第267話 降り注ぐ天災

 アレだけ調子に乗っていた勇者様(笑)御一行は今何をしてるんだろう。そう思い、探してみると可哀想に思えるほど震えて縮こまっていた。

 召喚されてからこの方ずっと城の中で甘やかされ、数回訓練と称して子どものお遊戯レベルの訓練を兵士とした程度だもんね......


 実戦経験は喧嘩と部活の大会くらいか?


 まぁ、そんなヤツらがいきなり圧倒的な負け戦にぶち込まれたらどうなるか......何も出来ずに震えるだけでしょう。日本人に殺し合いを強制する事が間違ってるんだよなぁ。


「勇者様御一行はまだ殺しちゃダメだよ。アイツらは絶望させてから殺すからね......異世界に急に連れてこられた右も左もわからないクソガキって事で情状酌量の余地はあるかもだけど、煽てられたら簡単に木に登るような豚は信用ならないからね」


 初対面の日本人よりも初対面の異世界人を信じたクソ野郎だもの......遠慮なんていらない。ここは日本じゃないからね、責任の所在は全て自分にあるのですよ。


 中学生ならばまだ義務教育の範囲内だろうが、貴様らはもう高校生。帝国に就職する事を選んだんだから死なば諸共。一緒に滅べて本望でしょ。


「じゃあこれから敗残兵の殲滅作業だね、対軍仕様の新技で俺を魅了してね」


『『『『『『おー!!』』』』』』


 気合十分なエンジェルズによる殲滅戦が今始まろうとしていた。


『手筈通りに行くよー』


 長女の仕切りで皆が一斉に力み出す。

 力む姿もだが、ちょっとだけ声が漏れちゃってるのがまた可愛い。


 あんこは超絶神秘的なオーロラを


 ピノちゃんは今まで見たことのない真っ青な炎で造られた太陽を


 ツキミちゃんは漆黒の星、ダイフクは純白の星を


 ヘカトンくんは青黒い鉱物で出来た星、ワラビは青白い稲妻を


 ウイちゃんは超高音を発し、しるこは巨大な漆黒の十文字槍を出した。


 ......何これヤバい、めっちゃ美しい。世界を終わらせる神の裁きと言っても過言ではないだろう。


 オーロラ、太陽、槍の雨、雷、白と黒と普通の流星、音波。ラグナロクかってくらいのナニかだね。HAHAHA。



「ふわぁ......」


 見蕩れている場合ではないのだけれども、俺は既に心を奪われてしまっている。俺の精神耐性を容易にぶち破るこの子たちマジ天使で小悪魔。

 いつまでも拝みながら見ていたいのだけれど、コレをぶち込んだらガチで世界が終わる。


「......俺の楽園も崩壊するよなぁ。あ、だからこその俺か。よーし、パパ頑張って隔離しちゃうぞ☆」


 言わなくてもわかるだろ? ヤれよ。みたいな信頼を俺に抱いてくれていたんだろう。ふふーん、俺と君たちは以心伝心なんだぞ。

 俺の発言を聞いた天使たちは後顧の憂いが無くなり嬉しそうに一鳴き。


 何万回死ねるんだろうねってレベルだ。そんなオーバーキルにも程がある一撃が、帝城の一画に堕ちていく――




 ◆◇◆




「............何よアレ」


「異世界召喚なんて夢だったんだ......ハハハ、長い夢を見てるんだ俺達は」


「嫌ぁぁぁぁぁぁー!!」


「嫌! 嫌よ! まだ死にたくない!! 折角イケメンの彼氏が出来たのに、これからなのに!!」


「......おい、お前が......貴族に乗せられて勇者とその仲間以外の変な奴は要らないなんて言い出したからこうなってんだぞ。どうすんだよオイ」


 現実を受け入れられない者、夢オチを願う者、未練ありありな者、絶望する者。


 ほんの少し前までは、自分にそんなモノが訪れるのは何十年も先だと高を括っていた。

 死という存在が目と鼻の先にあるという事実に気付き、心が、脳が、身体が、その現実を受け入れるのを拒否する。


 普通の高校生だった平凡な存在が全く別の世界に飛ばされ、たったの数日で、自分は自分達は特別な存在だと唆されて勘違いをした結果なので自業自得である。

 だが、精神的にも未熟なガキであり、なんだかんだ言いながらも高校生までは甘ったるい世間の現代日本から来たのだから、暴れて泣いて、喚き散らせば何とかなる......そんな思考に陥っても無理はないだろう。


 しかしそれが通じるほど異世界の現実は甘くない。世間を舐め腐ったツケは、自分自身で払わなければいけないのだから。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!! お前らだってイケメンと美人に乗せられてノリノリだっただろうが!! あ!? 都合が悪くなったら全部勇者の所為でしたとか言ってんじゃねぇよ!!」


「酒飲んであんな和服モブなんて俺の敵じゃねぇよってイキってたじゃん!! 都合が悪くなったからってこっちに擦り付けてこないでよ!!」


「お前らいい加減にしろよ......迷惑かけられて困ってるのは俺なんだよ。お前らが好き勝手した結果こうなってんだから」


「ハッ、傍観者気取ってるがな、お前が裏でメイドとヤりまくってんの知ってんだからな。あの和服に本当なら宛てがわれる予定だったヤツをな!!」


「下半身も勇者のヤツには言われたくないな。令嬢が和服を襲う前にお前が突っ込んで破いたのを知ってんだからな。小細工で赤い液体仕込むとか救いようがねぇぞ」


「......チッ、何でソレを知ってんだよ!」


「さくせんはいつもガンガンいこうぜな下手くそ勇者様だって、被害者が愚痴ってたぞ......ぶふっ」


「あんた達の下半身事情なんてどうでもいいのよ!! 元凶のあんた達でこの状況を早くどうにかしなさい!!」


「黙れ!! 性女のくせに清楚ぶってんじゃねぇよ!!」


 窮地に陥ると人は本性を現す。その言葉通りドロドロの醜い争いが勃発。


 だが勇者様御一行が今すべき事はこれではない。効果範囲から逃げるか、みっともなく命乞いをするかが正解だろうか。

 道化に成り切ってシアンを楽しませられれば、もしかしたらシアンの気が変わって楽に死ねただろう。


「............ね、ねぇ......アレ......何?」


「あ゛ぁ!? ......は!?」


 言い争いに夢中になりすぎて、気付いた時には空からは既に天変地異が堕ちてきていた――




 ◆◆◆




「なんだアレは......なんだアレはァ!!」


「皇よ、お急ぎください......」


「アレほどの術です......発動まで、まだ猶予はあると思います」


 みっともなく取り乱す皇帝と、内心ヒヤヒヤだが冷静に荒れる主を宥める忠臣の暗部が三名。それが奥の手を発動させる為にガラガラになった帝城を走る。


 普段は皇帝に面従腹背の姿勢を貫いている側近や高位貴族共は、肝心な時には役に立たずに部屋の隅でただただ震えるだけ。

 プライドだけは高い皇子、皇女も同様で、現在起こっている天災の如き現象から目を背けて喚いていた。


 信じられるのは己と忠実な暗部のみ。


「ははは......儂のこれまでは、一体何だったんだろうな」


「まだです。この策が決まれば......」


「いいや終わりじゃ。もしこれがどうにかなっても、腐りきった帝国はかつての輝きを取り戻せぬよ」


「私共も微力ながら協力させて頂きますので、どうかまだ諦めないでくださいませ」


「ははは......そうか、そうよな。儂はお主らのような部下を持てて幸せ者よな......よし、絶対に成功させるぞ」


「「「ハッ」」」


 気合いを入れ直した皇帝と暗部が向かった先は宝物庫。お目当てのモノがあるのは宝物庫の更に奥にある封印されし倉庫。


 そこに納められているのは呪いの品の中でも特にヤバい品。不用意に触っただけで呪われたり、精神の弱い者ならば発狂してしまったり、使用すれば洒落にならない代償を持っていかれるといった品物が封印されている。


「......コレだ。よし、すぐに戻るぞ。誰も狂っていないな?」


「「「ハッ」」」


 皇帝が持ち出したのは“英雄の狂気”と名付けられた両手剣。抜いた人物の精神を破壊と殺戮に染めると共に強大な力を与える。

 敵陣のど真ん中でその剣を抜かせるといった使い方をされてきた品であふ。


 英雄の素質がある者が剣を抜けばより強力になるがその分効果時間も増える。そして一般人が抜けば......一瞬で廃人となり、ただただ殺戮衝動に振り回される。効果が切れても心に巣食った衝動のまま暴走し続け、周囲に多大な被害を齎す剣。


「勇者にコレを渡したいが、彼奴の元へコレを届けるには時間が足りぬ......他に候補はいるだろうか」


「皇よ、私共にお任せ下さい。必ずや勇者の元にこちらをお届けいたします」


「頼んだぞ......絶対に届け、抜かせろ」


「「ハッ」」


 暗部二名に呪いの武具を預け、勇者の元に届けよと勅命を下すと消えるように駆け出していった。




 ◆◇◆




「どうすんだよ!! てめぇらがグダグダうるせぇから間に合わなくなったじゃねぇか!!」


 既に詰みまくっているのだが、未だに自分だけは助かると信じて止まない勇者。

 すると、まさにご都合展開かのように、一本の蜘蛛の糸が垂れ下がってきた。


「勇者様、コレをお持ちください。皇家に代々伝わる宝剣となっております」


 息を切らせた黒ずくめの男がいつの間にか跪いており、宝剣とは口が裂けても呼べない見た目の剣を恭しく捧げてきた。


 憔悴しきった勇者一行の目は、最早物を正しく映さず......何の疑いもなくその剣を受け取り......


「きた、きたぞ!! 勇者はこうでなきゃな!! フハハハハハハハ!!」


 勘違いも甚だしいセリフを吐きつつ、高笑いをしながらその剣を抜き......勇者の意識はそこで途絶えた。





 その後、一方的だった戦場に狂勇者が投入され、更なる混乱と血の華が咲く事となる。

 味方と思っていた勇者が無差別に人を斬り始め、その仲間だった者達は既に血塗れで地に倒れ伏していて止めようがない。


 上空には謎の術、地上には暴走した勇者と謎の動物......


 逃げ場は既に無く、謎の壁に囲まれておりどうしようもない。まさに地獄。





 そんな殺戮が始まってから少しして、天使たちの放った技が地に降り注いだーー

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