第297話 がんばれ王女様
ツヤツヤサラサラの毛並みで超絶美人......いや、超絶美ワンになったあんこ。そしてなんか鱗が薄ら発光している麗しいピノちゃんが完成した。
お気に入りのリボンを付けてハイパー上機嫌なあんこが定位置にスタンバイ。上機嫌さを隠しているようだけどバレバレで可愛いピノちゃんは胸ポケットにインするあの頃のスタイル。
なんか色々あって疲れたこのプチ逃避行だったけど、終わりよければすべてよし。最後にこんな可愛い姿を見られてぼかぁ満足でございやす。
「さ、帰ろっか。俺たちの家へ」
『うん!』
『おー!』
帰るまでが遠足。今日中に着けばいいからゆっくりと雪化粧されまくったこの雪山を歩いて帰る予定だ。
皆の事はもちろん大好きだけど、やっぱりうちの子第一期生のこの子たちには一線を画す愛着がある。しゅき。
「なんか懐かしいねーこの感じ。それと寒くない? 大丈夫?」
『大丈夫!』
『問題ない』
ちょっと不安になる回答されたけど、うちの子はフラグとかブチ壊すから本当に問題ないでしょう。大丈夫だよね。うん。
サクサクと雪を踏む小気味いい足音を立てながら雪山を歩き出した。
◇◇◇
現在、家主不在のシアン邸。
そしてシアン邸の広大な庭はとてもカオスな状態になっていた。
「姫様ぁ! お願いですからお止め下さい!!」
「姫様頑張ってくださーい!!」
『じゅんびはいーい?』
『はじめー!!』
ポフンッ!! ゴングのつもりなのか、しるこの腹を叩いたウイ。
「ブルルルルッ!!」
「今日の晩御飯になってもらいますよ!!」
肉牛VS王女の試合......開始ッッ!!
――何故こんな事になっているのか? 全てはこの一言から始まった。
「姫様ぁ......なんかミートブルが物凄く強そうになってるんですけど......ウチの国の最高戦力である姫様とどっちが強いんですかね?」
ヘカトンくんと庭を散策していたメイドが帰ってきてから発したこの一言。
普段馬になど乗らないアラクネ。だがここには、自分よりも大きくないモノならばなんでも運べるパワーと持久力を兼ね備えたワラビがいる。
厳密には彼は馬ではないので疑似的な乗馬になるが、初めての乗馬体験を楽しんでいた王女のプライドをメイドが刺激した。今現在はロデオっぽくなっているが。
「......聞き捨てなりませんね。シアン様たちには勝てませんが、ミートブルに負けるアラクネではありませんよ」
「貴女は何を言ってるんですか!! 姫様もこのバカの言葉にノらないでください!! 余裕で勝利してみせますよ!!」
長い旅を経てシアン邸に到着&従魔可愛い&初めての乗馬体験でテンションが上がっていた王女がバカの空気を読まない発言でプチおこになってしまった結果、牛対王女のドリームマッチが実現する事となる。
ここに来て王女に煽り耐性が無かった事が発覚。
『え? なになにこの雰囲気? 一体これはどーしたの?』
「あーツキミちゃんだ! あのねー......」
ノリノリで説明を始めるメイド、楽しそうにそれを聞くツキミ、コメカミを押さえて溜め息を吐くメイドさん、オロオロするヘカトンくん、ロデオマシーンと化したワラビ、やる気満々の王女。
『おーい、そろそろあの人が......って、なに? この状況......』
覗きに集中していたダイフクが戻ってくるが、状況についていけずに困惑してしまう。
『......えっと、どうなってんのコレ?』
『おうじょとー』『うしがー』
『『たたかうー』』
『全然意味がわからないけど、とりあえずわかった。ありがとね』
『ダイフクはどっちが勝つとおもうー?』
『うしとおうじょ』
『えっ......牛じゃない? アレ、僕ら以外じゃ相手にならないんじゃないかな?』
『おうじょ勝てないのー?』
『そっかー』
『......無理だよ。さて、君たちに指令を与えるよ。いい? 牛が王女を殺さないように注意するんだよ。やばかったら止める......いいね?』
『わかりましたー』
『おまかせあれー』
ダイフク長官からの司令を受け、短い前足で敬礼っぽい事をするウイとしるこ。前足を上げただけにしか見えないのだが、それはそれはもう得意気に胸を張る末っ子姉妹。
ここにバ飼い主が居たら、奇声を上げながらパシャパシャして我が子の成長記録と称したシアンポルノコレクションを潤わせていただろう。
説明を聞き終えたツキミが牛を呼びに行き、流れが止められないと悟ったメイドさんがダイフクに癒しを求めた。
と、まぁこんな事があり、王女VS牛の試合という運びとなる。
「「「ブルルルルルッッ」」」
ガスッガスッと地面を蹴りながら嘶く牛応援団。
「姫様ァァァァ!! ケガだけはないようにしてくださいねー!!」
「姫様ぁぁぁ!! 頑張ってくださーい!!」
追加で招集されたイノシシ一家のウリ坊を持てるだけ持って応援をするメイドさんと、ツキミとダイフクを抱えて応援するメイド。どちらも顔が酷く緩んでいる。
牛とアラクネ、両応援団の温度差が凄いが、そんなこんなで試合が始まった。
牛軍からはナンバーツーが登場。火と土の魔法に適正を持つ茶色の毛に真っ赤な角を持つ牛。ピノ農園のキャベツが大好物。嫌いなものは劇物。
「ブルルッ!!」
牛の嘶きと共に角が赤く光を放つと、王女の足元が熱を発する。その変化及び危機を瞬時に察知した王女は高く飛び上がる。
「......有り得ません。なんですかこの場所は......人外魔境じゃないですか......何でわたしはあの時冷静になれなかったのでしょうか......あっ、このままでは不味です」
牛の魔法の発動スピード、そしてその威力を目の当たりにしてアドレナリンドバドバ状態が終わる王女。肝と同時に頭も冷えたようだ。
彼女が先程まで立っていた場所はドロドロに融解し噴火間近の火山の火口みたく変質している。
ふぅ......と息を吐いて気持ちを切り替えた王女が空中で体勢を立て直す。それと同時に見えない糸を噴出した。
飛び上がった王女を見て牛は追撃を仕掛ける。
高温に熱した土塊を何個も生み出して撃ち込んでいく。それと同時に先程作ったマグマを操作し上空に撃ちあげた。
「......貴女、これで姫様が大怪我をしたり、最悪の結果になったらどう責任を取るのですか? 早い内に遺書と辞表を書いておく事をオススメします。貴女のちっぽけな生命でその罪が贖えるかと言われれば否だと思いますが......」
「......ねぇ、怖いこと言わないでくれる? 姫様が大怪我とか最悪の事態とかなる訳ないじゃない。ほら、私たちでは絶対に止められないだろうけど、ここには皆居るんだよ? 絶対大丈夫だって!!」
そう宣告するメイドさんに青い顔でカタカタ震えながら反論するメイド。
ヤバい事になる前に止めるよう指令が下っているが、その司令を受けたのはウイとしるこ。フリーダム姉妹がレフェリーを務める試合。そこはかとない不安が残る。
「ね、ねぇ? ツキミちゃん、ダイフクちゃん。大丈夫だよね? 不幸な事故......起きないよね? ね?」
『......た、多分大丈夫。だと思う』
『なんだかんだあの子たちはちゃんとしてるからきっと多分大丈夫だよー』
「曖昧な表現が多いのが気になりますが......もうここはウイ様としるこ様を信じましょう。ええ、信じましょう」
「あ! あぁぁぁぁっっ......あっ、よかった」
九回裏二死満塁のフルカウント一点差の試合、ポールギリギリのところに大飛球が飛んだ時のようなリアクションで試合を見ているメイド。口から心臓がフライアウェイしかける。
姫様......姫様......とブツブツ言いながらツキミとダイフクをワシャる姿にドン引くウリ坊とメイドさん。
そんなギャラリーを尻目に戦闘は続いていく。
「はぁっ!! やっ!!」
逃げ場のない空中を自在に動き回って攻撃を避けていく王女にギャラリーのイノシシが沸き、牛は悔しがる。
劇物ドーピングにより強度も威力も増した糸を使って空中を自由自在に動く王女と猛攻を仕掛ける牛。全く攻撃に移れない王女がやや劣勢か......
『正直牛の圧勝かと思ってたけど王女頑張るねー』
『待機させてたヘカトンくんが無駄になっちゃったね』
末っ子姉妹だけでは不安が拭いきれなかった鳥ちゃんズは感情がコロコロ変わるメイドを面白がって黙っていたが、もう隠す必要無いかもしれないと思いこっそりヘカトンくんを待機させていた事を明かす。
「ちょっとぉぉぉぉ!! なんでそういう大事な事を黙ってるのっ!! 本当に怖かったんだからね!!」
『ごめんね、あ、そろそろ王女が反撃するっぽいよー。ちゃんと応援してあげなきゃ』
「もう! もう!」
『牛を応援してるの?』
「違います!!」
牛の猛攻を受けながらも地道に透明な糸で足場を構築した王女、魔力の残量はまだまだ余裕なナンバーツー牛。まだまだ戦いは始まったばかりだ。
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