第319話 飼い主無き交流会

 一年で一番大事な日を終えた俺は燃え尽きていた。

 誰しもが一度は経験した事があると思う燃え尽き症候群という名の意地でも縦になりたくない日。俺は今、そんな難病に大絶賛罹患中なのである。


「平日の昼間からゴロゴロ~ゴロゴロ~」


 平日か休日かは知らん。それに今は朝だけど......まぁそれはいい。俺は今日一日の大半を横になって過ごしていきいんだ。


「ダイフクぅぅぅ、皆が起きたら説明しといて......シアン君は体調不良で欠席するって......あ、今日のご飯はヘカトン君の収納に突っ込んでおいたからそれを王女さんたちと一緒に食べてください......」


『むー、寝てる僕を叩き起こして言うのがソレ? わかったよ......はぁ......』


 物凄く恨みの込もった視線を向けられたが今の俺のメンタルはオリハルコンなので華麗にスルー。それよりもっと君は俺に優しくして! 甘やかして! 怠惰に過ごさせて! モチモチさせて!


「いつも済まないねぇ爺さんや......」


『爺さんじゃないからッ!!』


 往年のあのやり取りは通じなかった。悲しい。

 やらなきゃいけない事は多分無いはず。よし、全力でダラダラすっぞ!! という訳でこれから俺は二度寝するでござる。


「じゃあ皆のこと頼んだよ。僕はもう眠いんだよモチラッシュ......おやすみ......」


 そう言い残して俺は目を閉じた。




 ◇◇◇




『―――という訳で、このバカは今日一日起きてこないと思う。ご丁寧に隔離してくれやがってるし』


 舌打ち混じりにダイフクが起きてきた皆に説明をする。その横でヘカトン君は収納に納められていた朝食をセッセと食卓に並べていく。


『そっかぁ......』

「ひゅーん......」

「きゅぅぅ......」

「めぇっ......」

「シャアァァァ」


 説明を聞いてテンションだだ下がりなのは、シアン大好きな甘えんぼさんたち。

 昨日は主役のあんこに殆どシアンを譲っていた為、他の子たちは本日は甘え倒そうと思っていたのである。ぶっちゃけこうなるのは仕方ないだろう。姉たちを悲しませてんじゃねぇよとぷりぷり怒るピノが可愛い。


『とりあえず食べちゃわない?』


 全体的に暗い雰囲気が漂う食卓にトンッと軽快な音が鳴り、そちらへ視線を向けるとヘカトン君が並べ終わった朝食を食べる事を勧める提案が書かれているボードを掲げていた。


『そうだね......食べよっか』


『うん......』


 いただきますと全員で挨拶し、モソモソと朝食を食べ始めた。



『あぁ......おいたわしや......』

『許せませんね』

『そうですね』


 暗い食卓を囲むのは何も従魔だけではない。

 王女さんたちアラクネも今では大分シアンファミリーに馴染んだのだ。

 シアンに好意は抱いていてもあんこたちを悲しませるのは許せない彼女たちは、どんよりとした朝に憤りを募らせる。起きてきたら説教してやる、と心に決め従魔の皆を優しく撫でて励ましている。

 そして、何かを思い立ったのか王女は立ち上がり全員に話し始めた。


『では皆様こうしませんか? 今日はシアン様抜きでわたしたちとあんこ様たちで遊びましょう。明日以降シアン様がこの話を聞いて思いっきり悔しがるくらい仲良く楽しく遊びましょ♪ ね?』


 とてもいい笑顔でこう言い放った。


『あははははははは!! そうしよう!!』


 全員が王女の発言に呆気に取られる中、ピノが大笑いしながらその発言に乗った。

 するとどうだろうか......一人、また一人とどんどん賛同者が増えていく。ちょっとした事だが、一言で空気を変えた王女。王族らしさが発現した瞬間であった。


『姫様......』


『僕も乗った! 王女さんいい事考えるね!』

『やるー』

『何するのー?』


 感動するメイドを尻目に王女の胸元へ飛び込むエロモチと、シアンに何か悪戯を仕掛けると思ってソワソワする末っ子姉妹。


『......むぅぅぅ。いいもん! いっぱい悔しがらせてやるんだから!』

『こっちを放って寝ちゃうあの人なんて知らないんだからね!』


 この二人を立ち直させるのが今回一番の難題と考えていたが、実にあっさりと王女の提案に乗ってきた。

 愛憎という言葉がある通り、【愛】は拗れると【憎しみ】へと変わる。ただの好きならば嫌いであったり無関心になるのだが、それらを通り越した関係が反転すればただただ純粋な悪感情が残るのだ。


 シアンにとって幸運だったのは、従魔の皆が酸いも甘いも噛み締めた大人ではなく、純粋な子どものような存在だったのが救いであろう。


 後日、本件の渦中にいた彼はこう供述した。


「ドロッドロな昼ドラ展開にならなかったのはあの子たちが天使のようにピュアだったから。今回の反省を踏まえ、二度とこの様な事が起こらないようあの子たちと真摯に向き合おうと思います」――と。




 ◇◇◇




 話し合いから二時間後、すやすやと隔離空間に籠り眠るシアンを放置し、王女御一行と従魔ズはアラクネメイドの作った大量の料理が入ったバスケットを抱えて楽園を闊歩していた。


『今年も綺麗に咲いているから楽しみだね! あ、見えてきたよー!』


 悲しみを振り切ったあんこは尻尾をブンブン振りながら先頭を歩く。目的の物が見えたので後ろを振り返りながら声を弾ませる。


『わぁ、本当に綺麗なのですね!』

『これがサクラと言う花なんですねー』


 御神木と言えるほどに成長している枝垂れ桜は威風堂々満開に咲き乱れ、桜を初めて見る人が見ても、その容貌に目は釘付けになり圧倒される。


『去年からピノちゃんがちょくちょくお世話しに行ってたからねー。すごーい!』


『ふふんっ』


 長女のドストレートな賞賛に小蛇は胸を張りドヤる。バ飼い主がその場に居ればシャッター音とフラッシュが延々と鳴り響いていたであろう。


『わー! きれーい!』

『ピノすごーい!』


 キュウキュウメェメェと大木の周りをクルクル走る無邪気な姉妹に余計にドヤる勢いが加速する。


『今のうちに宴会場所の準備を終わらせましょう。さぁやりますよ!』

『りょーかーい!』


 メイドさんの指示に素直に従い、テキパキと場を整えていくメイド。

 無邪気に走り回る小動物たち。

 微笑みながらダイフクとツキミを撫で、その様子を見守る王女。


 もうこの瞬間だけで嫉妬に狂うだろう。が、これはまだプロローグでしかない。


『ねーねー! 昨日のおねーちゃんとかおじちゃんとか呼ばないのー?』

『あー!! それいいねー!! ねーねー、呼ぼう呼ぼうっ!!』


 末っ子姉妹から寄せられる満面の笑み付きのオネダリに抗える人はいるだろうか?


 否!!


 オネダリに応えるしかないだろうか?


 そうだ!!


 と言う訳で、急遽参戦が強制されたとも言えるお誘いが決定したのである。


『じゃーわたしがいくー!!』

『ワタシもー!!』


『うふふふ、ではお願いしますね。人数が増える分のお料理とかは追加で用意しておきます』


『『うん!』』


 元気よく返事をしてから二人は転移石を使って飛び立っていく。その様子を嬉しそうに眺めた後、王女は残った者たちへと指示を飛ばした。




 ◇◆◇




『とーちゃーく!』

『いぇい!』


 この二人ノリノリである。

 シアンが超絶過保護なのでこういった単独行動する機会は殆どない。なので今、その機会を得られて物凄くテンションが上がっている。


『じゃー早速おねーさんたちを誘おっ』

『うんっ』


 そうと決まれば――という事で商会の転移部屋から意気揚々と飛び出し、店舗へと走り出しあっという間に到着した。


「わんっ!」

「クルッ!」


 商会メンバー以外の前で喋るのは拙いと理解していたのか、鳴き声を出し自分の存在をアピールした。


「えっ......これは夢?」

「あんこ様とツキミ様が見える......」

「ここは天国だったのか......」


 呆然と立ち尽くす商会メンバー。最早接客等の己の仕事なんてモノは意識からニフ〇ムされてしまっている。ザ〇キかもしれない。


「えっ!? これってもしかしてっ」

「やーん! かわいいー!!」

「もしかしなくてもこのぬいぐるみのモデルになった子たちだよね!?」


 色めき立つ店内、茫然自失な店員と沸き立つ客。コイツらを生贄に捧げればカオスな兵士が生み出せそうだ。


『......もしかして何かやらかしっちゃった?』(小声)

『......多分そう』(小声)


 この大騒ぎに気付いた会長がやってくるまで混乱は続き、最早仕事にならないという事で店は臨時休業となる。店内に居た客にはあんこの肉球サインorツキミのあんよサインが提供され、事なきを得た。


『......急に来てごめんなさい』

『......ごめんなさい』


 全てを垂れ下がらせて反省するあんことツキミを会長が優しく宥める。シアン及び従魔ズの事は、彼女らの中で何を差し置いても最優先にしなくてはならない事項なので本来は謝る必要は無いのだ。


「こちらは本当に大丈夫ですから、ね? 気になさらないでくださいませ。それで、本日はどうなされましたか?」


 不敬と思いつつも、しょんぼりする天使とエンジェルを見て慰めない訳にもいかない。

 そう、これはある意味神事だ! と脳内会議で結論を出し、商会メンバーは一致団結して慰めだす。店は今日出勤していて心底良かったと思える触れ合い会場となり、天使とエンジェルは元気を取り戻す。


『えっとね......ご主人が部屋に篭って寝ちゃって起きないから皆でお花見しよーってなったの』

『それで、ウイとしるこが昨日のおねーさんとおじさんたちも呼ぼうって言い出したから誘いにきたんだけど......』


 これを聞いて、商会メンバーがどう思ったかなぞ簡単に想像出来るだろう。

 彼女らは、それに続けて『仕事を邪魔してごめんなさい』と謝ろうとする天使たちに『すぐに準備致します』と間髪入れずに答えた。


『よかった! じゃあわたしたちはおじさんたちの所へ行ってくるからここで待ってて!』


「はい! 行ってらっしゃいませ!」


 あんことツキミが店を出た瞬間、メンバーは動き出した。休みの人物を呼びに行く者、準備を整える者、手土産を準備する者など......最早言葉なぞ不要。アイコンタクトのみで行動は開始された。




 ──────────────────────────────


 金曜に更新出来ずすみませんでした。

 忙しくて曜日感覚死んでいたんです(言い訳)、来週はちゃんとします。申し訳ございません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る