第303話 鍋を食おう
――鍋
それは日本では冬になると、誰でも最低一度はやってしまう物ではないだろうか。作るつもりはなかったのに、いつの間にか気付いたら鍋を作っていた......なんて人も居ると思う。
一週間全て、夕食は鍋で済ますという事もある人も居たり居なかったり。
おいおい、一週間も連続でやれるものなのか? そう疑問に思う人は日本人では少ないと思う。まぁこれは個人的に鍋大好きな俺の意見だからかもしれないけど......
まぁ鍋の良い所はなんと言っても圧倒的なまでのバリエーション。
醤油味、塩味、味噌味、カレー味など......まずベースとなるお汁の味がまぁ豊富だ。その日の気分によって何味を食べるか選べるから飽きにくい。ラーメンと似たような物だ。
そして次は種類。
牛肉、豚肉、鶏肉、魚介類、野菜......そう、鍋のメインとする食材を変えるだけでも新たな一面を見せてくれてしまう。
長年寄り添って知らない一面は無いと思っていたパートナーが不意に見せる、まだ自分に見せたことのなかった一面を見てより一層惹かれる......みたいな物。
雑に作っても失敗する事はほぼ無い。そして凝れば凝るほどに沼い。鍋愛好家は一種の求道者ではないだろうか。
そして極めつけはコレだ!!
鍋を腹いっぱい食べてしまっていても、鍋というイベントの最後に訪れる〆大先生によるサバトからは逃げられない。
鍋をやるから〆が発生するのか、〆の為に鍋をやっているのかがわからなくなってしまう。個人的には鍋自体は前座だと思っている。雑炊、うどん、中華麺、蕎麦......
普通の夕食で絶対に雑炊なんていう口内破壊兵器はやらない。普段は特段美味しいとは思わない風邪の時の特別メニューである雑炊が、この時にだけは光り輝きやがるんだ。何度口内を火傷させられたかわからない憎い相手だ。
......まぁ長い前置きはこれくらいにして、何故俺がこんな事を語っているのかというと。
「ちょっ......姫様!! そのお肉は私が育てていたヤツですよ!!」
「証拠も無しにそんな事言うのはダメですよ。このいやしんぼさんめ!!」
「まだありますから......ていうか、姫様なんですかそのキャラは......」
アラクネさん御一行は......なんかもうカオス。牛肉をたくさん用意してるんだから喧嘩すんなし。果たしてアレは喧嘩なのかはわかんねーけど。
『雑炊!』
『うどん!』
『うどん』
『雑炊!』
『ラーメン!』
『うどんー』
『ぞーすいー!』
こっちはこっちでなんか〆談義がとても白熱している。土鍋用意するから小分けにして各々の好きな〆を作るよと提案しても、『大っきい鍋でやるから美味しいんだよ!』と言われてしまった。......うん、こう言われてしまったら発言権の序列最下位の俺はそこでもう沈黙せざるを得なかった。
仲のいいウチの子だからガチの喧嘩には発展しないだろうけど、一応最後の悪あがきというかなんていうか。火鍋とかでよく見る鍋をセパレートするアレだけは用意しておこう。
俺? 俺は皆に取り分けたり、次々と飛んでくる具材の追加オーダーにいつでも対応できるように、落ち着いて食事はせずにちょいちょいつまみながら控えております。俺......この鍋パが終わったら、一人でちびちび日本酒を飲りながらモツ鍋を食うんだ......
「はーい、アツくなるのはいいけど喧嘩はしちゃダメだかんねー。ポカポカするのは身体だけにしましょうねー」
俺がこう言うと最後には少数派は淘汰されていき二大派閥てまある雑炊派とうどん派に分かれたので、火鍋のセパレートのアレを取り寄せて雑炊とうどんを作ってあげたら凄いキラキラした目を向けられた。
ソレを先に出せよ! とは言われず、まさかそんなのがあったの!? って感じだった。この子たちからなんかそう、キラキラした目で見られるのはとても気持ちよかった。クセになりそう。
あ、そうそう。アラクネたちは米よりも麺で満場一致でうどんを選んでいた。肉の所有権で醜く争っていた面影は全く無かった。
「このうどんという食べ物......すっごく美味しいですね!!」
「あつっ......いくらフーフーしてもまだあついっ!!」
「箸というのですか? コレすごくいいですね。......キャアッ」
王女さんは鍋の〆という庶民の食べ物を恐ろしいまでの上品さで食べ進め、メイドはしっかり冷まさずに口に入れてダメージを受け、メイドさんは箸でうどんを食べていたけど、慣れない箸と滑るうどんに叛逆されて返り討ちにあっていた。
うん、すっごい平和。これぞ飯アンドピースだ。美味い飯、美味いスイーツ、美味い酒の前では生き物は須らく無力になるんだよ。
その後、食いすぎてうんうん唸るしかできなくなったイカめしたちを寝かしつけてから、外で一人鍋をやった。何故外でだって? 家の中でやったら匂いに釣られてやってくるヤツがいるかもしれないだろ。
大人数でワイワイやる鍋もいいけど、一人でやる鍋もいい物なのだ。別にモツを秘匿して独り占めしようと言うわけではない。鍋初心者たちにモツ鍋を与えるのは危険だからという理由なのだよ。
一人鍋と言ったけど、俺の膝の上には幸せそうに寝ているツキミちゃんがいるから正確には一人鍋ではないけど。だがそれもいい。
「はぁぁぁぁ......堪らんわコレ。ひと仕事終えた後のモツ鍋&酒は至高」
ニラ、キャベツ、にんにくスライス、そして牛モツ。そして塩ベースの鍋。そう、これだけでいいんだ。〆? 〆はもちろん中華麺だ。
アホみたいに美味いモツはシンプルに食うのが一番。異論は認める。辛味噌味や醤油味も至高であるからね、仕方ないね。
「平和だなぁ......」
暖かい部屋、コタツ、屋外......どんなシチュエーションにも合う鍋パイセンはやばい。夏にキンキンに冷やした部屋で鍋もいい。鍋万能すぎィ。
「クゥゥ......」
まだ腹が苦しいのか、時折呻き声らしき鳴き声を出すツキミちゃん。かわいいなぁ。
この小さい身体のどこにあれだけの飯が入るんだろうか......まぁ......気にしないようにしよう。胃袋は宇宙だってどっかの誰かが言ってたし。
「よーしよしよし」
もう俺らに面倒事が降りかかりませんように――
ツキミちゃんを撫でながらそんなギンギンに聳り勃つフラグのような事を思ってしまった。これは不可抗力だ......マジで何か起きるとかやめてね。
◇◇◇
「じゃあ俺はちょっと外に出るから、各自好きに動いていいよ。でも外に出るのだけは止めてね。ちょっと安全性は保証出来ない事をするから」
『わかったー!』
翌日、俺は皆にそう告げた。自らおっ勃ててしまったフラグをへし折る為に行動する事にしたのだ。備えあれば憂いなし......いい言葉だ。
物分りのいい組はそんな風に元気のいい返事を返してくれた。クール組は頷くだけ。デレ甘組は少し寂しそうな感じで渋々といった感じだ。
アラクネさんたちはとりあえずお客さん扱いにしてるから気にしなくていいのに、俺に全てをやらせてもてなされた事を気にしている。
「そんなに気にするならヘカトンくんかピノちゃんのお手伝いをしてあげて。王女さんはウイちゃんとしるこの遊び相手で」
「かしこまりました」
「私もそっちが......なんでもないです!!」
「わかりました」
「そんじゃよろしく。昼飯は収納袋に入れてあるからそれを食べてね! じゃ行ってきます」
可哀想なくらいしょぼーんとするあんことツキミちゃんを撫で回してから外に出た。お出かけ前のアレは本当に卑怯だと思う。
わんこのアレはマジで拷問でしかない。毎朝血尿になるんではないかと思わせられるくらいに酷い負荷がかかる。その分、帰宅時の熱烈なお出迎えは生きててよかったと思わせてくれるから、物凄く苛烈な飴と鞭である。そんな君たちが大好きだ......
もうやめて! シアンの後ろ髪はゼロよっ!!
後ろ髪を引かれすぎてもう後頭部はツルツルなのよ......引かれる後ろ髪が無いのに引かれるとは......クッ、これも異世界の洗礼なのか......!!
後ろを振り返ってはいけない小道並のアレだ。うぅ、パパはちゃんと帰ってくるからね......
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