第299話 破壊力抜群
ものすごいドヤ顔でさぁ褒めろと言わんばかりのあんこお嬢様。目はキラッキラ、しっぽはブンブン......まぁ本能が騒いだんだろうね。うん。
「よーしよしよしよしよしよしよーしよしよしよしよしよしよしよしよし」
あんこが俺の為にそうしてくれたんだから褒める以外の選択肢は俺にはない。むしろそうしないと俺が俺じゃなくなる。ウサギっぽいのは不運としか言えないけど俺もあんこもハッピーになれる。
「くぅーんくぅーん」
パタパタパタパタと周囲の雪を舞い散らせるほどの勢いでしっぽを振りながら甘えた声を出すあんこが可愛くて仕方ないなぁ――
「...............へ!?」
それは突然起こった。
あんこが鳴いた事で口が開き、口に咥えていたウサギらしきものが地面に落ちた時にソレは起こった。
ボスッという音を立てて雪の上に落下したウサギの首が取れた。信じ難い光景だが、これは紛れもない事実。とてもホラーな光景だった。
「.........わんっ」
余りの衝撃で手が......というよりも全身の動きが止まった俺を叱咤するように一つ吠え、手に頭を押し付けてくるあんこ。セルフよしよしをするとは......この子なかなか上級者だな。ってそれどころではない。びっくりするからこういうのは止めなさい。
「あっごめん......よーしよしよし。でもさ、コレ何かな? あんこはコレを俺に見せて何がしたかったの? 持ってくるモノは選ぼうよ......首が繋がってるように見せかけて、実は首が取れてましたとかいうホラーチックなサプライズはちょっと......」
「ウゥゥゥゥゥ......」
俺のお小言に不満気に唸るあんこ。その様子を見てやれやれだぜ......とでも言いたそうなピノちゃんがあんこの援護射撃をしてきた。俺の味方はいないのかっ!!
『ハイハイ一回落ち着いて......落ち着いたらよーくソレを見ててごらん。ついでにソレを鑑定をしてみたらいいと思うよ』
一旦心を落ち着けてから改めて首捥げ死体をよーく眺めろとは......この子なかなかサイコな思考回路をしてやがるぜ!! ついでに死体を鑑定しろとは......
.........エッ!?
「...............あ、あーうん......なるほどー......うん。よく知りもせず小言をいってごめんね......ハハッ......この世界のウサギはろくなのがいねぇなクソッ!! 愛玩動物らしいウサギも出て来いや!!」
首捥げウサギはよーーーーーく見てみると、胸が上下していてまだ生きているのがわかった。そしてソイツの鑑定結果は以下の通り。ただただ可愛いだけのウサギはこの世界にいないのでしょうか......ぎぶみーぷりてぃらびっと。
▼デュラハンラビット
生前は突然変異種の首狩りウサギでイケイケだったが、同族との争いに破れて首を撥ねられて死亡
なんやかんやあってデュラハンとして転生したが、首が捥げやすく戦いに向かない
一見すると普通の首が取れるウサギに見えるが実は鎧に毛が生えている▼
もうね、絶句よ。
雑な鑑定文に加えて鎧に毛が生えているという意味のわからない生き物。
脳が情報の整理を拒否している。うん、現実から目を逸らそう......嫌な現実なんて目に入れる必要なんてないんだ!!
御誂え向きに目の前にめっちゃ可愛いわんことヘビがいるからね。愛でて愛でて愛で倒そう。そうしましょう。
「よーしよしよしよしよしよしよーしよしよしよしよしよしよしよしよしよーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!!
ピノちゃんも遠慮しないでいいからねーよーしよしよしよしよしよしよしよしよしよーしよしよしよしよしよしよしよしよし......とても可愛いですねースベスベですねー。甘噛みしてきて可愛いですねーじゃれてるんですねー」
俺の心の機微を理解してくれたのか、ピノちゃんには時々反撃されるものの、あんことピノちゃんの両名はされるがままの状態になってくれている。優しい! 可愛い! 大好き!!
隙を突いて逃げようと画策している首捥げウサギはピノちゃんが目を光らせてくれているおかげで逃げられずにその場で死んだフリを続行している。せっかくあんこが捕まえてきてくれたエモノだけど、俺はコイツ要らないから逃がしてあげてほしいんだけど......
あ、ダメ? そうっすか。
ごめんなさい。そんな悲しそうなお顔をしないでくださいお願いします。
ふぅ......少し落ち着いた。やはり可愛い生き物って偉大だわ。荒んだ心をすぐに落ち着かせることができる。
『落ち着いた? あんなんされて我慢するのは今回だけだからね。わかった? じゃあ姉さんの話を聞いてあげてね。ウサギはこっちで見張っとくから』
「わかりました。ありがとうございます......でも今回だけとは言わずにもっとさせてください」
『あ゛ぁ!?』
「そんなに怒らなくてもいいじゃない......はぁ......よし。あんこちゃん、何か言いたいことあるの? いってごらん」
『うん......あのね! この子飼いたい!!』
「拾ったところに戻してきなさい」
衝撃的な発言がまいすいーとお姫様のお口から飛び出してきた。まさかこの俺がこんな事言う日が来るとは思わなかったけど、脊髄反射で口から出た。これは仕方ない......仕方ないんだ。ウチではその子の面倒を見切れません。
不思議生物枠はもうヘカトンくんやワラビで埋まっております。
『ちゃんとワタシとピノでお世話するから! ね? ワタシのお願い聞いて?』
上目遣いで己のプリティさを究極まで引き出した全力のおねだりが俺を滅多打ちにする。
が、何とか金剛の精神力で耐える。耐えきった。
俺じゃなきゃ即死してたね......なんて危険な子に育ってしまったのか......
しかし、耐えきれたのはここまで。俺は弱い生き物だったみたいです。
「ん゛っ......だ、ダメです。ソレは元の場所に戻しt......あぁんっ」
――天国を見た。
お亡くなりになったあのハスキーたんが俺を手招きしているのが見えた。やばかった。
小悪魔さんにはどう足掻こうが絶対に勝てない。
これが今回の件から俺が得た教訓だ。
「はぁっ......はぁっ......んっ」
数分後、荒い息を吐きながら恍惚の表情で雪原に寝転がる男と、白い蛇のしっぽとハイタッチしているハスキーがそこにいた。
『やったぁ!!』
『我が姉ながら末恐ろしい......でもよかったね』
『うん!!』
ビクンビクンする男
喜ぶハスキーと白蛇
ドン引きのセパレートできるタイプのウサギ
今日も異世界は平和です。
◇◆◇
「............」
「ちゃんと聞いているのですか!!? 形だけの反省、口だけの謝罪はもう聞き飽きました!! 今回ばかりは許しませんよ!! ......なぜ貴女は不服そうな顔をしているのでしょうか」
メイドがメイドさんに説教されていた。雪の上で......それも正座で。
牛VS王女から三時間、ずっとメイドさんのターンが続いている。もうやめて!! と言ってくれる人は当然いない。
メイドの足は既に感覚は無くなっており、延々と続く説教がその心を蝕んでいた。いつものお調子者の面影はなく、ただただ無になって耐えていた。
その無の状態が更に怒りの燃料となってしまい絶望感でどうにかなりそうだった。
一方その頃、王女は従魔ズを連れてシアン自慢の温泉でゆっくり湯治を楽しんでいた。
「温泉気持ちいいですねー。それにこのお湯凄いです......肌がツルツルに......疲労も消えていきます......最初はこの色はどうかと思いましたがどうでもよくなるくらい素晴らしいです......ふぅ」
「キュッキュッ」
「メェメェ」
大好きな温泉を褒められたのが嬉しかったのか、お湯にぷかぷか浮きながら漂っていた末っ子姉妹のテンションがあがり、水面を叩いて水しぶきをあげている。
『これ、どうぞ』
一面の雪景色、温泉と来れば、次に来るのはアレしかないだろう。
そう、桶に乗ったジャパニーズサケの入った徳利とお猪口、それに合わせるおつまみはミートブルジャーキーと異世界鮭のトバと、皮の炙り。
シアンがよくやっている事を覚えていたヘカトンくんが、シアンの隠し酒コレクションから拝借してそれら用意。それらをワラビが王女に運んで行った。
「わぁ! 見たことない器なんですけどコレはなんなんですか?」
『ごしゅじんがおんせんでよくやってるやつ』
「そうなんですね。これは......お酒ですか? この可愛い器に入れて飲むのでしょうか......」
見たことの無い徳利とお猪口に困惑しつつも、使い方の正解をなんとか引き当てた王女は手酌で酒を注いで一口。
飲み慣れない日本酒だったが、それはシアンがコソコソ飲んでいる最上級のもの。
初心者が飲んでも美味しく、そして飲みやすいと思わせられる逸品は、異世界の生き物の舌をも唸らせる威力を持っていた。
「わぁ、今まで飲んだ事のあるお酒と全く違う不思議な風味と味ですが......コレは凄く美味しいですね! それにこの干し肉と干した何かも凄いです......これは手が止まりません」
『よかった。まだあるからほしかったらいって』
「ありがとうございます! んーーっ!! 美味しいです。はぁ......道中は辛かったですけど此処に来れてよかったです」
可愛い生き物に囲まれながら温泉に浸かって酒を飲む。この世の贅沢を凝縮したかのような時間を王女は堪能していく。
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