第281話 大惨事
キューン......ヒューン......と悲しそうに鳴きながら、俺の残り少ないありったけの良心に対して蛮族の如く苛烈に攻め込んでくるあんこお嬢様。
ふわもこサラサラな御身を包む聖衣は今は剥ぎ取られてしまったのか......水に濡れたサモエドみたいにシュッとし、いつもはピコンという擬音が似合いまくるほど立派に立っているお耳はペタンとし、キラキラ輝くぴゅあっぴゅあなお目々は哀しみを湛えつつあざと可愛く俺を上目遣いで見詰め、ふわっふわでいつもふりふりされているお尻尾様も、ふわふわ感を失い、力無く垂れ下がっておられている。
えげつないよぉ......死因、良心の呵責ってなりそうなほど心が締め付けられる。
......うぅ、あんこお嬢様ァ......なんでそんなに全身で哀しみを表現してるのさ......まるで男としてのエンディングを迎えてしまった哀れなソルジャーのように、あの子のお尻尾様はピクリともしていない。笑顔は咲かない、もう一回という願いも叶わない悲運のさくらんぼ。
............いや、女の子なあんこお嬢様にこの表現は些か配慮に欠けていましたね。お詫び申し上げます......ごめんなさい。
「い、いつも甘々な俺だけど......妨害行為は許せても、他の子への攻撃行為は怒らなきゃいけないと思うんだ。さて、何か言いたい事はありますでしょうか?」
「......くぅーんくぅーん」
「............何か言おうよ。そしたら情状酌量の余地があるかもしれないじゃん」
だめ、辛い......某聖帝様がこんなに苦しいなら愛などいらぬってなる理由がわかってしまったかもしれぬ......俺なら苦難や哀しみをいらないってするけどね。愛をもっと過剰摂取になるくらいください。
「......くぅん」
............判決、ノットギルティ。あんこさんはシロでした。
とは言えないんだよなぁ......もうやだ、僕は疲れたよメレブさん......助けてダンジョーさぁん!!
「あんこたん、反省しているみたいだけど、今回の僕はきちんと罰を与えなくてはいけないんだ......だから集合時間になるまでの間、おしおきタイムをするからね......それが終わったら皆に謝るんだよ......」
「......わん」
籠絡出来ないと悟ったのか、上目遣いしていた目を伏せ、全てを諦めたかのように地面に伏せた。......小悪魔すぎぃ!!!
しゃーない。ぼかぁやる時はやる男だ。
「反省しましょう。では行きます......『ワキガンテ』!!」
......とまぁとあるネタ魔法使いから名前を貰い、よくバラエティとかで見る激クサ液をネコよけのペットボトルのように設置。グルグル巻きにしたあんこの周囲を囲った。
「......おっふ......五分ほど反省しなさい。いいですね。動いたらソレが倒れて余計に......ウプッ......臭くなるからね......」
泣くあんこ、泣く俺。俺も一緒に激クサの刑に処される。ごめんよ......ごめんよ......
◇◇◇
「オロロロロロロロロロ......はぁはぁ......ウッ......オボロロロロロロロロロ...」
「ゲェッ......」
さすがに我慢出来なかったあんこは嘔吐きまくり、糸を解いた瞬間に外へ駆け出した。ゲーゲーしてても可愛いあんこは卑怯だ。ごめんね本当に......
でもそれ以上に大惨事なのは俺だ。
糸を解いた瞬間駆け出したあんこがペットボトルを薙ぎ倒し、中に入れていた液体が弾け飛び俺に被弾したからだ。
体にかかるだけならまだマシだ。顔にぶっかけられ、鼻、口、あろう事かそれが目にまで入りやがった。
「オロロロロロロロロロロロロ......オボロロロロロロロロロ......ウッ......オボロロロロロロロロロオボボボボボ......」
表彰式? ごめん、無理。
汗と涙と汚物を撒き散らしながら這って外まで進むと、天使たちが皆顔を顰めて全力で離れていった。もう誰も信じない......
ピノちゃんなんて炎で壁を作りやがったんだよ......信じられない......
「グスンッ......オロロロロロロロ......皆酷い......オボロロロロロロロロロ......うわぁぁぁん......オロロロロロロロ」
内容物はこんなに無いはずなのに止まらない。汚くてごめんなさい、生きててごめんなさい......
糸で地面を切り取り、そこに温泉を流し込んで飛び込んだ。掛け湯? 知らんよ。何よりもまず俺の臭い取りが優先だ。
温泉の中でひたすら体を洗った。表皮が削れても構わないという覚悟で。
目には目薬を滝のように流し込み洗浄。鼻は鼻うがいという正しい方法でやらないと医療行為ではなく拷問になるアレを。
やり方? 全く知らないからすげーキツい事になってるよ......HAHAHAHAHAHA。
鼻にこびり付いた臭いが消え......嗅覚が麻痺しただけかもしれないけど消え、目もなんとかはっきり見えるようになったので、お次は口内の洗浄。
磯人大先生と揉んだ民先生に頑張ってもらいお口の中に爽やかさが出てきた気がしたので歯磨きに移行。磨きまくると良くないとか聞くけど、今はそれどころじゃない。
強化され......凶化された俺の肉体ならばこれくらいは跳ね除けてくれるはずだ。
「おえっ......あ、あのチート温泉が臭う......お湯を入れ替えなきゃ......」
やっと激クサ液以外の普通のスメルも感じられるようになると、俺がさっきまで喰らっていたモノの酷さが余計に際立っていた。
もう、本当嫌ァ......鼻ブーとかモスキテ辺りにしておけばよかった......
はぁ......頑張ろ......ナイススメルになろ......カイエン乗りてぇ......
全身の洗浄を終えると俺はあんこを呼んだ。大惨事を起こした事を怒られると思っているのか、さっきみたいに俺の精神破壊モードではなく、今回はガチで申し訳なさそうにしている。
「......俺は怒ってないよ。それよりもお風呂に入ろう。洗ってあげるから......ね。もう仲直りって事で。いい匂いになろうじゃないか」
『ごめんなさい......』
「皆には謝った?」
『うん......』
「なら良し。あんこはあの液体掛かってないよね? でもちょっと臭うからね、洗うよ」
飛び散るスピードよりも早く駆け抜けたあんこは無事だった。が、少し臭いが付いてたので丸洗いを敢行。もう臭い系の罰は二度と行いません。
「............はーい、ツカマエター。わしゃわしゃしますよーわしゃわしゃー。丸洗イサービス一名様ゴ案内デース」
「キャインッ!?」
洗う手につい熱が込もってしまったのは仕方がない事だよね。うん。
怒ってる俺を誑し込んで煙に巻こうとしたりしていた事とか、激クサ液を全身にぶっかけられた事に対する怨みとかじゃないよマジで。はははっ。
ほら、細胞に激クサ液が染み込んでたら大問題じゃん? 女の子の髪の毛とかに臭いが染み付くとかめっちゃ可哀想じゃん?
他意はないよ。100%善意。もう丸洗いしかないさー。
◇◇◇
「お待たせしましたー。これより表彰式を始めたいと思いまーす」
「シャアッ!!」
なんでピノちゃんはノータイムで威嚇してきたのでしょうか? やだわー怖いわー。と内心呟きながら近付いていく。
『近寄らないで!!』
シャーシャー言いながら俺を拒絶する。なんでなのでしょうか。
「すぐに表彰と言いたい所だけど、ちょっと気になる事はあるから待っててね......さて、第一位のピノちゃん、乗ってた機体を持ってきて」
「............」
「持ってきて」
ちょっとぐったりしているあんこを撫でくり回しながらピノちゃんに語りかける。顔は笑顔を心掛けているから怖くはないはず。
言い方がキツめなのは決して先程から連続してガチ拒絶されて辛い思いをした事を根に持っているからではない。これは単に確認したい事があるからである。
そんな顔しないの。はよ持ってきなさい。
「............」
恐る恐る、バツが悪そうに機体を持ってきたピノちゃん。どうやら俺が確認したかった事に君もちゃんと気付けていたみたいだね。偉い偉い。
「故意にではないのは気付いているけど、これはダメな事だよね? オーケー?」
機体の後部が溶けて前衛的なフォルムに変わっていた。この子の出力に耐えきれなかったんだろう。
「ルールはルールだ。ピノちゃん失格」
長女と長男? が不正を行い失格。
その結果、末っ子のしるこが二位から一位へ、次女のツキミちゃんが三位から二位へ繰り上がった。
『脆いのが悪い』
そう不貞腐れながら言うピノちゃんはレアだね。カワイイ。
「破壊するのはダメなの。某ムキムキな人はこう言っていました『お前、機体に文句があるの? 機体の文句は草野に言え』と」
「......シャァァ」
「まぁでもうん、よく頑張ったね。次からはちゃんと手加減覚えなさい。というわけで、第一回エンジェルレースの優勝者はしるこでーす!! 皆拍手ぅ!!」
「メェェェェ!!」
最後になるにつれて徐々にグタりが加速していったレース大会だが、無事に閉幕まで漕ぎ着けた。
二位のツキミちゃんにも後で粗品を渡そうと思っている。
「失格のあんことピノちゃんは使いもんにならなくなったこの機体たちとコースを片付けて貰います。他の子は俺と一緒に終わるまで待機ね」
他に被害が出ないように隔離してから簡易温泉に浸かり、おつまみを食べながら後片付けをするお二人を見守った。
その時のお片付けアクションがあんピノ玉特大よりもヤバい威力だったのはきっと気の所為だろう。下の階と上の階にまで影響が出ていたりはしない。していない。
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