第243話 デートの旅~旅の終わり~

「知ってたけどやっぱりあんこは凄いなぁ。よーしよしよしよし、本当に凄いねぇ」


「わふっ」


 あんこはキメ顔でそう言った。渾身のドヤ顔だった。愛おしい。


「俺の為に怒ってくれたのがね、本当に本当に嬉しかったの。可愛くてかっこよかった」


「くぅーん」


 極寒の元森で抱き合った。愛してる。


 異物だったものが残ってたのが残念だった。とても、とても残念だった。




 ◇◇◇




 頑張ってくれたあんこは甘えんぼモードに移行したので、今は定位置にすっぽり収まりしっぽを振っている。


 後片付けは俺が全て行った。ゴミムシの駆除は自爆して動けなくなった情けない俺に代わってあんこが全てやってくれたからね。せめて死骸の除去は俺が行うべきだろう。


 ......あのクソムシの細胞とか残したくないし。なんなんアレ、カメムシって臭すぎるだろ。スカンクが屁の臭さで生き物を殺せるって聞いた事あるけど、臭気で生き物の殺害がマジで可能だとは思わなかった。


 ......臭い付いてないかな? 街に帰る前にまたお風呂に入ろう。



 何はともあれ、害虫は抹消しなくては。


 クリスタルな木は綺麗だから残しておこう。溶けなかったら今度皆であんこの作品を見にくればいいし、溶けたら溶けたで元通りの森になるだけさ。


「いつも温泉ばっかだったけど、さっきあんこのお水に包まれて懐かしさと嬉しさがあったの。でね、このゴミ掃除が終わったらもう一回お風呂入りたいって思ってるけど、あんこはどうかな? その時のお湯はあんこに出して欲しいなって思ってるんだけど」


『任せなさいっ!!』


 誇らしげなあんこ。マジラブリー。


 比較的無事な地面の上に浴槽を出してあんこにお湯のお願いをしてからブラックホールとル〇バを展開。さぁ、お掃除の時間ですよ。お行きなさい。


 後ろを振り返ると湯気を立てる浴槽とソワソワしているあんこがいました。我慢する必要なんてないので、某大泥棒三世が女スパイに飛び込むように浴槽に向かってダイブした。彼に倣ってその際に服を脱ぐのも忘れない。


 掛け湯を忘れてしまったのでパンツに手を掛けた直後に温泉を薄く展開。除菌完了。


「あーんこちゃぁぁぁん」


 俺と同時にお湯に着水したあんこ。そのまま湯の中でドッキング。君の座椅子は俺の役目だよ。


 この後めちゃくちゃ泡々になった。




 ◇◇◇




 邪魔なゴミを全て片し終わったクリスタルの森であんこと一緒に記念撮影をしてから森を後にした。この綺麗さならあっちで観光名所になる事間違いない。溶ける可能性があるから初めてのあんこの作品を残しておきたかった。うん、ナイスフォト!


「穢れは全て落としてめっちゃフローラルな香りになり、美人度も留まるところを知らない仕上がり。よーし、街に帰ろう」


『おー!』



 さっきまでの怒あんこが嘘のようにご機嫌になっているあんこに跨って街まで走る。

 街まで到着した俺らは、出る時に門を通らなかったのを思い出し、隠蔽を全力で掛けたまま中に入ってずっと引き篭っていましたよっていうシレッとした態度で街に戻った。そしてザワザワしている人々を無視して服をオーダーしたお店に入った。


「お待ちしておりました。ご注文頂いた品物はこちらになります」


「おぉぉ! ありがとうございます。あ、コレ代金です」


「確かに頂戴致しました。また何か御座いましたら、是非当店をご利用ください」


 受け取りはサクッと終わった。頼んでいた品物はパーフェクトな出来具合い。またなんかあったら来ようと思える店だった。


 店を出てからは初めて飯を食ったあの店に行って飯を食う。オススメを注文。


 今回はナポリタンモドキだった。口の周りを真っ赤にしたあんこの口を拭う幸せ。味は普通だった。


 おばちゃんは俺の事を覚えていた......というか、あんこを見て俺を思い出した。肉団子をおまけしてもらえた。あざーす。


 ヤケに街がザワザワしているので理由を聞くと......


 ・一年前に現れ、ここまで発見されずに大人しくしていた筈の黒龍の物と思しき攻撃が森で確認された


 ・この街最強の冒険者クラン「憤怒」が大急ぎで討伐へ向かった


 ・確かに強いが、勝てるか勝てないかがわからないので落ち着きが無くなっている


 ・あんたも気を付けろよ


 との事らしい。怒りっぽいカメムシは多分黒トカゲに殺されたよ。でも、黒トカゲは此処を襲うことは無いから心配ご無用......と心の中でおばちゃんに伝えた。


 ナポリタンモドキを食い終わった俺らは食後のお茶をもらってまったり。


 まったりしていた。だが、そのまったりタイムをぶち壊す汚い声が聞こえてきた。許すまじ......マジファック。


 眉を顰める俺と同じく、眉を顰めていた隣の席に居たそろそろ中年にさし掛かろうかという見た目の冒険者っぽい人に話を聞いてみる事にした。


「アレ、なんなんですかね。騒ぐなら酒場で騒げばいいのに」


「そうですよね、彼らは『憤怒』傘下の冒険者共ですよ。実力は足りないわ、問題は起こすわで今回の討伐メンバーから漏れたヤツらですよ。リーダーは実力はあるけど......ちょっと体臭がキツいから、ああいった下品な輩が集まってるんですよ」


「あーあー、なるほどぉ。カメムシの臭気を借るアブラムシってところですねー」


「カメムシ? アブラムシ?」


「なんでもないです。あーもうちょっと話を聞いていいですか? 此処の飯代は持つので」


「おっ、いいのかい? 悪いね。その代わりなんでも聞いてくれ」


 相変わらずカメムシの臭気袋共がワーワーギャーギャーうるせぇ。だけどこの気のいいおっさんは上機嫌で口調が崩れた。この口の緩くなったタイミングを逃すのは握手だろう。てなわけで会話再開。


「助かるよ。でさ、その『憤怒』ってヤツのリーダーはどうしてそんなに黒龍を目の敵にしてるの?」


「あー、なんかガキの頃にヤツの住む場所が真っ黒な龍に焼き払われたかなんかで、ブチ切れて冒険者になったらしい。それで、去年あった黒龍騒ぎをどこかから聞きつけてこの街にやってきたんだとさ」


「あーなるほど。それでこの街で傘下を増やして黒龍討伐の足しにしようって考えだったんだろうね。んで、アレがその足しにもならなかったヤツで、不満タラタラで騒いでるって事か」


「そうそう、そんな感じだな。チンピラから冒険者になって、『憤怒』の傘下に入ったからって強くなるわけでもないのにな」


「まぁ放っておけばいつの間にか勝手にくたばってるようなヤツを加えても、討伐時には邪魔にしかならないもんなー」


「そんな事すらわかんないから置いていかれんだよ」


「だよねー、そんでさ、そろそろおばちゃんがブチ切れそうだけど......そこら辺の事情はどうなの? 誰か止めるのコレ」


「ほっとけばいいさ、ここが使えなくなって割を食うのはアイツらだ」


「なになに? この店は『憤怒』ってヤツら御用達なの?」


「そうそう、ことある事にここで宴会してんだよ」


「それなのにそんな店で暴れんのか......アホだな」


「そうだなー」


 アホの内情とカメムシの生い立ちを聞き終えた俺は、膝の上ですやすやになってしまったあんこを抱いて店を出た。


 まぁまたいつか来よう。うん。


「さってと、あんこはおねむだし......起きるまでブラブラ散歩でもしましょうかね」


 露店や店を冷やかし、時には気になった物を買いながら街をぶらつき歩く。幸せそうに眠るお嬢様は寝ながらでもしっぽを振っていて可愛い。




 夕方、日が暮れるのが早くなったなぁと思っていたら腕の中でモゾモゾと動く気配を感じた。眠り姫がようやくお目覚めのようだ。


「くわぁぁぁ」


 しょぼしょぼしたおめめであくびをしている。いやほんとに可愛すぎる。


「おはよ。よく眠れた? 今日はこの街に泊まるか、外でキャンプするか。あんこはどっちがいい?」


『お外がいい!』


「そっか。じゃあお外でキャンプしよう。明日からはどこに行こっか一緒に考えようね」


『うーん......うん!』




 最初の頃と比べて一目瞭然と言える野営テクニック。素人のうろ覚えだったものがよくぞここまで成長したな......そう思うと笑ってしまう。

 あんこも生後一年半なのに驚くべき成長をしている。俺が居ない場所ではしっかりお姉ちゃんをして妹たちの面倒を見て、俺が居る時はそのお姉ちゃんの仮面を脱ぎ捨てて甘えんぼになる。


 強さ的にもあんこだけで世界征服できそう。絶対にグレないでください。


『ねぇねぇ』


 俺があんこの成長を喜ばしく思っていると、肉球でポンポンと背中を叩かれた。


「どしたーん?」


 ちょっとだけ気持ち悪い声が出た気がするけど、それは気のせいだろう。


『あのね、一緒にお出かけしてくれてとっても嬉しかった。とっても楽しかったの』


 俺もだよ。好き。


『ご主人をたくさん独り占めできて満足したの。だからそろそろ帰ろ! 皆にね、会いたいの! 私がお土産を渡すの!』


 永遠に独り占めしていいんだよ!! と、言い放ちそうになって思い止まる。あぶね。


「そっか、あんこは優しいね。あんこが満足したんなら帰ろっか。でもお家に着くまではあんこの独占だからね」


『うんっ!』


「ねぇ、お家に帰ったら、今度は家族全員で旅行しよっか。それと、今回みたいな長い期間の旅行は頻繁に出来ないけど、あんこのお誕生日の近辺に毎年二人で旅行しよ」


『うんっ! うんっ!』


 この日はいつもよりべったりしていた。いつでもウェルカムだからねと伝えて一緒に眠った。



 そして夜が明け、予定よりもかなり長くなったデートの終わりが近付く。


 この日は珍しくあんこが俺よりも先に起きてこっそりと、だがガッツリと甘えていた。朝から致命傷を負わされちまったぜ。


「おはよ! ゆっくり起きて、ゆっくり朝ごはんを食べて、ゆっくり後片付けしてからお家へ帰ろう」


『うんっ!!』


 たっぷりと時間を使ってから帰宅した。

 帰りは一瞬、俺の事を覗き見していたモチモチが知らせたのか、帰還地点には家族が全員集合していた。何故かイノシシズも綺麗に整列している。


『「ただいまー」』


 もみくちゃにされた。あんこも俺も。だけど俺は、そうしてくれもらえてとても嬉しかった。アイラブ天使たち!!

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