......あんこ様方が走り回っているのにお手伝いさせてもらえないとは......」

「『貴女たち今日はお客さんなんだよ! 手伝おうとしたり仕事をしようとしたりしたら帰らせるからね』って言われてしまいましたからね......」


 ミステリアス商会のメンバーは......ただただシアンの本拠地に来れた感動と、お客様扱いで生まれた落ち着かなさに打ち震えていた。




──────────────────────────────


 私事ですが、知り合いから誕生日プレゼントで熱海の温泉宿の宿泊券を頂きました。

 今週は疲れすぎて出かける気力が無かったので来週末に行ってきます。予約して退路を断ったので余程のイレギュラーがない限り行きます。それ故来週は金曜のみの更新になると思いますのでご了承ください。

 それでは皆様、コロナに気を付けて制限のないハロウィンをお楽しみ下さいませ。

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