第273話 お姉さんと指名手配
はじめまして、私はしがない商会員でございます。名前を名乗る必要も、私の事を覚える必要はございません。
何故なら私はただのその他大勢の中の一人でございますのですから。
そんな事よりもですよ!! こんな私という矮小な存在の身に起きた奇跡のような出来事を報告させていただきます。
私は他の人よりも少しだけ物作りが得意なのです。それ故に私が所属するミステリアス商会からは開発部門の中の一つを任されていたりします。
私が任されているのは『ヘカトンくん様』のグッズ開発というプロジェクトです。
私は当初『しるこ様』に夢中で、そちらのプロジェクトチームに入りたかったのですが、厳正なる抽選を行った結果......敗北してしまいました。その時は我が身のくじ運の無さを呪いました。
そこから三日三晩、我が身のくじ運の無さを呪いました。今ならその思いだけで人を、神を、魔神をも呪い殺せるのではないかという程に全てを呪いながら過ごしました......
ですが、そんな愚かにも程がある私の思いが間違いであると、全てを呪い始めてから四日目の朝、唐突に悟りました。
嗚呼、私はなんと愚かだったのでしょう。
人の身で......あの御方の御慈悲により生かされた程度の極矮小な存在如きが、あの御方の御仲間である天使の皆様の御姿を再現させて頂ける栄誉を賜らせて頂けた幸せに気付けていなかったのですから......
ヘカトンくん様は、伝説にあるヘカトンケイルというモンスターに酷似しています。
百の腕を持ち、五十の頭を持つ伝説の巨人。
その背に護る何かの為ならば、何年間も戦いを続けられるという誇り高き存在。
そんな至高の存在であるヘカトンくん様のグッズ開発に携われるだけではなく、その担当をできるという幸せ。なんと素晴らしい事でしょうか!!
ある日、行き詰まって途方に暮れる私の前にあの御方がいらしてくださいました。
そしてその時、あの御方と直にお話をさせて頂けただけではなくデフォルメという技術を私に授けて頂き、ヘカトンくん様との対面を約束して頂けました。
そこから私は狂ったかのように、以前にも増してヘカトンくん様の御姿を記録した写真なるものをひたすら観察し、試作を続ける日々でした......
もうこの頃になってくると、目を閉じていてもヘカトンくん様の御姿を鮮明に思い浮かべる事が出来る程になりました。
それでも......それでもです。
あの御方が想定されているグッズのクオリティには遠く及ばず......他のチームがどんどんグッズを生み出し、あの御方に献上していくその様子を歯噛みしながら眺める事しか出来ませんでした。
それでも私は挫けずに、その時の悔しさ、無力感、苛立ちを全て原動力に置き換えて日々黙々とヘカトンくん様のグッズ開発に心血を注ぐしかないのです。
そうしてどれくらい経ったでしょうか。
口約束だけでしたので諦めていましたが、なんと! あの御方がヘカトンくん様を連れて私の所へ来てくださいました。
本物のヘカトンくん様はなんと神々しい御姿なのでしょうか。何かが入った金属の箱を抱き締め、あの御方に抱っこされています。
初恋の相手と偶然二人きりになれた女児のように......私の頭の中は真っ白になってしまい、あの御方が何を話していたのか、どんなやり取りをしたのか......何も覚えてはいませんでした。
至福のひとときを全て忘れてしまう愚かな私です。この事を商会長に知られたら死すら生温い仕打ちが待っていると思われます。
なのでこの失態は部下と共に墓場まで持っていく所存です。
......失礼しました。
私が正気を取り戻すと、既にあの御方は居らずヘカトンくん様が私たちの前に座っていました。
一旦冷静になれた頭が、再び混乱してしまったのは仕方のない事だと思います。きっと初期メンバーならば誰でもそうなると思います......私は正常です。
再度正気を取り戻すと、私たち比で比較的正気を保てていた部下に話を聞きました。
彼女曰く、あの御方が王都での用事を済ませて戻ってくるまではヘカトンくん様を私たちに預けて頂けるという事。
筆談だが意思疎通できるので、会話したりして仲良くしてあげてね。手に持っている缶の中身はヘカトンくん様の大好物なので、取り上げたりしないでね......との事らしいです。
助けて頂けたあの日から神様だと思っておりましたが、やはりあの御方はこの世界に降り立った現人神であらせられたのですね。
神様と共に降臨なされた天使様。皆様とても可愛らしい御姿です。
他のチームの方々も頑張っていますので、私も絶対にヘカトンくん様の御姿を是が非でも世に送り出さなくてはなりません。
これ以上ない程に恥を晒しましたが、それ以上の事をやらかしてしまう前に、ヘカトンくん様にご挨拶をしなければ......
「取り乱して申し訳ございません。私は貴方様のグッズ開発チームの長である............
◇◇◇
「ヘカトンくん元気にやれてるかなー? ピノちゃんやツキミちゃんはどう思う?」
『大丈夫でしょ。ダメそうなヤツ相手なら多分もう暴れ出してると思う』
『人間にはどうにも出来ないから心配するだけ無駄だよー』
......言われて気付く。あの子が誰かにブチ切れさせられるイメージや、ヘカトンくんがウチの子たち以外に負けるイメージが湧かない。
「ありがと、ちょっと神経質になりすぎていたわ。例えあの子が苦戦するような相手が出てきても、あの子と同量のスタミナがある訳でもないだろうしね。ははは、散歩を続行しようか」
『ワタシたちが負けるのはお姉ちゃんたちだけだから、そんなに心配しちゃダメ!』
『もう少し皆の事を信じなさい。むしろアンタの方が心配なんだけど』
......怒られちゃった。
「はい、すみませんでした......でもね、親心ってのも考慮してくれたら嬉しいっす」
親はいつまで経っても子のことが心配なのであります。それと俺の事こそ心配する必要なんてないのに......もう、ツンデレさんめ。
「さ、もうすぐ目的の貴族街だよ。人の愚かな一面がたくさん見れちゃうから、取り乱さないように気を付けるんだよ」
『うん』
『はーい』
可愛くて優しいピノちゃんやツキミちゃんがブチ切れるような事態にならないように祈るしかない。どうかルナティックなアホが湧きませんように!!
今の俺はAJ並のお散歩おじさん。テクテクとただひたすら良質なポイ捨てスポットを探して歩くだけ。
見栄っ張りなアホと傲慢なクソガキ、偉い人の家で働いているというだけで偉そうに振る舞う使用人共や護衛達がわんさかいる。だが、その全てをスルーしてひたすら歩く。
「なんか気になるお店とかあったら言ってね。中に入るから」
『良いの見当たらない』
『息苦しそうだから嫌』
「そっかー。まぁ気になったら言ってね」
歩く、歩く、歩く。
そのまま歩き続けていると、建物の質が変わってきた。
大きく、豪華になってきている。ただそれだけで全く俺の琴線には触れない。
「......あんな装飾いらなくね?」
『お家が一番安全で落ち着ける場所なのに、あんなにギラギラさせちゃって......あんなの敵に早く見つけてくださいって言ってるようなもんだよね』
『魔法で一撃だよ』
「おぉう、人目線ではなかなか辿り着けない境地の意見......確かにそうだよねー。いい事言うねツキミちゃん。そしてピノちゃんやい......例えそう思っていてもこんな公衆の面前で物騒な事は言わないの」
『そんなのどうでもいいよ。群がってきたら蹴散らしちゃえばいいからいいの』
『ワタシもそう思うー!』
「物騒d「おい貴様!!」......だにゃー」
............なんか釣れた。うざぁい。
「おい!! 貴様!! 手配書の人物に似ているな。詰所までご同行願おう。決して抵抗しようとか思うなよ!!」
『ふふふ......ねぇねぇ、蹴散らしちゃう?』
『ワタシもやる時はやるんだよー!』
くそっ、ピノちゃんめ......不用意に変なフラグを建てちゃうからこうなるんだよ。
「......まだ蹴散らすような時間じゃないよ。さて、何用ですかね? 僕たちが何をしたと言うのでしょうか。言い掛かりはやめてもらいたいんですがねぇ」
『むう......』
『面倒臭い事はすぐ終わらせるべきだよ』
血の気が多いなぁ。君たちついこの間ガッツリやらかしたばっかりじゃん。
「貴族殺しの容疑が掛かっているのだ。こちらとて手段は選べん。拒否するのならば力尽くで連れていく事になるぞ!!」
「別にこの場でもよくね? それともお前らのホームに連れていかないとダメな理由でもある? 問答無用で切り殺すと問題になるからとかかな?」
「貴族様方の目に入れるべき事ではない。いいから黙って着いてこい!!」
はぁ......面倒臭いなぁ............あ、そうだ!
「そう言われましても僕は本当に何もしてないんですがねぇ......それより......こんな冤罪を吹っ掛ける事よりも貴族様方からの印象が良くなるネタがあるんですけど......聞いてみたりしませんかね? 僕は元々このネタを貴族様に買って頂こうと、この王都の貴族街までやって来たので」
「......ほぅ」
......お、餌をツンツンしてきたな。
「ありもしない罪で人を裁いて本当の犯人を見逃すよりもよっぽどいい結果になると思うんですよ......見逃された本当の犯人がまた貴族殺しなんて大事件を起こしたら、面倒になるのは貴方達だと思う訳ですよ」
「......そのネタとやらを聞かせてもらおうか。おい、場所を移すから着いてこい!」
よし釣れた。
「かしこまりました」
ごめんよ、俺のここに来た目的がより良い形で達成出来そうだから、後少しだけウザヤツらと絡むのを我慢してね。
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