第293話 外に出ないと気付かない事

『キュッキュキュウキュウキュウキュウキュウキュウー♪』

『メッメェメェエメメメメッメェー♪』


 何かの歌を口ずさみながら雪の上を歩くご機嫌な末っ子姉妹の後ろを進む保護者ポジションのダイフク。報告された怪しい蜘蛛の人を見に行くだけの簡単な仕事のはずが、それだけの事をするのにこんなにも時間をかけてしまったを激しく反省していた。


『そろそろ結界を抜けるか。それにしてもこの子らは人の気も知らないでまぁご機嫌に歌っちゃって......この子たちのペースに巻き込まれていたらかなり時間が掛かるよ......抱っこして運べれば楽なんだろうけど、僕にはやれて片方だけだからなぁ......今度あの人に何か作ってもらうか。そういえばあの人は今なにをしてるんだろ......う......うわぁ......』


 解決する方法=シアンに何とかしろと頼むという事で片をつけたダイフク。シアンの事を思い浮かべたついでに覗きをしてみると、衝撃の映像が覗き魔の目に飛び込んできた。

 考えることをやめてアヘ顔であんことピノにされるがままになっているシアン、うっとりとした顔を浮かべてシアンをべろんべろんしているあんこ、そして普段はソレを呆れながら眺めている子筆頭であるピノまでもがくんずほぐれつしていた。


 姉と兄、そして主人の痴態を目撃してしまったダイフク。勝手に覗いているのだから本当なら自業自得なのだが、末っ子姉妹に振り回されていた彼にはそんな常識は適用されずひ憤っていた。


『ちっ......こっちはとても大変だったっていうのに。それに身内のこういう所は見たくないなぁ......ふざけやがって......帰ってきたらクチバシを思いっきり突き刺してやる!!』


『どーしたのー?』

『はやくいこーよー』


 衝撃で動きが止まってしまっていたダイフクは末っ子姉妹の声により再起動させられた。


『あっ......うん、ごめんね。ちょっと考え事をしてた。もう大丈夫だから進もう』


『しっかりしろー』

『はやくしろー』


『ごめんごめん。それで......あとどれくらいで蜘蛛の人のいる場所に着くのかな?』


『こっちとは別方向に進んでるからもう少しかかるよー』

『ダイフクのせーではなされたー』


『ごめんごめん。じゃあちょっと急ごうか』


『『おー!』』




 ◇◆◇




「本当にここらを探していれば見つかるのでしょうか? 詳しい事はわかりませんが、足跡とかの痕跡を探すのではないの? 生き物の痕跡がほとんど見当たりませんが此処をこのまま探していてもいいのですかね‎...‎...」


「姫様の言う通りで全く見当たりませんよー。見当違いの場所をいくら探しても......」


「姫様......お手を煩わせてしまい申し訳ありません。イノシシやクマらしきモノは幾つかありましたが......後は私たちでやりますから姫様はテントでお待ちくださいませ」


「えっ......私“たち”......?」


「当然です。寧ろ貴女は率先してやらなければならない立場ですよ。もう先程慈悲をかけて頂いたのを忘れたのですか?」


「ヴっ......ここら辺一帯を見てきます......あんこちゃんの可愛い足跡を探してきますよ......」


「行ってらっしゃい......さて姫様、テントを建てますので少々お待ちください」


「いえ、わたしもまだやりますわ」


「そうですか。ではよろしくお願いします」




 ――シアン探しを再開して二時間ほど経過した後、そろそろ今日は諦めようかとしていた頃......ようやく待望の痕跡が自らの足でやってくる。


「もう今日は止めにして休みましょうか。また明日頑張りましょうか‎......ッッ!!!」


 王女の一声により、本日の探索は終了......となるはずが、膨大な魔力が急に山中へと二つ現れた。


「姫様!! 私たちの後ろへ!!」


「それよりも今すぐ逃げた方がいいんじゃないですかね......」


「もう既にこちらは補足されているようです。真っ直ぐ向かってきていますよ......最悪の場合は姫様だけは絶対に逃がします。覚悟だけはしておいてください」


「......そんなっ!?」


「貴女と私の生命と姫様の生命が同価値なワケないでしょう!! 今すぐ覚悟を決めなさい!! 決められないのなら気絶させて、姫様が逃げる時間を稼ぐ為のエサとして使いますよ!!」


「エサは嫌なので覚悟を決めます......あんこちゃん......ピノちゃん......ダイフクちゃん......ツキミちゃん......もう一度会いたかったよぉ......」


「そんなの皆同じです!! 来ますよ!! というかコレ無理ですね......姫様、今すぐお逃げください......貴女に仕えられて私は幸せでした......」


「......なんかこの絶望感......初めてシアン様に召喚された時を思い出すなぁ......」


「............なんで逃げないんですか姫様ぁ!!」


「......いえ、もう大丈夫です。警戒を解いても結構ですよ。貴女の覚悟はとても嬉しいですが、それはまだまだ後に取っておいてください」


「何で今そんな悠長な事を......」

「私のエサにされたくなくて決めた覚悟は一体どうすれば......」


「ふふっ、魔力感知は貴女たちよりも私の方が一枚上手なようですね。知らない二つの魔力と一緒に巧妙に隠された知ってる魔力が一つありますから」


「えっ......それじゃあまさか......」

「ほんとですか!!?」


「えぇ。あっ。少し楽になりましたね......ではお茶でもしながら可愛い来訪者をお迎えしましょうか。準備をお願いしますね」


「畏まりました」

「了解です」




 ◇◇◇




『もうすぐだよー』

『あれー? でもなんか怯えてるよー?』


『......あー、この子たちの魔力がダダ漏れだからかな? しょうがない、僕も少し魔力をお漏らししようか。覚えていてくれればいいけど』


『あーダイフクの魔力だー』

『いつも出しててよー』


『僕たちの魔力は隠してないと強すぎてヤバいとかなんとか......あの人が言ってたからね。てか君たちは今日に限ってなんで一切隠そうとしていないのさ。僕たちは全然感じなくなってるけどそのせいだよ、アラクネさんたちが怯えてたのって』


『こっちのほーが楽!』

『おなじく!』


 まだ幼いウイとしるこは魔力を垂れ流していた方が楽という事実が発覚。人里に降りる時に覚えさせられたが、普段はダダ漏れがデフォルトらしかった。

 魔力がシアンと繋がっている影響で従魔ズ+シアンはお互いの魔力に鈍感になっている事も災いし、魔力全力垂れ流しのまま隠蔽空間から出てしまったようだ。ちなみに牛は魔力禍で負荷がかかり、若干肉質が向上している。某野菜戦士たちの重力負荷トレーニングのようなモノだ。


 他の生物からしたら、前触れもなく唐突に世に飛び出してきた災厄のようなモノである。この山と周囲少し限定だが大パニックになっているのは言うまでもないだろう。


『まぁ普段なら別にソレでいいんだけどさ‎......今から会いに行くのは知り合いだから、全部じゃなくていいから抑えてくれたら嬉しいなーって思うんだけど』


『んー......しょうがないなぁ』

『ダイフクにめんじて抑えてあげよう』


『えぇぇぇ......まぁうん......ありがとう』


 ダイフクの言葉通り魔力は抑えてくれたが、やはり全て隠すのは嫌なようで八割くらいを抑えたようだ。

 呆れるダイフクを素通りし、早く行くよと急かしてくる。


『......なんか苦労してるなぁ僕。ピノとかヘカトンくんよりも苦労する比率が増えてきている気がする......気がするままがいいけど。あぁ、アラクネさんたちはなんかプレッシャーが収まったらお茶し始めてるし‎......あの人はあの人で全身ベチャベチャになって気持ち悪い顔をしてるし......ハァァァァァ......』


 ふっっっかい溜め息を一つ吐いて気持ちを切り替えてからフリーダムな末っ子姉妹を追い始めた。


 そして、ようやくアラクネにとって待ちわびた時がやってくる――




『とうちゃーく』

『なんかいい匂いするー』


『お茶してるからねーいい匂いするよねー。なんかあちらさんすっごい歓迎ムードだし、行こっか。ちゃんと自己紹介するんだよ』


『任せて!』

『ちゃんと出来るよ!』


 従魔ズが現場に到着した瞬間、顔面崩壊と言っていいくらいにまで破顔したメイド、表情は変えないがあからさまに雰囲気が弛緩するメイドさん、物凄く顔が緩んだ王女さん。結論、皆可愛い子や物が好き。


「ふわぁぁぁぁ! その子たちは新しい子ですか!? 初めましてー!!」


「あぁ尊い......」


「ダイフクちゃん久しぶりー! 他の子も初めましてー!」


『ウイだよー!』

『しるこだよー!』


『......あ、どうも。お久しぶりです』


 とある冬の日ーアラクネと従魔たちがー出会ったー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る