第271話 森の不思議
帝国花火大会の翌日、俺らは昼過ぎまで惰眠を貪っていた。目が覚めてもゴロゴロしていつの間にか寝てしまい二度寝、三度寝と贅沢な時間を過ごした。
何故こう、冬場の二度寝は幸せなんだろう。あぶないおクスリなんかよりも中毒性があり、それでいて誰も不幸にならないのは素晴らしい事ではないだろうか。
お腹が空いて起きてきちゃった子には焼いたお餅を食べさせ、お餅でお腹が膨れるとまた布団の中に潜り込んで寝息を立て始める。こんなに幸せな空間に俺なんかが存在していてもいいのかなぁ。
ヘカトンくんやピノちゃんも今日はまだ家から一歩も出ていない。たまにはサボる事も大事だよ。ふふふふ。
その後、完全に目が覚めてからも誰一人として自分からは動こうとしない。ご飯食べる時ですら口を開けて待ってるだけ。その開いた口にご飯を投入していく。気分は親鳥。
だがな、ヘカトンくんやい。君の口一つ一つ全てに対応していたら日が暮れてしまうから、一つのお口だけで我慢してくれ......すまない。
食べ終わってからもずっとべったりくっ付いてきてくれるから物凄くあったかもふもふ。食休みのゴロゴロも快適。
もっこもこの中に紛れるツルスベも、ゴリッとした感触も面白い。
こうなると動きたくなくなるのは人々が延々と繰り返してきた事だ。俺如きがこの流れに逆らうことなんて不可能なのじゃ。
「皆ダラけてるねぇ......うんうん、わかるよ。デカいヤマを片付けたら何もしたくなくなるよねぇ。それに加えて外はものっそい寒くて部屋の中はぬくぬく。食料の心配は不要とくりゃこうなるよね」
俺の上に乗ってピスピスと鼻を慣らして眠るあんこ。無理やり動こうとしてこの子を動かすなんて事はありえない。
ならば俺もこの流れに身を任せようじゃないか。では、おやすみなさい......
◇◇◇
「ごふぁっ」
強烈な一撃を食らい目を覚ました。
俺に攻撃をしてきたのは白いニョロニョロした何か......目が開ききっていない今でもわかる。どうして俺に攻撃を仕掛けてきたのさピノちゃんさん!?
いつものように何か文句を言われるのかとビクビクしてお言葉を待つが、一向にソレは訪れない。
よく見てみると、この子の可愛くて円な瞳は閉じられていて、胴体は規則正しいリズムで上下している。
............ね、寝てる......だと!?
「え、何これ......俺はピノちゃんのダイナミックな寝相で起こされたの?」
衝撃で完全に目が覚めてしまった俺は、スヤッスヤな皆を起こすという暴挙なぞ出来るはずもなく......
一人寂しく持て余した時間を、帝国の宝物庫からかっぱらってきた物の仕分けに使う事にした。
「ここでやったら起こしちゃうよね......俺の部屋に行くかぁ......」
冷えきった部屋に入りストーブに火をつけてから、座布団の上に座る。そして、白い息を吐きながら宝物庫の中にあった品を仕分け始めた。
大国の宝物庫というからには珍しい物や気を惹く物があるかなと期待していた。が、大して良い物は無く、あってジジィのダンジョンの中層より少し先で手に入る物ばかり。
「............」
それでも何かウチの子たちの役に立つ物や気に入りそうな物が無いかと、ひたすら無言で仕分け作業を行い続けていた。
すると、とても気になる物を発見。手に取ったそれは一冊の本? いや、メモ帳?
まぁ、そんな細かい事はどうでもいいや。読んでみなくては......
◇◆◇
不思議な森の伝説
この世界には伝説と言われる森が存在している
その地には誰でも入る事が出来るワケではなく、この世に深く絶望しているモノにのみが入れると言われ、その地へと続く門は数百年に一度開く......らしい
その森を抜けられた者は、これまで誰も見た事がないようなモノ、この世のものとは思えないような不思議なモノ、伝説の果実を手にして森から出てくるそうだ
その者はその後巨万の富、無限とも思える寿命、異常な量の魔力を得たと言われる
それだけを聞けば誰しも、そこに入ってさえしまえれば簡単に富と名声、寿命を得られると考えるだろう......だが、誰もが簡単に人類の夢とも言える禁忌の力と巨万の富を得られるわけではなく、生きてそこから出るのは至難の業のようである
何故生きて脱出するのが困難なのか......それは化け物が跳梁跋扈している地獄だから......と言う事ではなく、自分以外には生き物が居ない静かな森の中、そこはどれだけ時間が経っても少しの変化さえすることの無く、いつそこ出られるかわからない恐怖との戦いだったそうだ
そんな先の見えない環境の中、狂う事なく無事に出て来ることができれば......
どれだけ時間が経過しても変わる事がない環境、他に生物は全く居らず、音も全く無く、出られるのは森の気分次第......
そして、そこにある唯一の食べ物は、この世のものとは思えない味の果実のみ
それは容易に人を狂わす
森を彷徨う期間は人によりまちまちで、数ヶ月の人も居れば、数年、数十年の人も居たと伝わっている
そこから運良く出てくることが出来た人も、そう長くは生きられない......例え人の枠から外れた長い寿命を持とうとも、短い栄華を謳歌した後例外なく全員命を落としている
永劫に思える孤独を耐え現世に戻れても、自身に群がってくるのは欲望に塗れた愚かな人類
権力争いに巻き込まれる者
戦争に巻き込まれる者
悪意や欲望に晒され精神を病む者
中に居る時は心の底から人の温もりを求めるが、一度外に出れば人の悪意が雪崩のように襲いかかってくる
入れば地獄、出ても地獄
だが人はそれでも森を求める
不老不死、巨万の富、その言葉はまるで誘蛾灯のように人を誘う
人の幸せとは、一体何なのだろうか
伝説の地へ踏み込み、全てを手にしたとしても、本当の幸せは別にあるのかもしれない
◇◆◇
なんか微妙な本文、それと所々にあるメモ書き。どうやらコレはネタ帳のような物で、後々清書するのかな?
ㅤ頑張って全部読んでみるも都市伝説くらいの信憑度。結局アレだ、森についてはよくわかってねぇって事が書いてあった。
まぁでも、なんとなくは理解できたよ。ありがとうございました。
三ヶ月で出れたのは運が良かったって事なんかね? まぁそこらへんは人それぞれだ。
......今度王都に言った時、貴族街辺りに俺の体験談と嘘を追加したこの手帳を落としてこよう。どれだけの人間がこの手帳の情報にホイホイされるのか楽しみだ。
さて、夕飯でも作ろうか......今日は何にしようかな......本日の献立を考えながらキッチンへと向かって歩いていく。
「うーん、天ぷらも前に揚げたのが残ってるから天ぷら蕎麦とかいいかもしれない。うん、むしろ今日は天ぷら蕎麦にするべきだ」
蕎麦に決定したので蕎麦を茹で、その間にトッピングについて考える。
具はサクサクのかき揚げとえび天、刻みネギと天かすでいいかな。いや、でもなぁ......コロッケやカレーもいい、ごま油で炒めたナスと豚肉のつけ蕎麦もいい......あかん、有力選手が多すぎてオーダーが決まらん......常勝軍団すぎてV10余裕なくらいの戦力やで。
寒い日の鍋や温かい麺類ってなんでこんなに美味いんだろう。ぐぬぬぬ......こうなったらお好きな具材を選んでもらおう。
トッピング自体は既に俺の収納にほぼ何でも揃っているし、麺つゆも温めるだけ。
「ササッと茹でられるのが楽でいいよなぁ。おこたでのんびりしながら啜る温かいお蕎麦は冬の贅沢だ......おーい、ご飯できたから起きてー。テーブルの上を空けておいてねー」
暖かい居間での出来たての夕飯。うーん、控えめに言って最高だわ!
◇◆◇
「よーし、人間を混乱させるぞー!!」
食事をとり、後は寝るだけとなった俺は、布団の上でゴロゴロしながら手帳と向き合った。
~シアンの追記~
人族の住む地域と魔国の境にある砦の下にトンネルがあり、その奥に伝説の森へと誘う宝玉があるという噂を聞いた
私はその宝玉を手に入れようと密かにそのトンネルを探し宝玉を目にする事ができたが、余りにも深く、広範囲に渡って続く落とし穴と罠があり入手を断念する事となった
個人でその罠への対応は不可能であり、時間も財力も時間も足らない......
しかし私は絶対に諦めない、死ぬまでその宝玉を追うことを誓おう
~愚痴のみが殴り書かれたページが続く~
全てを賭けて挑んだ挑戦も、ここまでのようだ......
ちょうどこの手帳も最後のページだ
本音を言うとここまでやっても宝玉に届かないのが口惜しくて仕方がない
だが、これも運命
成功しても、失敗をしても、笑って終わらせようと思う
そしてこの手帳を次代へと託そうと思う
だが、私の生涯の夢を簡単に託されると思うな
そのトンネル入口の詳細については
一攫千金を狙う者よ、生涯を懸ける覚悟で挑むがいい
ソレを無事読み解けたのならば私の夢を託すに相応しい相手だろう
この手帳を拾い、見事文字を解析した者よ
貴方に輝かしい未来が待っている事を祈っている
ㅤ探せ! 私の全てをそこに置いてきた!
~以下あんこトンネルの入口の説明~
「......ふぅ、こんなもんでいいだろ」
時間を掛けまくって文字を解析し、その後は金を掛けまくってトンネル内で罠と落とし穴の対処......その結果、大爆発。
「......頑張って俺を笑わしてね」
俺は軽く伸びをした後手帳を閉じ、ニチャッと笑った。
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