第256話 リアルさはいらない
「あー......うん、そっかぁ......やっちゃったかぁ......いやね、いいんだよ。問題は無いよ。欲しいっちゃ欲しいけどさ......」
俺が懇意にしているとある商会に足を運ぶと、彼女たちはとんでもない物を俺に献上してきた。
この日はそのとある商会の開発部に進捗状況を確認しに行く日だった。王都内は雪山よりは寒くないので、着流しを来たラフな格好。和装って慣れると凄い楽なんだよ。最近はもうずっとこんな感じで過ごしている。
例え王都内で浮いていようが、楽な格好ができれば全く構わないと思えるような鋼のメンタルに成長した。例え貴族ルックのおっさんに珍妙な生き物を見るような目で見られたとしても問題はない。少しだけ目を潰してやりたくなるだけだ。
おっと......話が脇道に逸れまくってしまった。......逸れたままがよかったなぁと思いながら、手渡されたモノに目を戻す。
クオリティは高い。とても高い。だが、なんて言えばいいのか......
正気か!? と言いたくなるモノを作りやがった。何をどうしたらこんな物を作ろうとなるんだろう。
「......ねぇ、どうしてここまでリアルなヘカトンくん人形を作ってしまったのかな? 俺はデフォルメしてほしいと言ったよね!?」
「......えっと、あの、あのですね、どうするのが正解なのかと何日も考えに考え、考え抜きながら、ヘカトン様の写った写真を観察していたんですよ」
「うんうん、わかるよわかる。とりあえずまずは観察する事からだよね」
「......そしたらですね、なんと言えばいいのでしょうか。その......おかしなテンションになってしまったというか......その、ですね」
「テンションがぶっ壊れて......それで?」
「どういう訳かめちゃくちゃリアルなヘカトン様の人形を作ってしまおう!! と言う結論に至ってしまいました......それとですね、見れば見るほど、とても可愛く見えてきまして......もう......その......ですね、デフォルメという物をしなくてもいいのではないか。そうなってしまったのです......」
「なるほど、その作業の最中に可愛さを見出してしまったという事ですね。何故そこでテンションが振り切れてしまったのか。何故誰もそれがおかしい事だと思わなかったのかが知りたいな」
「よく見ていると一つ一つの表情が違うのに気付きまして......なんと言うか、その、母性と言うんでしょうか。母になった事がないのでハッキリと言えないんですが、ヘカトン様がとても愛おしく、可愛らしく見えてきてしまい、その状態になってからはもうダメでした......」
どうやら生産組のお姉さん方は、俺の依頼をこなそうとしているうちに新しい扉を開いてしまったらしい。このお姉さん特にヤられているらしく手の施しようがないかもしれない。
それにしても......このお姉さんは超リアルヘカトンくん人形は売れると思っているのだろうか。
うん、無いだろうね。ただ単にヘカトンくんを隅々まで確認している内に、なんかもう色んな感情が混ざり合って母性が爆発してしまったんだろう。
ダメだ。なんとなくそれっぽい事を考えても全く理解が追いつかない。コイツは何を言っているんだろう。何をどうしたらそうなるんでしょう。
「..................」
ここでポンと何か気の利いた言葉やユーモアのある言葉を発する事が出来たなら、あっちで生きるのがもっと楽にできていただろう。
だが俺如きにはそんな器用な事は不可能。ただただ絶句するしかなかった。すまない。
「......あの、先ずは何も言わずにこちらを見て頂けないでしょうか。私たちの実力ではここまでしか出来ませんでした......申し訳ありません」
そう言ってお姉さんから手渡されたデフォルメヘカトンくん人形。それは――
「......Oh、メイドインチャイナ」
夕方のニュース番組でよく見るような某電気ネズミのパチモンの着ぐるみやぬいぐるみ。それらのクオリティに酷似したデフォルメヘカトンくんの人形だった。
これは酷い。その一言だった。
デフォルメ文化の無い異世界。デフォルメに慣れ親しんでいる俺ですら難しいと思えるデフォルメヘカトンくん。俺が何気なく頼んでしまったオーダーが、一人の女性の精神を追い詰め、思いっきり作り替えてしまった。
すまない......
「ごめんね、次に来る時はヘカトンくんを連れてくるからさ、このままデフォルメヘカトンくんの作成も頑張って欲しい......」
俺はお姉さんに対して、更に追い打ちを掛けるような言葉しか言えなかった。このお姉さんに出来る俺のお詫びは、ヘカトンくんを連れてきてお姉さんと会わせるくらいしかないだろう。
「えっ!? 良いのですか? 私、これからも頑張りますね!!」
喜んでくれて嬉しいよ。あの子はとっても良い子だから仲良くしてあげてね。
俺の目を潰さんばかりの眩い笑顔を振りまくお姉さん。その笑顔に既視感を感じて苦笑いをしながら、お姉さんと別れた。
すまない......俺が初めて家族写真を見せた時は、しるこに夢中だったお姉さん......本当に申し訳ない......
◇◇◇
あの後、店頭に並んでいるグッズを見てかなり商品のクオリティが上がっている事に満足し、その素晴らしい仕事っぷりに感激した俺は、幻影で変装して一般客に紛れながら大量にグッズを購入してから店を後にした。
あの忍者には気付かれていたかもしれないけど、俺は客として買いたかったから仕方ないんや。出資も援助もしたけど俺はこの店の商品に惚れたただの客に過ぎない。
貰いたいんじゃない、買いたいんだ。出自の明かせない薄汚れた金で......だけど。
何を言いたいのか、何を言っているのか、何を伝えたいのかよくわからないと思う。でも俺自身よくわかっていないから、なんとなく理解したフリをしてほしい。
大量のしるこ毛をいい感じに染めたりしていて、ぬいぐるみの肌触りは神かってくらいに上がっていた。この調子でどんどんクオリティを上げていってくれたまえ。
......今度新しく趣味部屋を作らないとな。俺の寝室が埋まってしまう......フフフフ。
大量に買った荷物を一度収納に仕舞い、路地裏をブラブラしていい店があったらいいな、開拓してみたいなと、フロンティア精神をポロリしようとした。
次の瞬間......
世界は核の炎に包まれた! 海は枯れ、地は裂け、全ての生物が死滅したかのように見えた。だが......人類は死滅していなかった!
嘘です。全然そんな事はなかった。
だけどね、気付いたらどこかわからない豪華な広い部屋の中に俺は居た。
周りを見渡せば、俺がよーく知っている服装をした若い男女六人が床の上寝転がっていた。
まぁね、うん。
学ランとセーラー服だね。何コレ?
何だこれ!?
............はっ!? まさか勇者召喚に巻き込まれたとかそんなオチだったりする?
商会訪問の衝撃からちょっとテンションがおかしかった俺、そこからこんなベッタベタな展開がやってきた。
こうなるとテンションがぶっ壊れるのは仕方のない事だと思う。俺はきっと悪くない。
こんなイレギュラーなモンを巻き込んでしまうような術式やら儀式をしたヤツらが全面的に悪いのだ。
まぁなんて言うの?
急な転移でこっちに来てしまった俺としては、こんな使い回しの揚げ油で揚げまくった天ぷら......もといテンプレ展開は胸アツな訳ですよ。えぇ。
だからね、なんというかその......テンションが上がってしまいまして。ここに向かってきている人のことなど忘れていてトンズラし損ねてしまったのです。
「おぉ!? 成功したぞ!! 座標が少しズレたようだが、それは気にしなくてもいいだろう......おっ!?」
大きな声で意味わからん事をほざきながら入室してきたイケおじ+モブおじさん数名。そしてそのイケおじと目と目が合う......
はい、ばっちり見られてしまいました。どうしましょう。面倒そうだから逃げたい気持ち半分、面白そうだとも思っている気持ちが半分。
あ、違う。その前に知らなきゃいけない事があったわ。ここがさっきまで居た世界と同じ世界なのか、はたまた違う世界なのか......それが重要だ。
違う世界だったのならば......俺はこの国、この世界をぶち壊さねばならん。ジャパニーズ学生とかもいるけど慈悲は無い。平等に滅びて平等に死ね。
「う......うぅん......」
「えっ!? なに? 何が起きたの!?」
「あれ......何処なのここ?」
騒いだイケおじの所為でガキ三人が起床。残りの三人はまだすやすや。
「ゴホンッ! まだ寝ている方もいらっしゃいますが......勇者様方、我らの呼び掛けに応じて頂き、誠にありがとうございます」
......あ、ここ進〇ゼミで見た所だ!!
とまぁ......うん。どうやらガチのテンプレに巻き込まれてしまったらしい。呼び掛けなんてされていないよ。どういうこと?
このガキ共は呼び掛けに応じてここに来たって事なの?
「どうか、どうか......我が国、いえ、人族をお救いくださいっ!!」
茶番にしか見えないやり取りを冷めた目で見る俺、寝ている仲間を起こしているガキ三人、それプラスおじさんが数名のカオスな現場。
頼み事をするよりもさ、ここが何処でお前は誰なのかを先に言うべきじゃね?
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