第316話 偶然の再会

 全オモチャを解放した俺ら御一行は、思う存分に遊んでも周囲に影響が無いように草野ダンジョンへ来ていた。ひっさびさのプライベートビーチである。

 着替える必要があるのは俺だけ、着いてきたアラクネは何か謎技術で瞬時に着替えが済んでいた。


 出遅れた俺は既に遊び耽っている皆に混ざるのは憚られたので、バランスボールを転がしてい一人遊びしてあんこにビーチボールをトスしてあげた。

 ......俺がしたのはこの最初だけ......後は......うん。

 ソレに夢中になったあんこは自分の鼻や前足で弾いて追いかけてを繰り返している。うん、なんかすっごい寂しい。


 ツキミちゃんとダイフクはフリスビーをお互い物凄い勢いで投げあって遊んでいる。よくあの小さいクチバシでキャッチできるものだ。


 残りのワラビ、ヘカトンくん、ウイちゃん、しるこ、ピノちゃんの五名はビーチフラッグ……いや、これは正しくないな。ビーチピノちゃんをして遊んでいる。

 スターターは眩しい笑顔を振り撒くアラクネ王女さん、審判にはメイドさんとメイド。オモチャには見向きもしていない。

 説明会しよう! ビーチピノちゃんとはッ! ピノちゃんが旗代わりの布を咥えて砂浜に直立で刺さるッ! それ以外はビーチフラッグと同じッ! 以上ッ!


「なんか楽しそーな事してんなぁ......俺は本日の主役様に獲物とってきてって命令されちゃったから仕方ないけど......」


 立ち泳ぎしながら砂浜を眺めるだけの俺。かなちいなぁ......あっちは楽しそーだなぁ......ははっ。


「漁業権とか無いし、密猟者もいない。環境は最適に保たれる理想郷......わざわざ探さなくても潜れば何かしら捕れる素晴らしさ......オール〇ルーかな?」


 潜り始めて凡そテンミニッツ、名称のよく分からない腰にぶら下げる網袋は既にもう五つがパンパンに詰まっていた。

 アワビ、サザエ、トコブシ、ウニ、小魚~中型の魚。それぞれがみっちり詰まっている。


「最初だけ採ったどー! って言ってみたけど皆それぞれなんかに夢中になってて、俺の事なんて誰も見向きしてくれなかったなぁ......

 ............あっちで売り捌けば軽く豪遊出来るくらいだろうけど、きっとこれくらいじゃ満足してくれないんだろうなぁ......また潜るか......三年くらい毎日食っても無くならんくらい採ってやる......」


 そこから俺は制限時間一杯まで潜り続けた。ひたすら磯ガネを岩と獲物の間に刺し込み、銛を放ち続け、採った獲物を網に入れ満杯になれば収納へ......その繰り返し。

 酸素ボンベや足ヒレも取り寄せられたので海面に浮上する事無く、ただひたすらにマーマンと化して素潜り漁を続けた。もうオレはマーマンだっタんじャナいか? そう思うようなっていた。そして―――


「キュゥゥゥゥ!!」


 マーマン堕ち目前、愛しのウイちゃんのたいあたりによって人へと戻された。


「ゴボッ!?」


 鰓呼吸だと思っていたソレはただボンベさんが頑張ってくれていただけで、不意打ちのたいあたりによって外れた吸い込み口先生を失った俺は、急に口へ流れ込んできた海水を飲んで溺れた。





「きゅぅぅ......」


 ビタンビタンと胸鰭でシアンの顔を叩くウイ。

 いつまでたっても戻って来ないシアンを呼びに行く役目をあんこお姉ちゃんにもらった。アザラシだけあって海の中は正しく彼女の庭である。

 ウイは大好きなお姉ちゃんに頼られた事と、呼んだ後は大好きなシアンと海の中で少しは遊べると思いテンションが振り切れた。

 世界最強生物の一角であり、アザラシを含む海洋生物の中では最強な彼女だが、実年齢はまだまだ赤子であり、甘えたちゃんで末っ子気質。ついつい何時もと同じようにシアンのお腹へダイブしてしまった。


『テンションが振り切れちゃってたのなら仕方がないよ』と、泣きながらシアンを海から引き摺って出てきたウイを迎えたお姉ちゃんたちは口々にそう言って泣く末っ子を慰めた。

 彼女が普段住んでいるのは山の中で、ホームグラウンドである海へはそうそう来れるものではないのだ。


『起きてぇ......ごめんなさいぃ......』


 絶賛大パニックのウイはどうにかシアンを起こそうと必死に胸鰭を振るい頬を叩く。ただ寝ているのではないと理解はしているが、起こすには刺激を与えるしかない位の知識しかない。

 故に頬を張る。張り続ける。

 相手が超人なので傍から見ればとても微笑ましい光景だが、全力で振るわれる鰭はアラクネ王女を確殺できる威力。微笑ましい光景には程遠い音がずっと響いている。




 ◇◆◇




「ウォンッ!」


「......うぅん......あんこぉ悪いけどすっげぇ眠いんだよ......抱っこしてあげるから......ん゛?」


 あんことは程遠い野太い声、違う肌触り。んんん?


「......あるぇ? 俺、草野になんかされたんか?」


 目の前には俺をハスキー狂いにした元凶であるシベリアンハスキーのタラコっぽいワンコ、タラコと会う公園から散歩に同行させてもらってよく走り回った思い出のT摩川っぽい景色。なんだコレは......


「タラコ......なのか?」


「うぉん!!」


 バッサバッサと振られるしっぽ、イケワンながらも可愛さの同居する凛々しいお顔、俺の顔面をベロンベロン舐めてくる遠慮のなさ......全てが目の前のハスキーがタラコであると示している。


「う゛ぉ゛!? 変わらないなぁお前は......生きとったんかワレェ!! とは言えないけど、なんで俺の前に居んのマジで......で、田淵さんは? 居ないのか。

 でも......お前だけでもまた会えて良かったよぉぉぉぉぉぉ!!」


 夢か幻か......まぁどうでもいいか。

 また会えた! 撫でられた! 舐められた! それだけであの頃の思い出が次々と溢れてくる。ただ俺の大恩人である飼い主の田淵さんの姿が見えないのが残念で仕方ない......あの人とこのワンコ、セットが俺の中での思い出だから。


「ん? ......お前なんでリード付いてんの? その先に田淵さん居るんか?」


 よく見るとリードがあり、そのリードは靄の中へと続いている。さっきまで靄なんか無かったのに。


「案内してくれ。あの人に会ってお礼言いたいし」

「グルルルルルルルッ」

「ちょっ......なんで唸るねん」


 会わせろと言った途端に先程までの再会を喜ぶ態度から一転、敵意を剥き出しにしたような唸り声をあげられてしまった。優しいこの子が唸るのはタオルの引っ張り合いをする時だけだったのに。


「ガゥッ!!」

「ちょっ、ちょ待てって! なんで逆方向に......伸びる!! 伸びるからダメっ!!」


 俺の抗議もタラコには届かず、どんどん離され......いつの間にか出現していたタクシーに押し込まれる。この子の力強すぎひん?


「くぅーん......」


 悲しそうな声の後ドアが閉まり、ゆっくりとタクシーが動き出した。もう訳がわからん。


「なんで押し込んだくせにそんな声出すんだよ......運ちゃん悪いけど窓開けて! 早く!」


 このまま脱出してやろうと思ったが、上半身しか出せなくて断念。魔法で押し切ろうとするも不発。

 何故か収納だけ開けた。本当何故だ。


 名残惜しかったのかお座りで見送っていたタラコがこっちに走り出すのが見えた。あかん、泣きそう。


「......薄々気付いてたけど賽の河原みたいな演出かなコレは。はぁ......タラコォ!! 田淵さんと一緒に幸せにな!! 心の支えになってくれてありがとうな!! コレ、田淵さんと一緒に食べてくれ!! こっちがお前用だから間違えんなよ!!」


 あんこをダダ甘に甘やかすデーに備えてこっそり作っていた最高傑作のジャーキーとローストビーフを投げ渡す。上手にキャッチした姿を見て満足した所で、運転手に箱乗りを咎められた。

 姿もハッキリしない、声もなんかノイズ混じりの運転手。タラコいなきゃホラーだよ畜生!


「アオーーーーーーン!!」


 遠吠えが聞こると同時に視界が白く染まった。




 ◇◇◇




「きゅぅぅ!! きゅぅぅ!!」


「......はっ!?」


「キュ......キュゥゥゥゥ!!」

「うぼぁぁ!!」


 目が覚めるとやっぱりタラコはいなかった。

 その代わりに新しい家族、こっちに来てから出会えた家族がいる。心配せんでももうあの頃とは違うからゆっくりしろよ。ありがとな。


「......皆なんでそんな顔してんねん。ただいま」

「きゅぅぅぅぅぅぅ......」


 胸鰭と尾鰭だけなのに何故かビターッとくっついて離れないウイちゃん。アザラシ式だいしゅきホールドかな?


 顛末はピノちゃんが教えてくれた。

 溺れた俺は心音が弱々しくなり、呼吸は止まっていたらしい。

 必死のビンタ(ウイ)

 AED(ワラビ)

 心マ(ヘカトンくん)

 これらを続けてたら起きたんだってさ。ワン工呼吸とかしてくれても良かったのに。


 物理や魔法にはほぼ無敵でも自然には勝てない。今回の事ではっきりとわかった。そこら辺の対処をしっかりしないと......って、やばっ。


「そういえばさ、時間どーなってる......?」


 時計を見てみると予約した時間の九分前。絶対間に合わん。他の子たちもやべって顔してて可愛い。


「全員集まって! 今から家に送るんで即風呂に入ってくれ。メイドたち! 家でのことは全部任せたからよろしく! 俺は店に一時間程遅れるって伝えてくるから一時間で終わらせてといて!」


 返事は聞かずに家に飛ぶ。そのまま店まで飛ぼうとして......ウイちゃんが離れない。剥がそうとしても剥がれない。


「なんかウイちゃんが剥がれないからこのまま連れてく! 皆はいい子にしてるんだよ! じゃあまた後で!!」


 死にかけたにしては古参組の反応がドライだった気がするけど、そんなことは全く無い。皆俺が起きた時目が潤んでた。可愛すぎない? しゅき。


「帰ったら行水になるけど一緒に風呂入ろうね。俺は気にしてないから落ち込まないで」

「きゅぅ......」


 飛んだ先から急いでホテルまで向かう。落ち込むしるこをあやし、慰めながら。

 そんなこんなでホテルへ付く頃にはだいしゅきホールドは緩んだ。けれど離れる気配は微塵もなかった。


「よーしよしよし、なんか騒がしいけどさっさと断りを入れて帰ろーねー」

「きゅ!」


 ドアを開けて中に入ると貸切のはずなのに人が大勢いたが、気にせずに奥へ進み支配人っぽい人に遅刻する旨を伝えて誠心誠意謝る。

 笑いながら「騒々しくて申し訳ない、キャンセルじゃないなら大丈夫ですよ」と返してくれる。貸切にしといてよかった。

 その際女性スタッフさんの視線がなんか肌に刺さったが早く帰りたいので華麗にスルー。


「ではでは、急な予定変更申し訳ありません。後でまた来ますんでよろしくお願いします」

「きゅきゅ「そこの変質者! なんでお前みたいな若造が儂らを差し置いてここを使えるんだ!!」......きゅぅぅ......」


 あ゛!? なんだコイツ。


「ウチの子の華麗な挨拶を遮るとは......ギルティ」


 クソカスクレーマーの群れと認識し、声の出る不思議な生ゴミへゆっくりと振り返った。

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