第225話 デートの旅~ゴミ掃除~

 朝が来た。


 嘘だ、寝すぎてそろそろ昼になる頃です。はい、寝坊しました。


 俺が寝すぎてお嬢様はどうしてるかなーと心配したけど、おっきくなって俺に覆いかぶさって寝ている。俺にとっての最高の抱き枕兼掛け布団になってくれているから起きられなかったんだね。永遠に眠れそう。


 おっちゃんには収納袋を渡してあるから、作った料理はきっとそこにぶち込んでくれてるだろうから心配はしてない。


 さて、起きて風呂入らなきゃ......でもなぁ......動けないっていうか、動きたくない。このまま二度寝したい。


「あんこちゃーん、どうする? このまま寝る? お風呂入る?」


 薄らと目を開けたお嬢様のあくびをしながらスリスリ攻撃が俺を襲う。気を抜いてたからね、仕方ないよね。


 クリティカルヒット! つうこんのいちげき!


 あ、おめめがパッチリ開いた。ん? おっけー、軽めにご飯食べてからお風呂入ろっか。懐かしいねー。




 ◇◇◇




 懐かしいと言ってもお湯はやっぱり血の池温泉が良いとは......まぁ俺も今更普通のお湯に浸かるのはアレだと思うからいいんだけどね。


「......ふふふ、そうだね。他の人と会うんだからオシャレにキメたいよね。あんこは素敵な女の子だ」


 ふわもこサラサラに仕上がった毛並みに満足そうなお嬢様が可愛い。リボンを付けて欲しいとおねだりしてきたのもグッド。


「よし、これで完璧だよ。よしよし......とっても可愛いよ!!」


「ふふんっ」


 あぁー......ここでドヤ顔しちゃうあんこたん可愛いっ!! ハイパーキュート!!


「俺は外に出たくなくなってるけど、あんこは外出に乗り気だ......時間はちょうどいいくらいか......おし、行こっか」


「わふっ」


 時間はちょうど正午、天気も良く、最高のお散歩日和。

 今日のウチのお姫様は、下半身をぶらーんとさせる抱っこを御所望。


「ご機嫌なあんこが尊くてヤバい......」


「わんっ」


 緩んだ俺を一喝するように鳴かれたので、顔を引き締めてから外に出た。その際に宿を延長するのは忘れなかった。




 ふんふんふーんと鼻歌が聞こえてくるくらいにご機嫌なあんこのお腹をこちょこちょしながら、ミステリアス商会へ向かって歩いていく。

 そんなあんこのウッキウキな麗しい御姿を見た王都の民達は、皆一様にデレッとした表情をしている。

 力を入れて畜ペンを王都民に広めたミステリアス商会のセンスは正直どうかしてると思うけど、あんこの可愛さと素晴らしさを広めた功績は認めてあげたい。


 ......うん、決めた。ミステリアス商会を援助しよう。

 俺の持ってる泡銭とか、ダンジョン産の適当なアイテムを寄付してグッズ開発に力を入れさせよう。昨日チラッと見えたあんこグッズは可愛かったし、ウチの子たちのグッズも作ってもらいたい。


「ねーねー、あんこは自分だけがグッズ作ってもらって有名になるのと、ウチの子たち全員が有名になるの......どっちが嬉しい?」


『みんな一緒がいい!』


「うんうん、やっぱりあんこは優しいね。じゃあミステリアス商会に着いたら、ウチの天使たち皆の可愛さをしっかりプレゼンしないとね」


『うんっ!!』


 うへへへへ......楽しみだなぁ......

 ミステリアス商会に作ってもらった天使たちのグッズを俺の寝室に飾る......いや、最近全然使っていないキャンピングカーの中をグッズまみれにする方がいいか?


 あぁー夢が拡がるぅぅぅ!! うし、俺の理想郷の中に俺だけの桃源郷趣味部屋を作ろう!!

 俺の扱いが雑になった日はそこに逃げ込んで引きこもってやるんだ!


「畜ペンを見た時はどうかと思ったけど、それにさえ目を瞑ればミステリアス商会は素晴らしいね。ふふふ」


「わんっ」


「おっ、そろそろ着くね......って、何か騒がしいなおい......」


「くぅーん......」


 ......チッ、どこの誰だか知らねぇが、ウッキウキだったあんこが悲しそうにしたぞ......許さねぇ......一族郎党根絶やしにしてやろうか......


「はっ!! ウチのエースが居ない今ならば、制圧するは余裕だと思った? 残念だったな、残っている私たちも結構戦えんだよっ!!」


 ......うん、何これ。

 あの子すっごい勇ましいなー。


 あと、従業員の女の子たちがすげー殺気立ってる......



 ......うん、とりあえずブチ切れてる女の子たちの中に飛び込む勇気は俺にはないから、ちょっと変装して観察しよう。やばそうならこっそり手助けすればいいよね。


「ギョー」


 俺は紫色の布を身に纏い、気配を薄くして野次馬に紛れ込んだ。

 しかし、この時の俺は気が付いていなかった......あんこの気配を消し忘れていた事を......




 ◇◆◇




 side~ミステリアス商会~


 それはシアンが目覚めた頃にやってきた。


 ソレは『本日臨時休業』と書かれた紙を扉に貼り、昼過ぎにやってくるシアンを全力で迎える為に、気合いを入れてメイクをしていた従業員一同の幸せな気分を一瞬にして吹き飛ばした。


「オラ出てこいや雌共! 俺らの来訪に怯えて店を閉めてんじゃねぇぞコラ!」


 ガンガンと乱暴に店の扉を叩く音と、聞きたいとも思わない汚い声が聞こえてきて、思わず顔を顰める女性たち。


「はぁ......シアン様の来訪に浮かれすぎていて忘れていました。侯爵という肩書きだけのゴミクズの存在を」


「さすがに侯爵を消すのはマズイと思って我慢していましたが、こんな事になるのなら我慢する必要が無かったですね」


「......リーダー、まだあの御方が来るまで時間はあります。急いでゴミを消せば、その痕跡まで消してもまだ間に合うかと」


「......わかりました。私たちの一世一代の晴れ舞台を邪魔するというのなら、この世に産まれてきたことを後悔するくらい徹底的に殺ってやりましょう。今すぐ準備しなさい」


「「「「はいっ!!」」」」


「じゃんけんに負けて良いポジションを取れなかった悔しさを、あのゴミクズにぶつけてやります!」


「はっ......それだ!」

「うふふふふ......」

「貴女にしてはいい事を言いますね」

「あの御方に会う為という最大の目標は果たせましたので、もう王都という場所に拘る必要はありませんものね......」


 良さげなポジションを勝ち取ったメンバーは、自らが着飾る為の準備の時間を邪魔された事に憤り、じゃんけんに負けて良いポジションを取れなかったメンバーは、その悔しさを晴らす為に気合いが入る。


 そして、誰よりもシアンの来訪を楽しみにしていた初期メンバーはと言うと......


「あの御方は昼頃に来ると仰いました。具体的な時間は言われておりませんが、正午には来て貰える可能性があります。

 猶予は凡そ二十分程度ですが、貴女たちなら問題ありませんよね。絶対に間に合わせて下さい......いいですね?」


 最早怒りで声を出せない初期メンバーたちは、リーダーの声に頷くだけだった。

 だが気合いは十分、初期メンバーの証である剣鉈を握り締め、店の外へと歩き出した。



「おうおうおう! どーした雌共、気合いの入った格好してんじゃねーか! 俺らをもてなす為におめかししてきたのか!?」


「ふふふ、レーナちゃんとアムちゃんは今日も可愛いですね。いいですか皆さん、あの二人以外は自由にしてもらって構いませんが、あの二人は傷付けずに私の所へ連れてきなさい」


「へいへい、わかりましたよ侯爵サマ」


 冒険者組、経営者組の妹枠であるレーナちゃんとアムちゃんに、並々ならぬ執着心を見せるローリ・ペドー侯爵。

 無限に金を生み出すミステリアス商会とこの二人を手に入れる為に自身の権力と金を無駄遣いするクソ野郎。

 通称ぺド侯爵。しかしヤツはロリぺドだけではなく、合法ロリでもイケる守備範囲の広さを誇っている。


「わかってるならよろしい。ヤれ」


「......はい」


 侯爵のような性癖を持つ者にとって、時間というのは最大の敵である。日々熟れていく肉体、人である限り逃れる事の出来ない成長期と性徴期。

 一分一秒も惜しい侯爵だったが、エースの不在を察知してからは絶対に失敗しないよう綿密に計画を練り、私兵、傭兵、他国の冒険者などについては......とにかく数を集めた。


 そしてようやく九割九分成功すると断言出来るまでに至る。


 数とは力、力とは数。


 力こそパワーだ! に通づる脳筋理論であるが、これは人である限りほぼ覆し難い事実である。

 人外の化け物でない限り、全ての攻撃を避けるのは不可能であり、攻撃が掠れば体は傷付き血が流れ、いつかは体力の限界がくる。


 この戦いが平時で......いや、一日だけでも前にズレていれば侯爵の企みは成功していただろう。



 しかし、時として人間は自身のポテンシャル以上の実力を発揮する事がある。


 精神論、根性論みたいな目に見えない部分の出来事なのだが、これは案外バカにできないのだ。

 火事場の馬鹿力、精神が肉体を凌駕すると言われる事があるように、モチベーションが高い時や士気が高い時は要注意となる。


 報酬は金と倒した女というただの雇われ兵VS晴れ舞台を邪魔され殺る気スイッチが連打されている殺戮マシーン集団


 これがただのVS女戦士であれば結果は違ったのだろうが......


『てめーは私を怒らせた』


 侯爵の敗因はこの一言に尽きる結果となり、予想以上に数を集めていた結果......正午までに終わらず、紫色の布を被った変質者が抱えていたハスキーを見てしまった彼女たちの怒りを増やす事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る