第213話 アイツが出た

 ――それは突然訪れた......



 悩み事が解決し、それから時は流れて夏になった。


 平和で穏やかな日々を過ごしていたシアン一家。

 標高がある程度ある山の中と思えない程暑い夏の日、この日もいつもと変わらず従魔ファーストな一日だった。


 夏と言えば海!! という事で、従魔たちと共に草野ダンジョンの海で一日中遊び、浜辺でバーベキューや花火を楽しみ、いい気分で帰宅した時に......それはやってきた。





『――おい貴様ら』


 隠蔽空間の中に居るのに聞こえてきた低くて不快な声に思わずイラッとしてしまう。

 余りにも不快な声色に、今日一日ずっと楽しそうに過ごしていた最愛の子どもたちの顔まで曇ってしまった。コイツが誰だか知らないけど、この子たちに不快感を抱かせたのなら俺の敵だ。


「......チッ......せっかく人が気分良く遊んできたのに......はーい、空気の読めないお客さんが来ちゃったから、俺はちょっとその対応しないといけないみたい......なるべく早く終わらせるから、君たちはその間にお風呂に入ってゆっくりしてて」


『『『......はーい』』』

『えー......』

『わかった』

「......キュウ」

「......メェー」

『行ってらっしゃい』


 この子たちにとっても楽しい一日だったからか、ワラビとヘカトンくん以外がとても嫌そうにしている。大丈夫......俺もすっごい嫌だから。


「......俺だって嫌だよ。でも、このまま放置してもいい事無いからね。あの気持ち悪い声を今後聞きたくないからサクッと終わらせてくるよ」


 可愛くグズる子どもたちを抱きしめてあやし、お家まで送る。早く終わらせるから待っててマジで。


 あぁ......終わりよければ全てよしって言うけど、逆パターンは本当にクソだわ。落差で耳がキーンとなりすぎて鼓膜がはち切れそう。


「......話しは通じなそうだけど、頑張ってこのクソの正体、目的、背後関係、本拠地を聞き出さないと......フフフフフ......」


 殺気が溢れそうになるのを必死に堪えながら、死刑が執行される事が確定しているクソ野郎の元へ向かった。




 ◇◆◇




「ようやく出てきたか......我を待たせるとはいい度胸だな羽虫」


 うわーお......いきなり何言ってんのコイツ。馬鹿なのかな?


「......夜にアポ無しで人ん家にやってくる礼儀知らずの為に、わざわざ時間を割いて出てきてやったんだから感謝するとこだぞゴキブリ野郎」


 全身真っ黒けで黒光りする衣装、アホ毛にも見えるような二本の触覚、肌っぽい部分も全て真っ黒な気持ち悪いヤツが宙に浮いていた。思わずゴキブリ野郎って言っちゃったのは仕方ないよね。HAHAHA。


「ふははははは! 羽虫がほざきよる......おい貴様喜べ、此処は良い土地だ。今日から我が此処を支配してやる故、即刻小賢しい隠蔽を解き出ていくがよい。そうすれば先程の不敬は赦してやる」


「............」


「どうした羽虫、喜びで言葉も出ないか? 我は寛大だからな。夜が開けるまでは待ってやろう......力で奪い取ってやってもいいが、此処が荒れるのを我は望まないのだ」


 ......危ない危ない。思わず細切れにしてしまう所だった。カッとなったらサクッと殺してしまいたくなるのは僕の悪い癖です。

 ふー......落ち着け俺。とりあえず鑑定してみようそうしよう。


 ▼ナイトメアコックローチ

 強欲の害虫と呼ばれるコックローチが進化した魔人▼


 ......うっわぁ......悪夢のゴキですか。そうですか。


 気持ち悪っっ!!

 もしかして、人化してるとか? 追い詰めたら「これが俺の真の姿だー」とか言って、ゴキに戻って高笑いするんでしょうか。

 コイツを放置してたら蝗害よろしくG害になって草も生えない荒れ地が完成したりすんのかなぁ......いやだなーこわいなー。


「............」


 ドン引きなんだけど、どうしようコレ。既に一匹見かけちゃったから少なくとも後二十九匹はいるんだよね......

 もちろんコレ、日本にいるゴキとは違って繁殖力やしぶとさも異世界クオリティなんだよな......俺にもテイムのスキルが備わってるからなんとなーく理解できてしまうけど、間違いなくコイツは他のGを大量に支配下に置いている。


 俺の理想郷をGに蹂躙されていいのか?


 否!! 断じて否だ!! そんなん許されるはずがない!!


 かの有名なお方は言いました。「汚物は消毒だ」......と。えぇ、理解出来ます。理解出来ますとも。コイツは生かしておいたらいけない存在だ。一刻も早く全滅させないと異世界が危ない。


「......あー、一応聞くね。俺が此処を出ていったらお前、此処をどうすんの? 綺麗に保ったまま住むのか?」


「はっ!! 我を散々待たせた挙句、言うに事欠いて捻り出した言葉はそれか。そんな訳あるはずが無かろう。我は強欲の魔王......欲しければ奪い取り、蹂躙し、食い荒らす。そしてそこに何も無くなったのならまた次の獲物を狙って奪い取るだけよ」


 ......な、なんだってーーー!?


「ま、まさか......そんな馬鹿な......魔王なんてもんが本当に存在する......だと......!?」


 不味い......非常に不味いぞ......最初はイヤイヤやっていたけど、途中でノリノリになってやってしまった黒歴史の魔王ムーブ......

 なんとなーく前世のノリでこんなモンかなーって思ってやっていたけど、まさか本物が出てきて正解を見せてくるとは......


 ......異世界だから俺とは感性が違って、魔王がいるモンだと思って生きてきたアラクネ達は、俺がやってしまった模範解答な魔王ムーブを見て何を思ったんだろうか。

 ちっちゃい子が勇者ごっこ(笑)をしているのを生暖かく見守る保護者な感じで俺を観察していたとかないよな!?


 それと多分だけど、他の種族もアレを観察していたよな。戦とかがあれば斥候やら密偵やらを放つのは常識だろう......と言う事は、アレが他国や他種族に広まっている......


 アハハハハハハハハハ......ハハ......ハ......


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい......

 現代ならSNSで神速で全世界に拡散されて詰むが、幸いにもここは異世界......そこまで拡散力は高くない......どうすれば......口封じ行脚の旅をしないとやばいか? それとも記憶を改竄させる術をどうにかして手に入れるか......人間と違ってヤツらは長生きだ......呑気に待っていたら千年は裏で笑われる羽目になるぞ......」


「我の正体を知って気でも狂ったか? 恐ろしいのは判るが、我の貴重な時間を無駄にする事は赦さぬぞ」


「どうする......このままほとぼりが冷めるまで他種族との出会いを完全にシャットアウトするか......? いや、でも偶には外に出て羽を伸ばしたいし、ハイエルフから聞いたアレがあるからどうしても来客はあるだろう......それに此処から移動すれなんて選択肢を取れば、最高の温泉を放棄する事になる......それと、ピノちゃんにあの子の生き甲斐になっている農園を捨てろなんて言えるはずもない......」


「貴様ァァ!! 何をブツブツ言っておるのだ!! 早う決めるのだ!! 素晴らしい土地を作った貴様に敬意を表し選択肢を与えてやったのだぞ!! これ以上我を待たせるのなら、いつも通り殺して奪い取るぞ!!」


「......草野にボスを生み出しまくってもらって、俺がそれをひたすら倒す......お目当てのドロップが出るまでボスマラソンすれば......不要なアイテムは全てポイントに還元しておけば......いけるか? 支出のバランスが悪ければ、俺の魔力で取り寄せたアイテムを還元したり、あの劇物を取り込ませてみたりすれば......」


「......ほう、我を無視するか羽虫よ......ならばよかろう!! 殺して奪い取るまでよ!! 来いッッ我が眷属共よ!!!」


「......うるっせぇなオイ!! 人が考え事している横でギャーギャー喚くな!! ......ってうわぁ何それ気持ち悪っ......人の、人の庭に土足で踏み込むな......その汚ぇ虫を退けろぉぉぉぉ!!!」


「ほざくな羽虫!! もう赦さぬ......今更命乞いしても遅からな......眷属共よ、あの愚か者を殺るのだ!!」


 こうして魔王VS魔王(仮)の戦いの幕が切って落とされた――

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