第314話 こっそり作業

 とても質の良い......かもしれない睡眠を経て、俺は目を覚ました。このまま目を再び閉じて、惰眠を貪りたい衝動と戦う。


 ―――のが毎日のルーティンだが、本日は違う。


 Q、今日は何の日か?


 A、あんこの日


 そう、あんこのバースデーである。それくらいの日でなければ俺はこのヘブンからエスケープしなかったであろう。血涙が出そうになるのを必死に堪え、布団を外していく。


 たかが布団から出るだけで何を大袈裟な......と、思ったそこの貴方! そう、君。答えなてみなさい。

 俺が!! あんこの!! 誕生日に!! 二度寝をしたいと思ってしまうような状況をッッ!!


 何? わからないだぁ? なら適当な事を言うなクソボケがぁぁぁ!!


 俺の作業を見てれば正解に辿り着けるからよく見てなさい。そして適当な事を言った事を懺悔なさい。悔い改めて投げ銭とお高いビーフジャーキーをしなさい。わかったかな? んんん?


 はい、では正解のVTRはこちらです。どうぞ。



 ~From異世界 あんこ歴三年四月二日 AM5:00~


 シアン君(2)が目を覚ましました。

 布団から出ようとして、固まったようです。


 おや、何か呟いていますね......聞いてみましょう。


『ちょっ......そうだった......昨日は皆が俺の掛け布団になってくれたんだった......くっ......

 俺はもう起きないと行けないんだ......だ、だがっ......起きたいのなら俺に皆を引き剥がしやがれ、と......そう仰るのかクソ神ィィィ!! (全部小声)』


 どうやら朝から荒れているようです。

 それもその筈、昨日はシアン君の誕生日で上がりに上がったテンションのまま帰宅し、風呂に入ってそのまま皆一緒に寝たからです。


 あんこちゃんは中型犬サイズで、仰向けになったシアン君の胸元を独占して就寝。

 ピノちゃんは目の上で、ダイフク君は左耳を、ツキミちゃんは右耳を、ワラビ君は枕に、ヘカトン君はお腹の上、ウイちゃんは右腕、しるこちゃんは左腕をそれぞれ独占して寝ていました。


 それならばまだ普段の就寝と変わらないんじゃないかと思ってしまうだろうが、昨日はシアン君のお誕生日です。従魔の皆さんは甘える為ではなく、シアン君の幸せな睡眠の為に全力で寝具役に徹していたのです。


 では、先ずは上の方から解説していきましょう。


 目の上ですやすやと眠るピノちゃん、この子はアイマスクの代わりをしてくれています。

 表皮の温度を上げてツヤツヤスベスベのホットアイマスクになっています。幾らで買えるのでしょうか。


 お次は頭の下でスゥスゥと寝息を立てているワラビ君、この子はご覧の通り枕になっています。

 他の子に比べて若干剛毛気味ですが、それでもシアン君のブラッシング、ケア、温泉などでかなりの手触りとなっています。この子は筋肉が痙攣しない程度のとっても微弱な電気を流し、肩や首周りを解してくれています。幾らで買えるのでしょうか。


 続いて両耳を保護しながら眠る二羽の鳥さん、ダイフク君とツキミちゃんです。

 モチモチ触感のダイフク君と包み込むような感触のツキミちゃんに顔の両サイドを挟まれるシアン君。時折り聞こえる鳥っぽい寝息がASMRのようになってとてもリラックスさせてくれます。幾ら払えば視聴できますかね。

 ちなみにASMRとは『Autonomous Sensory Meridian Response』の略で、日本語に訳すと『自律感覚絶頂反応』となる。決して仙台駅に銅像が建ちそうなあの人の略ではない。


 さぁ残りは後三つとなりました。右腕担当のウイちゃんと左腕担当のしるこちゃん。

 右腕のウイちゃんはアザラシ特有の保温性を保ちつつフワモコで何時までも抱いていられる極上の抱き枕に。

 左腕のしるこちゃんはパーティーでも披露したコスプレ用の変化で、シアン君の左腕を包み込んでいます。手や足を突っ込めるタイプぬいぐるみがありますが、アレよりも格段に上の突っ込み心地なのでしょう。全財産払うのでここまでの全てを体験させて貰えないでしょうか。


 最後にご紹介するのはお腹の上のヘカトン君です。

 この子は他の子のように毛や体質などで癒す事は出来ませんが、沢山の手を使って寝る前にマッサージを施していました。健気で可愛いですね。


 さて、そんな至福の寝具を身に纏うシアン君はどうやってパージしていくのでしょうか......




「............ぐすっ......ううっ」


 泣きながら抱き枕のウイちゃんを外し、しるこから手を引き抜く。両手が寂しさを訴えるが無視し、自由になった両手でヘカトン君、ウイちゃん、しるこをワラビの上に置く。両サイドに居るダイフク&ツキミちゃんをパージし、ワラビの上に乗せてから羽毛の中に入れて幸せを享受。

 最後にピノちゃんをパージして起こさないよう慎重に撫で回し、あんこの頭の上へ乗せて、あんこのピノ乗せをワラビの俺の頭があった場所へ。


 ......異世界式ブレーメンの音楽隊の完成。今度歌って貰おう。

 存分に網膜に焼き付けてから、名残惜しさを全開に本日の準備へと移る。


「今日という日は一年に一度しかないからね......似たような事は何にもない日に頼み込んでまたやってもらおう......土下座も辞さないつもりだ。プライドとかは牛にでも食わせてしまえ」


 悲しい言葉が勝手に漏れ出るが気にせずに作業へ。



 用意したのは有名なトコ産の小豆いっぱい。

 砂糖いっぱい。

 マウント富士の湧き水いっぱい。

 ちょっと良いお塩少々。

 クソデカい鍋とザル。


 まぁもう準備した物を見れば皆様おわかりだろう。


 そう、俺はあんこに手作り餡子を食べてもらいたかったんです。餡子さえ用意してしまえば、後はどら焼きの生地を焼いたり、ホットケーキを焼いたり、パンケーキを焼いたり、たい焼きを焼いたり、団子や餅を焼いたり、シフォン生地を用意したり、そのまま食べたりすればいいのだ。

 本当に何にでも合うパーフェクトでアルティメットな食材。時間の無い朝とかでもトーストに袋入り餡子を絞ってバターを落とせば幸せになれたもん。 


 うろ覚えだけど、日本に居た時に自作しようとしていた時期がありました。あの時は予想以上に疲れたし、時間が掛かりすぎた。

 今日はあの時と同じ轍は踏まぬ。滞りなく最高の餡子を作ってやるぜ!!


「まずはたっぷりの水で洗った小豆を煮る......そんで15~20分経ったら鍋と水を入れ替える」


 この作業をしっかりしないと渋くて不味い物が出来上がる。濃いめのワインっぽい色が目安。

 ちゃんと渋みが取れてるか不安なら、もう2~3回やってもいいが、風味が損なわれるらしいから注意。同じ鍋を使う場合はしっかり洗う事。


「後は小豆が柔らかくなるまで煮る! その際に出てくる灰汁は絶対に存在を許してはならない。

 小豆の凡そ三倍の水分量からスタートし、ひたひた以下にならないよう注意しながら茹でていく......」


 灰汁は邪悪。サーチアンドデストロイ。

 オークやゴブリンのようなものだ。生かしておいて利は無い。良い餡子ライフにはこれをしないといけないんだ!!


「小豆が柔らかくなり、とろみがついてきたら砂糖をぶち込むタイミング」


 何故かは知らないが十分に柔らかくなっていない時に砂糖を入れるとそれ以上柔らかくならない現象があるらしい。不思議だね。

 時間と労力を掛けてやっているのにわざわざ失敗したくないので試していない。誰か試してみてほしい。


「......あ、確か砂糖は二回に分けて入れるんだっけ」


 一度目を入れてから三分くらいして完全に溶けているのを確認してから二度目を投入。砂糖の量は小豆10に対して9くらい。個人の好みの甘さ加減になるようここらへんは各自調整してください。


「ここまでくれば後は焦がさないよう、混ぜながら煮詰めるだけ......はぁ......この部屋に充満していく小豆の甘い香りが堪らん」


 これが自家製餡子作りの醍醐味。徹頭徹尾自分の為だけの餡子が出来上がっていく様を見て楽しむ。


 冷めると固くなるので好みの硬さよりも若干柔らかめを目指して炊いていく。煮る作業から炊く作業に変わる境目はわからない。

 煮詰まってきて完成が近づいて来たら炊くになる......と個人的に思っている。


「これくらいかな? ......味も良さげ。失敗しないでよかったぁ」


 後は塩を加えつつ好みの味付けに調整して終了。バットに分けてラップをして冷まして完成。

 今回は時短の為にダンジョンで集めた雪を固めて作った冷蔵箱にイン。



 ―――だが、冷える前のアツアツ餡子という物がある。味が馴染みきる前の未完成品。これを食えるのは作った者のだけの特権である。


 作った餡子をちょーっと拝借してご褒美タイムへ。

 今回はバターロールの中心をくり抜いてその中へ出来たて餡子を注いでいく。

 チョココロネならぬ餡コロネ。チョココロネのチョコをパージさせてバター塗り塗り餡子をドーンしていたけど面倒でこの形になった。


「うん、美味い! 良い朝飯だぁ......」


 こし餡は作り方がわからないので既製品を使う。ごめんなさい......でも美味しいこし餡だから許して!


 餡コロネとコーヒーで朝食を終わらせると丁度よく餡子も冷えていた。さすがダンジョン雪。


「よし、まだあの子たちの起床まで時間はあるから変わり種を作っていこう! テテテテン、なまくりぃむとばたぁー(ダミ声)」


 青狸の声はダミ声か今の声か......いや止めておこう。時の流れって怖い。


「作った餡子と生クリームを混ぜ混ぜしてホイップ餡、バターと餡子を混ぜて餡バター、餡子をミキサーでアレして粒を消去したなんちゃってこし餡......これくらいでいいか」


 俺お手製のブツは用意した。後はパーティーで出す用の物を取り寄せて保管しておけばいい。


「喜んでくれるといいなぁ......」


 俺が出来る準備は完了した。後は時間まで皆とイチャイチャして待つだけ......楽しみだ。




──────────────────────────────


 拘れば拘っただけ美味しくなるんですが、灰汁の処理と茹で汁を一度捨てるのさえ守れば雑に作ってもそれなりに美味しくなります。自作餡子で餡子もりもりスイーツを食べるのは幸せですよ!(洗脳)


 ちなみに私はこの話を書きながら買ってきたキロ餡子を貪ってました。健康診断とかカロリーとか気にしたら負けです。チートデイ万歳!!

 長く時間が空いたにも関わらず待っていてくれた皆様、本当に感謝しています。今後暫く今の更新ペースの維持になります。よろしくお願いします。

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