第207話 おしおきと惨劇その後
......食いすぎでごわす。
お餅パーティーの後、死屍累々となった我が子たちを見下ろしながらそう呟く。
お腹がもうね......ちっちゃい子のお腹をイカ腹とかいうのは知ってるけど、ワラビを除いた全員のお腹がイカめしになっている。
確かアレはもち米を詰めてるんだよね......うん、これはもうまさしくイカめしだ。パンパンに張ったお腹が可哀想だけど愛くるしい。
......撫でちゃダメだろうか。力加減を間違えたら大惨事になるのはわかりきっている。だがしかし、一流のケモナーには針の穴を通すようなモフりの力加減が求められるのではないだろうか。
そう......今の俺はテイマーとしての資質が試されているのだ。この子たちとの信頼関係が一瞬で崩れ去る危険性を孕む高難易度なクエスト......クエスト失敗条件は虹色の水溜まりの顕現、クエスト成功条件は苦しそうにする我が子たちを穏やかな眠りに就かせる事......
《このクエストを受注しますか?》
→YES
ㅤNO
こんなウインドウが幻視できるという事は、きっとそういう事なんだろう。えぇ。
もちろんYESだ。さぁ行こう......俺たちの冒険はこれからだ!!
◇◇◇
《クエストに失敗しました》
無念......無念である。痛恨の極みだ。
まさか目標に辿り着くまでにボス戦があるとは思わなかった。しかもこのボス戦、超絶静かに行わないといけないなんて聞いていない......
まさか初手フィールドボスの咆哮でクエスト失敗するとは思わなかったよ......くそぅ......
ワラビめ......桃源郷を目前にした我の前に立ちはだかるとは許さんぞぉぉぉ!!
なにが『これいじょうすすめるなと、おねえさまにいわれている』だよ!!
あんこの命令なら仕方ないけど、一応俺は君のマスターですよね? あれ? ただの保護者だったっけ?
まぁそんな些細な事はどうでもいい。俺が動けない我が子たちを獲物にすると思われていたのが問題だ......悲しいよぉ......
まさかワラビの初手咆哮が、天使たちへの警報だとは思わなかった......
以上、下半身を凍らされて動く事ができなくなった一歳児の嘆きでした。
ぐすん......
食べすぎて動けない愛しい子たちに不埒な事をしようとした事は反省しますので......どうかこの氷、溶かしてくれませんかね。
反省は物凄くしています。お嬢様方が無事に消化するまで大人しくしていますから、どうか......どうかご慈悲をっっ!!
あ、ダメっすか。はい。
◇◇◇
忘れてたよ。あんこの生み出す氷は、もう氷なんて物と同等に扱ってはいけない存在だって事を。
溶けるなんて有り得ないっすよね。砕かれなかった事を感謝しなければ。
イカめし状態からなんとか復活した我が子たちは、ワラビ運送サービスで屋敷へと運ばれていった。今頃はお布団の中か畳の上でゴロゴロしている事だろう。
あん氷自体は本気でどうにかしようとすれば出来ると思う。だけど、うちの子たちは色々と半端ないのだ。
強引にあん氷をどうにかしようとすると、きっと何かしらのイレギュラーが起こると思う。これは予想ではなく確信。
「......どうしよう。直立不動(強制)ってかなり辛いぞコレ。あん氷があまり冷たくないのはあんこの温情なんだろうね。これでこの氷が恐ろしく冷たかったりしたら多分俺は下半身を切り落とさなければならなくなっていたかもしれない......」
男としての死刑宣告を受けていたかもって事実に背筋が冷える。頭に浮かんだ残酷な想像を速攻で意識の外に追いやり、うちのお姫様から許されるのを直立したまま待つ事にした。
完全に無になり赦しを待つ。
そろそろ完全に日が沈む......という所まで来て、ようやく愚か者を救う為に天から遣わされた天使がやってきた。
あんこがこちらへと近付いて来たのを探知で確認し、無になった精神に感情が戻ってきた。
ピノちゃんの誕生日に氷のオブジェになった自分を恥じながら、マイプリンセスに謝罪。
あんこはしょうがないなぁって表情で深く溜め息を吐いた後、下半身の氷を解除してくれた。
「ごめんなさい。お腹を撫でたら消化が良くなるかなぁって思って......これからは色々自重します」
『触るのはいいけど、ダメな時はあるんだよ。そう言う時は触ったらダメなんだからね!!』
「ごもっともです。以後気をつけます」
可愛いお叱りを受けた後、抱っこを所望したお嬢様を抱きしめてピノちゃんたちの待つ屋敷へと戻り、誕生日パーティー夜の部を開催した。
誕生日プレゼントに地球産の植物の苗や種、肥料をプレゼント。めっちゃ喜んでくれたので嬉しかった。
またピノ農園の魔改造が進んでしまうけど、これはもう仕方のない事だろう。ヤバい光景になるよりも、最愛の我が子が幸せそうにしているのを見る方が嬉しい。
もう一つプレゼントを渡したいけど、そっちはまだ完成していないからお預け。出来上がったら渡すから待っててね!!
◆◇◆
side~謎の生き物たちと四カ国合同調査隊のその後~
「いやっ!! あの大きさを見たせいで頭から抜けていたけど、虫だから飛ぶわよね......気持ち悪い! 早い! しぶといっ!!」
木の上に避難していたおかげで地上の蹂躙には巻き込まれなかった彼女たちだったが、突き進んでいったコックローチ共の残りと戦っていた。
彼女たちが勝てた要因の一つは、残っているコックローチ共が食後であり、食い足りないと思っている個体が少数だったという事。
コックローチ共よりは戦闘能力の高い彼女たちだが、やはり人の域である。欲望に忠実で死を恐れない生き物による数の暴力には勝てない。
いち早くコックローチ共の襲撃に気付いて樹上に避難した事、コックローチ共の餌となる存在が大量にいた事、食事に満足していないコックローチが彼女たちがキャパオーバーにならない程度に収まった事、そして斬れ味がよく研ぐことなく斬れ味が復活する装備をしていた事など、数々の幸運が重なった結果だ。
生理的に受け付けない気持ち悪さによって精神力が削られ、ヤツら特有の謎のしぶとさにより体力は削られたが、謎の生き物たちのメンバー全員が大きな怪我も無く、コックローチ共によるスタンピードみたいな襲撃を乗り切った。
戦闘を終えて疲労困憊な彼女たちだが、まだ隠れているコックローチがいるかもしれないと警戒し、樹上で休憩を取る事にした。
「はぁ......はぁ......なんとかなりましたね......やはり私たちにはあの御方の御加護があるようです。この剣鉈が無ければ今頃私たちもあのコックローチ共の胃の中に収まっていたでしょう......」
「足を引っ張るしか脳が無い集団と思っていましたが、アレらも役に立つモノですね......それにしても、あぁ......やはりあの御方から頂いたこの武器は素晴らしいです......刃毀れひとつ無い......美しい......」
他の男なんてどうでもいいと思っているので、ポロッと本音が零れる。そんな話をしながら、自分たちの命を守った刃をうっとりとした表情で眺める彼女たち。
こうやってシアンの知らない所で狂信度が上がっていくのだった。
「はいはい、その話は安全の確保を満足のいくレベルにしてからよ! 今は休んで体力を回復させましょう。それからは樹から下りてまだ使えそうな物資の選別、生き残ったヤツらの確認、それと食べられそうな植物の確保です」
「......そうですね、すみません。私たちの目的はまだ達成出来ていませんもの」
気合いを入れ直した謎の生き物たちの面々は、体力の回復に努めていく。
コックローチによって多くの死者や行方不明者を出してしまった四カ国合同の調査隊......彼女たちはこの後、足を引っ張っていた軍が消えた事により、これ幸いと山を登っていくことになる。
優秀な冒険者や兵士は各々難を逃れ、襲撃の後には僅かだが残った生き残りと共に山を下りる選択をしていった。優秀だからこそコックローチ共の襲撃を生き残り、これから先もっと厳しくなるであろうこの山を登り続ける事を諦めたのだ。
コックローチの物量に押されて、樹上で休んでいた彼女たちとは場所がかなり離れてしまっていたので、彼等と彼女たちは再合流する事はなかった。
この時の生き残り達がお互い協力しあって無事に下山し、四カ国合同調査隊が壊滅したと国へ報告される事になる。
四カ国の実力者達による合同調査が失敗する事などないだろうとタカをくくっていた上層部が、混乱を極める事になるはもう少し後の事......
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