第254話 ダイナミック除雪

 今年の冬は雪が多い。自然と共に生き、文明の利器......いや、魔法と化学の恩恵を賜りながら自然に寄り添い生きる俺としても、豪雪地帯と化しているここはキツい。



 ダンジョンで立ち往生した時の遺産があるので動けるっちゃ動けるが、わざわざこんな時に動きたくない。俺は台風の日に増水した水辺に近寄ったり、海辺に凸したりはしない。部屋でニュースを見ながら、波ヤベー風ヤベーって言うタイプの人間......元人間だ。


 話を戻そう。

 自然が悠然と猛威を振るっている。そうなれば自ずと引きこもるのが普通の生き物というモノだ。


 ウチの天使たちの中で大雪の中で行動するのは、元々寒さに強い犬種をベースにしていて水と氷の女王であるあんこたんと、アザラシという極寒の海でも泳げる種族のウイちゃん。


 次いで半端ないモコモコ力を持って防寒対策を万全に出来るしること、外の温度が何度でも自身が感じる温度はいつでも適温となる元変温動物のピノちゃん。


 他の寒さにそこまで耐性のない天使たちはもう、起きている時は囲炉裏を囲んで暖を取るか、コタツと一体化している。

 唯一ワラビだけはデカすぎてコタツに入れない、囲炉裏に当たって暖を取れる面積が少ないってな具合いで可哀想な事になっているので、温泉の近くに温泉の熱を利用した床暖房施設を作ったらそこからほとんど出てこなくなった。気持ちはわかるぞい。


 さて、皆がそんな状態になれば俺もコタツムリになるか布団とマブダチになるしかない。だって、皆が構ってくれないから寂しいんだもん......一日一日がとても長く感じる。毎日なにかしら目標を持ってやってきただけに、急にやる事が少なくなると何していいのかわからない。←イマココ


 てなワケで、どうもこんにちは。ミノムシのコスプレをしているシアンです。


 ......はぁ、なんかスープの改良以外に俺がやらなきゃいけないような事ないかなぁ......





 ..................


 ............


 ......



 あ、ダメだ。こんな思考してたら不味い。


 社会の畜生に成り下がった人の思考だコレ。定年退職したおっさんが無気力症候群になって早いうちにぽっくり逝く兆候。

 趣味もなく、来る日も来る日も家と会社の往復、子どもは既に家を出ていて、人付き合いはビジネスライクな人が罹りやすい死に至る病。


 幸い俺の家庭は子どもが家を出ていない。もしこの子たちが家から出たら、一瞬で発症してまう気がして怖い。


 やらなきゃいけない事じゃなくて、やりたい事を探さないとダメ。


 ......それにしても、趣味......か。今の所趣味と呼べる物は、紅茶を淹れる事とキャンプ的な事だけ。



 ......ん? 可愛い動物と戯れるのは趣味じゃないのかって?


 それは趣味ではない。使命だ。



 うん、ダメだ。思考が纏まらない。こんな時は誰かを抱いて寝るに限る。心がね、疲れているんだよね。


 癒そう。荒んだ心を。



 誰か、一緒に寝ない?


 あ、ありがとう。コタツムリ組全員集合とかぼかぁ幸せだぁ。




 ◇◇◇




 あれから一週間、ひたすらダラダラグダグダ過ごした。


 そしたらね、思考がニート化した。


 ハハッ、それ明日やればよくね?

 今ちょっとコタツが俺を離してくれないから無理ですね、サーセン。

 布団まで俺を離してくれないからね、ちかたないね。


 そして布団やコタツから出なくても俺は生きていける事に気付く。

 手元に飯やおかず、飲み物などを取り寄せられる。

 収納にも飯やおかずが大量に入っている。

 排泄物とかは出口にブラックホールを設置、体の汚れはル〇バに掃除させればいい。

 あぁ、グダグダするのがとても忙しい。



 そうな感じになって一週間過ごし、普段お外で駆け回っている天使たちを抱きながらおねんねしていたら、ピノちゃんとヘカトンくんに怒られた。反省はしているよ。


 だってしょうがないじゃないかぁ!!


 ピノちゃんもヘカトンくんも毎日のルーティン以外ではずっとコタツの住人だし、雪に適応出来ていないマイボディでは外に出たら埋まる。くそっ、斯くなる上は......


「寂しいからガッツリ構って」


『......はっ』


 開き直った。鼻で笑われた。


「なんでよ。外に出られないし、やれる事なんてないんだからしゃーないやんけ。なんかしようと思っても人型の生き物は雪に埋まっていっちゃうんだよ」


『......外に出たいけど出られないって言うのなら、あのダンジョンでやってたようにカットして収納すればいいじゃん』


「......あーうん。それさ、俺よりもピノちゃんのほうが適任じゃね? ピノちゃんがアッツアツのピノ玉を出して雪を解かす方が圧倒的に効率がいいし、解けた雪が地面に染み込んで自然を潤す......そう、これは環境にも配慮した良い案だと思わないかい?」


『......ハァ、それさ、ただ単に外に出たくないからそれっぽく言ってるだけでしょ』


「ソンナコトナイヨ」


『解かしても蒸発しちゃうから水は残らないよ』


「あっ......」


『植物や土も被害受けるからやりたくないんだよね』


「ぐぬぬぬ......あ、そう。そうだよ。それならば別にやり方あんじゃん」


『え、なに? どんなの?』


「ピノちゃんがあのクソ学者を殺る為に作ったアレ。アレを作って浮かべておけば雪は解けるよ!! ナイスアイディア。ナイス俺」


『......農園の周囲やお家とかを隔離してくれるなら問題ないかな』


「おぉ! やってくれるんだね! さっすがピノちゃん」


『雪が解けたら畑の世話を手伝ってね』


「おっけー」




 防寒対策を万全にしながらお外に出る準備をしなかまらさっきのやり取りを思い出す。俺がピノちゃんを丸め込んだのか、それとも俺がピノちゃんの想定していた通りの行動を取ったのかわからなくなってきた。


 こう思うくらいだし、きっと俺はあの子の鱗の上で踊らされていたんだろう。おのれ、ツヤスベのヘビちゃんめ。

 そう言えば話の終わりくらいにニヤッてした気がしたな。くそぅ......二歳児にいい様にしてやられた......くっそぉぉぉ!!


『遅いっ!!』


「さーせんっ!!」


 おのれピノちゃん......これが終わったら君のその自慢の鱗を俺の指テクとブラシでピカピカにしてやっかんな。覚悟しとけや!




 俺が外に出るのに必要なもの、それは一歩目を踏み出す勇気。それだけだ。


 長らく引きこもった人間に、外は厳しい。太陽光、作り物ではない天然の光は劇毒だ。


「ねぇ、やっぱ止めない? 誰も幸せになれないよ。ね? このまま俺たち家族の楽園に引きこもったまま、雪解けを待とう」


『うるさい』


 我が家族の中の裏ボスは非情にも、俺の身体を闇糸で亀甲縛りにし、そのまま引きずって家の外へと出ていった。亀甲縛りなんて何処で覚えてきたのよあなたっ!!


 ドナドナドナドナドナドナドナァ!!


 どっかの奇妙な冒険に出てくるような声を頭に浮かべながら、雪の上をドナられていく哀れな元人間。


「うぅぅっ......ひどいよォ......あんまりだよぉ......冷たいよォ......」


『嘘つかなくていいよ。その服は寒くないの知ってるから』


「心がね、あまりの雪の冷たさに悲鳴をあげているんだよ。あと、服に包まれていない箇所とか手足とかも」


『終わったら温泉に入れば大丈夫』


「鬼! 悪魔!! ピノちゃん!!!」


『いつも天使って言ってるの知ってる』


「......鬼畜! 堕天使!! ピノちゃん!!」


『早く終わらせれば帰れるよ』


「くっ殺」


『はいはい』


 柳に風、糠に釘、暖簾に腕押し、蛇の耳にシアンボイス。


 何を言っても取り合ってくれなかった。


『じゃあちゃっちゃとやっちゃうから、早く大事な所を隔離して』


「......わかった」


 観念した俺は自宅、ピノ農園、温泉施設、ヘカトンハウス、牧場、キャンピングカーを隔離。


 ......アレ? 俺を外に出さないでもよかったんじゃないかな?


「......ねぇ、ピノちゃん。これさ、俺、家の中にいてもよかったんじゃない?」


『......じゃあやるね』


「ねぇ、ねぇってば」


 俺の言葉を華麗にスルーしたホワイトスネイクが除雪作業を始めた。


 目が眩むような光の直後、冷えきった顔面と手足が灼けるような熱波が襲ってくる。


 口を開けたらヤバい。目も開けたらヤバい。


 チートローブに包まって踞り、熱波が収まるのをただひたすら耐えた。ねぇピノちゃん、加減間違えてないかな?




 熱波と光が収まった気配を感じ、閉じていた目を開く。


 雪は完全に解け、雪解け水は蒸発したのか水分の気配は感じない土地が完成していた。


 ピノちゃんの放った技の余波を受けたのか、俺の拠点の周囲数キロの雪は消えていて、斜面がある方からは何かが下の方に向かっていっているような音が聞こえる。なんなんだろうねこの音。


「あんこーーーー!! あんこちゃぁぁぁん!! 今すぐ来て!! すぐ来て!! 水を撒いてください!!」


 囲炉裏の前に置いたブランケットの上で寝直していたあんこお嬢様を呼び、カラッカラになった大地に水分を補給。

 ごめんね、ピノちゃんが加減を間違えたせいだからね。俺は悪くないよ。


『二人ともなにやってんの!! せっかく気持ち良く寝てたのに!!』


「ごめんなさい」

『ごめんなさい』


 俺も悪かったらしいです。おのれ、ピノちゃん卑怯だぞ。


 実行犯二人は仲良く女帝に怒られ、ガッツリ反省させられ、この日は一日中皆のパシりとして扱われた。




 そんでパシりから解放された翌日......


「ねぇピノちゃん、俺はね、やっぱ働きたくないって人を無理矢理働かせるのはよくないと思うんだ。どうする? また働かせる?」


『............昨日の約束、畑の世話、手伝え』


「......わかった」


 溶かす前よりも若干減ったであろう程度に積もった雪を前に、余計な事をしたなぁと遠い目をしながら実行犯同士話し合った。

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