第298話 いずれ食される事になろうとも

 ――牛......もといミートブル


 食べたものに至福の時間をウー〇ーイーツする異世界の松阪牛。


 戦闘力は中の下、身体強化した身体や角を使用した突進を多用するだけの比較的楽に倒せる種族だ。


 その肉は魔力を溜め込めば溜め込む程に味は洗練されていく至高の食材であり、人間界では天然物はほぼ出回らない幻の牛。

 昔は今よりも近い位置にたくさん生息していたが、肉好きな王や貴族が乱獲したせいで獲りやすい場所に居るミートブルは数を減らし、遂には狩り尽くされてしまう。

 最近ではダンジョンで出現するミートブルから低確率にドロップされる肉が流通するようになり、一昔前ほどは希少とは言えなくなったが......


 それでも過去に天然物を食した事のある有識者からすれば天と地ほどの差があると言われ、天然物の肉に高い懸賞金や報奨金を掛け続ける美食家や一攫千金を求めて天然物を探し求める冒険者は数多存在する。

 だが、運良く見つける事が出来ても生息地が人間の生息域より遠く離れており、且つ持ち帰るまでの時間や重さがネックとなり美味しい状態で持ち帰るのが困難となっている。



 だが、今アラクネ王女と相対しているミートブルはそんな既知の情報を凌駕する全く別の生き物。

 シアンに捕らえられたミートブルは自分たちの現状を理解しており、どうにかして解放されようと必死に自分たちの肉質を高めていく。

 シアンたちに負けない力を付けるまで......仲間や家族がどれだけ犠牲になろうと、自分たちの誰かがシアンたちに勝てるまで各々が鍛えていった......その結果、自称魔王とタイマンを張っても勝てるくらいの力を得た彼等はもはや食物連鎖の下層の存在ではない。ピラミッドのTEPPEN付近へと立てるまでに成長していた......


「......これ、どうすればいいのでしょうか。全く勝てる気がしないです......それどころか一撃すら当てられそうにありません......」


 捕らえられてから毎日劇物ドーピングをしつつ仲間内で競い合い己を高めあっているミートブルと、たかだか十数個程度の劇物ドーピングをした王女。どう足掻こうがジャイアントキリングは起きそうにない。


 序盤はミートブルの攻撃を避けて王女が反撃、その反撃をミートブルが避けて反撃の繰り返しだったが徐々に地力の差が顕著になってくる。


 見え難い糸での攻撃に慣れ、余裕をもって躱せるようになったミートブル。逆にミートブルの攻撃がどんどん鋭く、苛烈になっていき王女を追い詰めていく。


「ブルルルァァァァァ!!!」


「ちょっ......無理!! もう無理ですって!! このっ!! えいっ!!」


 超高温の石礫がひっきりなしに王女に向かって飛来する。蜘蛛糸としては珍しく火に強い王女の糸だが、張り巡らされたロイヤル糸は超高温の礫によって次々と千切られ、行動範囲が狭まっていく。


 だが口では無理無理言いながらもしっかり反撃する王女。それでもそんな破れかぶれの攻撃はあっさり見切られてしまい、見ている側からしたら最早八方塞がりと言っても過言ではない。


 もちろんミートブルの攻撃が直撃するだけではなく糸が全て無くなり地面に落ちてもジ・エンドだ。王女は避けるのにいっぱいいっぱいで気付いていないが、地面のマグマはどんどん広がっていっている。



『......止めなくていいの? 王女さんもういっぱいいっぱいになってるけど』


『ウイとしるこが止めてないからまだ大丈夫なんじゃないかな......』


「あ、あのー......万が一があってはいけない御方なのでそろそろ止めていただけませんか?」

「お願いします......お願いします......」


『そうだね......もっと見ていたい気もするけどこればっかりは仕方ないか......ウイー! しるこー! もう終わり!! 止めて!!』


『えぇぇぇぇ......』

『まだだいじょーぶだよー』


「ウイ様、しるこ様......お願いします。もうこの戦いを止めてください。あの御方は我らにとって失う訳にはいかない御方なのです......」


『わかったー......』

『りょーかぁい......』


 もっとこの戦いを見ていたかったのか、はたまたレフェリーというポジションをもっと楽しんでいたかったのか......不承不承といった様相で試合終了に向けて行動を開始。


『おしまいだよー』

『おーしーまーいー』


 しるこが体毛をモッフモフのモッコモコにして必死に牛の攻撃を避けている王女を、空中でその毛の中に取り込......その毛で包み込み、そのまま皆のいるエリアにモフンッと着地する。

 ウイはおしまいと牛に向けて言った。ただそれだけ。それだけで牛は意識を刈り取られてその場に倒れ伏した。


『終わったー』


 余りにも理不尽な強さで強引な試合終了。

 その光景にドン引きする牛応援団。先程までおっせおせだった彼等のナンバーツーが何をされて倒されたのか全く理解出来ていない。


『じゃあぼくじょーにもどってねー』


 今しがたミートブルのナンバーツーを瞬殺したとは思えない呑気な声で退場を促され、重い足取りでミートブルたちは住処まで引き返して行った。

 ミートブルたちは、いつかあんな化け物に勝てるようになるのかという不安を残しながら......


「し、しるこ様......姫様は無事なのですよね?」

「ウイちゃん......一体何をしたの?」


 一方でアラクネたちも困惑している。黒い毛の塊に飲み込まれた王女を心配するメイドさん、それと声をかけただけにしか見えないのに牛をぶっ倒したウイに戦慄するメイド。

 こんな事は稀によくある事としてノーリアクションなシアンファミリー。温度差が凄かった。


『無事だよー! んー......よいしょっ』


 モッコモコから声がする。その後すぐに毛の塊から何かが飛び出してきた。


『おつかれ』


 横からワラビが颯爽と現れ王女をキャッチ、そしてしるこは元のサイズに戻った。


「ワラビ様、ありがとうございま......す......」


 姫様キャッチの先を越されたメイドさんだったが、素直に感謝を伝え王女を引き取ると光速で王女の顔を隠した。


「......姫様がこんな他人に見せられない状態になってしまわれるとは......私も一度でいいからしるこ様の体毛に包まれてみたいですね」


 メイドさんが密かに芽生えた望みをボソッと口に出していたその頃、メイドに投げかけられた疑問に優しく答えて上げているウイがいた。


「キュウゥゥゥゥ!!」


「......え!? アッ......アッ......」


 可愛い鳴き声はそのままメイドの耳に届くと、脳を揺さぶり意識を断ち切った。


『......ねぇウイ? なんでこの人も倒したの?』


「キュッ?」


『可愛くとぼけやがって......もう。まぁいいか』


 その後の後片付けとした、ワラビがメイドを寝室に運び、ヘカトンくんが牛を牧場へ運んだ。




 ◇◇◇




「お寿司」

『おもち』

『おにく』


 ......なるほど。ふむふむ。


「おっけー、じゃあ昼飯はお餅とお肉にしようか。俺は間を取って肉寿司って事で」


 お昼に食べたいものを聞いたところ、見事に意見がバラけた。これはしゃーない。俺の優先順位なんてモノは最下位なのだから。全ては我が子優先。


「じゃあピノちゃんとあんこで協力して、ここの雪をどうにかしてランチの場所の確保をしておいて。その間に俺はご飯作っちゃうから」


『まかせて!』

『おーけー』


 献立は俺の分の肉寿司、あんこはローストビーフとジャーキー、ピノちゃんには焼いたお餅。まぁいつものだ。


 七輪を取り出してお餅を焼く。酢飯はお取り寄せ。


「そして本日のメインディッシュのローストビーフ。前に作っておいたヤツだけど美味牛の肉だから味はもうお墨付き。食べた瞬間に服が弾け飛んでエクスタシー間違いなし!! 喜んでくれるといいな」


 鼻歌を歌いながらローストビーフをカットしていると後方から可愛い足音が聞こえてきた。確認せずともわかる......あんこたんだ!!


「おかえりー! ありがとねー。ご飯はすぐ出来るから先に行って待ってていいよー」


『うん! 待ってるね!』


 癒されるやり取りを終えるとモチベーションが爆上がりしていた俺は、その高まったモチベーションのまま残像が見えるほどのスピードでご飯を仕上げた。


「一応味見......うん、問題無いね」


 出来上がった料理を収納し、愛しい我が子が作ってくれたスペースへと向かう。


「おっまたせー!! ご飯にする? お米にする? それともラ・イ・ス? ......ってなにソレ?」


『......なんかあんこが捕まえてきた。詳しい事はしらない』


 ランチ用のスペースには、コレどうしよう? って顔のピノちゃんと獲物を口に咥えてドヤ顔のあんこ。そしてあんこに咥えられている......ウサギのようなものが俺を出迎えた。

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