第242話 デートの旅~氷の女神~
あんこの周囲がやばい。
あのあんこが発したキラキラしてる綺麗なアレが俺の皮膚に触れると冷たさでヒャンッとなる。
......くらいならどれだけよかった事か。
冷たいっ! と感じた箇所がスパッと切れていた。
俺のやばい防御力を貫通して指を切っていたんだ。マジブチ切れあんこたんパネェ。
何がどうなってるのかわからないけど、綺麗な薔薇には棘がある状態で不用意に近付けなくなっている。冷静になった時に、無意識の内にお漏らししていた魔力で俺に怪我をさせたと知ったらきっとあの子は物凄く落ち込むと思う。
切った部分を糸で縫合しておいて、あんこが正気に戻るまでに気合いで傷を塞ごう。頑張れ俺の細胞。働け。死ぬ気で。
ポーションが効かないこの体質マジファック。
さて、間男の群れVS魔王&魔姫。
魔をつけたらあかんな。魔王&戦乙女。
なんか文字にすると違う気がする。
魔王&愛の女神。
これだな。いや違う。
愛の女神&狂った信徒。
うん、しっくり来た。
さぁ、神罰のお時間です。
会敵まであと五分も無いだろう。取り囲むような陣形を取ってる。先ずはあのクソ間男共の目的を看破してしまいましょうか。
私の特技その一、【
【狂信者の耳】とは!
併せて私の特技その二、【
【狂信者の目】とは! これまた
最後に私の特技その三、【
【狂信者の鼻】とは! 信仰を鼻に纏い、嗅覚を
......ちょっとだけ大袈裟に言ったけど、まぁうん。ただの部位強化です。
『いいか、俺らにはラース様が付いている。野良ドラゴン如き恐るるに足らん! 一年以上音沙汰の無かった黒龍と思しき反応、絶対に逃す訳にはいかない』
『あぁ、黒龍に故郷を焼かれ、その復讐の為に目撃情報のあったこの街にやってきたラース様の大願、やっと果たされるんだな!』
『たった一年でグラッドのギルドを掌握したラース様がいれば黒龍なんて怖くねーぜ』
色々と説明ありがとう。とりあえずアレか? 去年の俺らが龍さんに乗ってやってきたがこの事の発端なのか?
うちの龍さんとそこら辺の有象無象な黒トカゲを同一と考えてんじゃねぇよ!!
『あの人は怒れば怒るほど強いからな、宿敵を前にした時は......おぉ、考えるだけでも恐ろしいぜ。色んな意味で』
『だよなぁ......あの人、強くてカッコよくて優しいんだけど......怒ると......そこだけがもったいないんだよなぁ』
『あぁ、ある意味強さよりも恐ろしいな』
......ちょっと。なにその不穏な会話。怖いんですけど!!
話を聞いた限り、ラース様というヤツは野郎共の兄貴分的なポジションなんだろう。それも理想的な兄貴分。
そんなヤツがここまで言われるとなると......思い当たるのは一つしかない。
アレか、アレなのか。
や ら な い か ?
って事なのだろうか。あ、やばっ......腕が羽根を毟られて地肌が見えた鳥みたいになってる。
うん、不幸にも俺の予想が当たって、あんこの情操教育に良くなさそうな存在が来た場合は俺が音速で駆逐しよう。この世から......一つの細胞も残すことなく!!
鼓膜が嫌な音を立て始めたので、【狂信者の耳】を諦めて【狂信者の目】で間男共の姿を視察する。
ヤツらはなんか緑色でテカテカした鎧と触覚付きのフルフェイス兜で統一した気色の悪い集団だった。なんていうか......虫だ。
気持ち悪い外装の中身はきっと人だと思う。人だよね? 人であってくれ。
視界が赤く滲んできたのでそろそろ限界が近付いてきている。だが無理のしどころと認識して中身を確認。
......人、人? 、人、獣人、人......
うん、大体は人だ。
視界が赤くなったので急いで【狂信者の目】をオフる。よくわからない液体が目から出て止まらないけど無理してよかった。
この分ならあんこに任せても大丈夫でしょう。きっと。俺はフォローするだけでいい。
最後に【狂信者の鼻】を使ってボロボロになった俺のメンタルの回復を図る。
超絶強化されたマイ鼻で女神の芳醇でエレガントなかほりをクンカクンカさせていただきます。近寄れなくて普段から過剰摂取している俺の精神安定剤に触れないからね、仕方ないよね。
愛する女神様の匂いを胸いっぱいに吸い込もう。吸引も出来る女神。はぁはぁ......
「すぅぅぅぅ......エンッ!!!」
深呼吸するようにあんこの匂いを吸い込んだ俺は、そう叫んで鼻血を勢いよく噴出しながら倒れた。
一撃で俺をノックアウトするあんこの香り......なら、どれだけよかったか。刺激臭と腐敗臭と死臭とシュールほにゃららとドリアンと......まぁなんか臭い物オールスターな臭いだった。
さっきまでグルグル唸っていたあんこが、周囲に浮かべていたキラキラを消して俺に飛び込んできてくれたから、きっとこれは必要な犠牲だったんだろう......うふふふふ......
ブチ切れあんこは正気に戻り、物凄く顔を顰めている。どうやらあんこたんもこの異常な臭気に気付いたんだろう。
一瞬で宇宙服やダイバーが被るアレのような水球を顔面に取り付けていた。
嗅覚強化ダメゼッタイ。人間ベースのボディには人の何千倍の臭いには耐えられない。耳はノイズキャンセリングのおかげで耐えられたし、視覚情報は脳がアプデされていたおかげで耐えられた。
だがしかし!! 嗅覚はね、無理だよ。あんなもんどうやって鍛えればええねん。一吸いでキャパオーバーしてしまった。もう二度とやんない......
『ねぇ!! 大丈夫? ねぇっ!!』
めちゃくちゃ心配してくれている
『.........、アイツらか......!』
俺の体が暖かい水で覆われた。苦しくもないし、視界も聴覚も良好。あんこに包まれているような心地良さだけがある。
あんこが俺の為にブチ切れてくれているのが嬉しくて俺はその姿を見詰める事だけに集中した。
この事態になった大元の原因はアイツらが来た事なんだけど、俺が今こんなんになってる原因はただの自爆。この事は墓場まで持って行こうと思っている。目撃者がいるとすれば、あのモチモチ。それ故に帰った時にはモチモチを買収しなくてはならない。
「ガァァァァァッ!!」
証拠隠滅を考えている俺とは対照的に、ガチ切れしているあんこは今まで俺には見せることのなかったワイルドな一面を魅せた次の瞬間......
あんこの身体、その全身が光を帯びた
まるでフェンリルを思わせる白銀の毛並み、そこに混ざるハスキーの色合いが美しい光を帯びて輝く。
咆哮は周囲を全て凍らせ、森だったモノ、人だったモノ、生き物だったモノ......その全てが一瞬で白銀に輝くクリスタルと化した。
この場に残った生命反応は三つ。
女神と大天使とその他多数の尊いと言われるような存在全てを掛け合わせたモノよりも尊いあんこ様
その下僕兼信者
そして、ラース様と呼ばれていたヤツのクリスタル像だけだった。
何故ヤツは死んでいないのか?
ヤツの生命力があんこの予想以上だった?
いいえ、生かされているだけのようです。
なぜわかるのかって?
ハハッ......口と鼻だけクリスタルのような氷に覆われていないからだよ。
「......あ、この中でも声出せる。LCLみたいだな......あ、ねーねー、なんでアイツだけ生かしてあんの?」
『この臭いの元だったから!』
まだ怒りが残っているらしく、ちょっと語気が荒い。
「もう大分回復したから出してもらえる?」
『......嘘ついてない?』
「大丈夫、もう回復したよ。あんこを撫でたすぎて狂いそうだから出して」
『......うんっ!!』
俺を包んでいた温水が消えると突き刺さるような冷気が俺を襲ってきた。でも俺に飛びついてきたおっきいあんこの温もりでそんなん気にならなかった。
あはぁ、幸せだぁ......
あんこをもふもふしながら間男に向かい、耳の部分のクリスタルを解除してもらって話し掛けた。
「とりあえずお前なに? 正直に話せば拷問はしない。何故俺らを狙った?」
「殺せ」
「殺すよ。でも話せ」
「言うことはない。殺せ」
......チッ。片目に枝を突き刺してもう一度。冷たさで痛覚が無くても刺さった感覚はあるだろ。
「話せ、どんどん装飾が増えるぞ」
「......黒龍を殺す為」
「ンなもんこんな所にいねぇよ。で、お前は誰?」
「憤怒の魔王だ」
「......カメムシか、なるほどね。俺はもう聞きたい事聞けたよ、あんこはどうする?」
「がうっ!」
きっと俺の為にコイツを生かしておいてくれたんだろう。無慈悲な氷柱が四方八方からカメムシに突き刺さり、虚しい戦いは終わった。
俺の所為かもしれないけど、魔王なんていらないよね。黒トカゲに負ける程度の魔王なんてね。HAHAHA。
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