第280話 大波乱と決着
何がどうなっているのかを理解するには、今、俺の目の前で起こっている現実は、目というフィルターを介して見ていても、もう既に俺の脳味噌の制御下を離れている......ぶっちゃけると、『これがこうなっているからこうっているんだ』と思えない。『ウチの子たちが凄いからこんなんなってる』って考えるのが妥当である。
これが俗にいう『考えるな、感じろ』という現象なのだろうか......それともポルナレフ状態と言うのがいいのか......まぁ、そう思わないとやってられないって事です。
「わーすごーい。めっちゃキラキラしててきれーだなぁー。すごいすごーい」
幼児退行、小学生並みの感想。
これが天界の者の見る光景なのでしょう。
「いけー! そこだー! そこで守りに入ってはダメ。そこは無理してでも行くところだぞー。チキんなー!!」
本当にしゅごいや。
チュートリアルで使用するような......そう、1-1で出てくるハイパーオーソドックスなコースだった場所は、今はもう最後の最後で出てくるコース並みの世紀末さを醸し出している。
路面は凍り、所々マグマのようになっていたり、所により落雷、視界を奪う閃光や漆黒、踏むと確定でスリップさせる毛、走行スピードを落とすようなトラップは大量にある。
だが、ソレを物ともせずに強引に走っている。走っていく。
罠? 一つずつ潰していけばいいんだよ! の精神で走行しているのだろう。
「なんでさぁ、スリップしながらでもマトモに走っているんだい......この子たちは」
スピンをまるでパフォーマンスとでも言いたげなドライビングテクニック。とある子なんかはむしろ、『スピンしながら走るのがこのマシーンの正常な挙動!! 礼儀だ!!』と、その背中で語っている。
「落下ありのコースでレースをしたらきっと......己の魂を賭けたあのレースのような事とか仕出かしそうだな......」
残り半周......どうなる事やら......
競走系の種目での最大の見所は、どのタイミングでラストスパートを掛けるか......という所が個人的に一番血湧き肉躍る。
他にも見所はたくさんあるが、疲労が蓄積してきたレース終盤に死力を尽くしてトップを狙いに行くあの瞬間......それはとても美しく、心が躍る瞬間である。
ドローの無いシビアな世界。
競走ならば明確に順位を発表される
ほぼ同タイミングでのゴールでもコマ送り映像を駆使して着順を決める
その世界で戦う者はほんの0.01秒の差が命運を分け、その者の今後の生活や待遇に直結する結果となる
首位の者は陥落してなるものかと、残った力の全てを首位固めに注ぎ込む
それ以下の者は死に物狂いで首位を狙いにくる
追う者と追われる者の精神状態の違い、終盤から最終盤に掛けての駆け引き、己の立てたプラン通りに事を運ぼうとする者、プラン通りにいかず脱落していく者など......コレらがほんの数秒の間に巻き起こる素晴らしさ
一位と二位の明と暗、三位と四位の間にある天国と地獄
歓喜する者、泣き崩れる者、倒れ込み起き上がれない者......悲喜交々な世界が全力を出し切った者たちに待ち受けている
まぁ、なんて言うのかな?
日常を生きていているだけじゃ絶対に自分がする事の無い光景は心揺さぶるのですよ。
..................はい、現実逃避は止めます。そろそろ現実に目を向けますよ。えぇ。
「ははははは、これさ......レースが終わった後にギスギスしない? 大丈夫?」
残り半周、遂にエンジェルレースは対天使技が解禁されてしまった。うん、釘刺しておかないと不味いよね絶対......
「ダンジョン産のモノはかなり高性能だと思うけど、俺らはダンジョン産のモノを破壊出来るって事を忘れないで!!! いい? カートを破損させるような事態を引き起こしたら、その子は失格。追加でガチなお説教をするから覚悟しなね!!! 熱くなるのはわかるけどやってはイケないレベルの事は絶対にしちゃダメだよ!!!」
全員に聞こえるように叫ぶ。
そう、忘れてはいけない。俺らはダンジョンなんて簡単に壊せてしまう事を。
大クラッシュしても機体が無事だったせいで勘違いしてしまうのは仕方ない。でもね、コースもダンジョン産なんだよ。よく見てごらん......壊れてるでしょ?
ピノちゃんが何気なく打ったファイアーボールでも、簡単にその機体をトロットロに溶かせるんだからね......中に居た子が溶けてたとか見たくないぞ!!
見た目が完全に星を取った後の配管工なダイフクとワラビが激しく機体をカチ合わせている。そんな事しないで。
ほらーもう、ダメだよー......あんことピノちゃんも真似して......あー......水蒸気が凄いからぁ......爆発しないよね?
所々ピカピカして俺の胃と目をグサァーしてくるストレスマッハな光景の中、俺の癒しになりつつあるツキミちゃん、しるこ、ウイちゃん姉妹。
眩しいのを軽減してくれる闇をくれるツキミちゃん......やっぱり俺は光のあたる場所を歩けない賎しい存在なんだろう。あー落ち着くわぁ......でもさ、コレハカーレースナンダヨ? 飛ぶのは反則じゃないかなぁ......何で飛べるの?
しるこのモコモコ機体に轢かれたい......接触事故の衝撃が緩和されるのかなぁ......モフって包まれたりしたら幸せそう......よし、このレースの後で一度轢いてもらおう。
そしてウイちゃん!! もうね、その天真爛漫なフリーダムさと全力で楽しんでますってのがわかる鳴き声が好き。クルクルしすぎて紋土セレクションで金賞を取れそうなバターにならないでね。
あ、レースに大きな動きが出た......可愛さに目を奪われたままでいたかったなぁ。
「............食べると加速するなんていうヤバいキノコを食ったのか!! というほど、不自然な加速を見せたァァァァ!!! ......ははははは、どうなってるんでしょうねぇ......」
最後尾で虎視眈々していたヘカトンくんがスパートをかけた。理屈のわからない加速と異常なテクニックで順位を上げていく。
それを見てケンカ祭りみたいな行動をしていた子たちも焦りを見せる。こちらの方々も、不自然な加速を見せた。後でその機体バラしてもいい?
なんで衝撃波みたいのが発生しているなかで普通に走れるのか。タイヤが路面に張り付いているって表現がぴったり。
「......うっわぁ」
あんこの機体が急に世紀末な肩パットのようなモノをびっしり生やし、そのままワラビの機体に接触。衝撃で生やしたトゲが全て外れ、路面に散らばる。
接触されたワラビの機体はタイヤがトゲにヤられ、バーストし戦線離脱を余儀なくされてしまった。あの吹っ飛び方でも無事なんだろうなと確信はあるが、破損させた事には変わりない。あんこは失格+後で心を悪鬼にしてお説教だ。
ダメなモノはダメ。絶対に。
そして、散らばったあんこニードルは更に被害を拡大させる......あんこの順位が上の方だったのが不幸中の不幸い......
トゲに突っ込みタイヤをバーストする子、襲い来るトゲを避けようとしてコースアウトしていく子、トゲが真正面から刺さり脱落する子、死角から飛んできたトゲに襲われてしまった子......
あんこのご乱心でワラビ、ダイフク、ヘカトンくん、ウイちゃんが脱落し、あんこが失格していった。
「......ハードラックとダンスっちまった子たちはドンマイ。そして元凶のあんこは反省してください。残るは三名、ツキミちゃん、ピノちゃん、しるこちゃん。飛んで回避、溶かして回避、モコモコで回避......最後だけどうなってるのか本当にわかりませんが、三つ巴の戦いになりました!!! このレースの結果はどうなるのでしょうか!!!」
脱落していった子は、地面とランデブーする前にサクッと糸で回収。
ションボリした子が四名、そして全身で悲しみを表している子が一名。いくら俺があんこを愛していたとしても、ダメなものはダメとはっきり言わせて頂きます。
「最近さ、子どもに怒ったり叱る事を悪みたいに捉える風潮があるけど、それは間違いだと思うんだよね。ダメなものはダメとその場で教えないとさ......ダメな事をしてしまったと理解している内に教えこまないと、その子の為にならないと思うの」
「くぅーん......」
「はい、という訳で何が悪かったか解ってるみたいだけど、ここで甘やかしたりはしません。きっちり反省しましょうね」
糸でグルグル巻きにして転がしておく。全力の糸だからきっとこの子が自力で解くことはないだろう。
「ひゅーん......」
だめ、そんな目で見ないで。今回は甘い顔はしません。
「......テンションはもう実況風には戻せないね。ははは、そろそろ決着だ」
上空から落ちてくるツキミちゃん、爆発させて加速するピノちゃん、ひたすらモコモコしているしるこ。
......あ。
「ツキミちゃんの落下予想地点周辺に大量の毛を飛ばしたしるこ。範囲が広すぎて回避が間に合わずに着地と同時にスリップしてツキミちゃんが離脱......後は一騎討ちのはずだったけど、加速したピノちゃんには勝てず......一位ピノちゃん、二位しるこでフィニッシュしましたー」
こうして、盛り上がりに欠けたまま、第一回エンジェルレースは幕を閉じた。
「さ、表彰の前にやる事を終わらせちゃいましょう。十分の休憩の後に表彰式をやるから各自自由に過ごしてね!」
ニッコリ微笑みながら捕虜に目を向ける。
全身の毛をぺったりとさせた可哀想な子が怯えた顔で「ひゅーん」と一度鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます