第206話 まったりの裏の惨劇

 らぶあんどぴーす。とてもいい言葉ですよね。愛と平和。まさしく今の俺の生活にぴったり。


 そうそう、ヒツジのしるこを迎えてから二週間経った今日......遂に、ピノちゃんが二歳になりました。


 大体六月くらいなのかな? 今は。

 ダンジョンに入った所為で曜日感覚が狂った。カレンダーの的なのをつけ忘れた俺がクソだった。ごめんねピノちゃん......


 ピノちゃんの誕生日は皆で餅つきをやった。ぺったんぺったんと餅をつく天使たちが可愛すぎた。しゅき。


 0歳児コンビにはお餅の成形を頼んだ。頼もしくて優しいお姉ちゃんたちが闇魔法や言葉を教えてるんだけど、まだ幼いからかあまり上手にできないみたい。そこらへんは可愛いからなんでもいいんだけど。


 とりあえず言える事は可愛いは大正義。微笑ましい光景は、いつ見ても何度見ても心が洗われる。

 それでお餅の成形だけど、ウイちゃんがこねこねして、仕上げはしるこが蹄スタンプを押す。鼻血が出そうになったよ。

 あんこも真似してにくきうスタンプを押すのもグッド。桃源郷はここにあった!!



 こねこね係はシスターズ、ぺったん係はブラザーズが担当。

 俺はアレよ。合いの手を入れながら餅を返す係。男は黙って餅を返すのさ。


 完成したら後は試食会。初期はピノちゃんだけだったけど、今は皆色んな食べ物に興味を持つようになっている。美味しそうに食べてくれてよかった。




 ......最終的にウイちゃんはアジを突き刺したお餅、しるこはレタスで巻いたお餅に落ち着いた訳だけど、ソレ本当に美味しいのかなぁ......アハハ。


 まぁ何はともあれ、ピノちゃん。誕生日おめでとう!!




 ◆◇◆




 side~四カ国合同調査部隊with謎の生き物たち~


「......この森は一体何なんだァァ!!」


 思った通りに進めずにフラストレーションが蓄積していき、悪辣な環境、悪意に満ちた動植物たちに囲まれ心をすり減らしていく烏合の衆共。


 過酷な環境での食物連鎖は人如きでは想像もつかない進化が付き物である。そして、そんな場所で起こる弱肉強食劇は、生温い人間の領域に住んでいる人には些か刺激が強すぎるようだ......

 時に人間を丸々一体難なく取り込んで消化する植物に襲われたり、歩いていただけの人間が急に溶けだしたり、怪我をしている子どもを介抱しようとしたら食われたり......


 頑張って索敵や警戒をしていても、思いもよらない方向から、思いもよらない方法でぶん殴られ、大分数が減った烏合の衆共。


 空気は最悪になっており、呑気にお餅で誕生日のパーティーを開いている一家との温度差だった。


「おいお前ら!! 集まった時に索敵が得意だから任せろとか大口叩いていたがヒデェ有様になってるぞオイ!!」


「あ゛ぁぁ!? 敵に突っ込むしか脳がねぇ猪野郎が調子ん乗ってんじゃねぇぞクソが!! お前らが大人しくしていれば被害はもっと少ねぇんだよ!!」


「静かにしろよお前ら......魔物が寄ってくるだろうが。喧嘩するのは勝手だが、俺らに迷惑をかけないように離れた場所でやって勝手に死ね」


 集められた冒険者共は、最早冒険者などとは言えぬ風貌になっている。山賊、盗賊といった呼び名の方がしっくりくる状態。



 そして、兵士共はというと......


「さて、この場所の脅威をしっかり把握していなかった貴様らの杜撰な作戦の所為で、我が国の軍がかなり損耗しました。この責任はどう取るおつもりでしょうか」


「貴方達の国はどんな教育をしているのですかね。アレが冒険者ですか......ただの蛮族ではないか。勝手に敵に突っ込んでいき、負傷して周囲に助けられる。あんなのが実力のある冒険者とは......」


「ハンッ!! 安全な場所で呑気にしているだけのお前らがそんな事を言っても誰も聞かないぞ。あんなヤツら程度の手網すら握れないお前らが一番迷惑だ。文官じゃねぇんだからさっさと前に出て体張ってこいよ」


 醜い言い争いをしていた。元々が敵だったので仕方ないのだろうが、敵地のど真ん中でやる事ではない。優秀な指揮官が一人でも居れば少しは違ったかもしれないが、特に優秀な人材はどの国も自国に留めていたからどうしようもない。


 それでも兵士、冒険者共に隠れた優秀な者はおり、そのような人材は既に自分達への被害をどう抑えようかと頭を働かせていた。



 ――そして、互いの不和がどうしようもなくなってきた瞬間......悪夢とも思える襲撃が彼らを襲ってきた。




「皆さん、リーダー......とても不味い事が起こりました......今すぐ高い木の上に避難してください。今からではもう他の人達に周知しても手遅れです。私はここで......こんな所で死にたくありません......死にたくなければ今すぐ避難を!!」


 謎の生き物たちの斥候が声を上げる。普段は冷静な彼女の何時になく切羽詰まった声色が、これから起きるであろう事がとてもヤバい事だと仲間に伝わる。


 あの御方シアンに会う為に......と、それだけを想ってここに来た彼女たちは、こんな所で有象無象と心中するわけにはいかない......なので周囲は切り捨て、即座に避難行動に移る。


「荷物や道具は必要最低限の物だけ確保! 急いで! もう時間が無いッ!!」


 欲張らずに本当に必要な物だけを瞬時に確保し、周りにある中でも特に高く、それでいて丈夫そうな木を目指して走った。

 こんな非常事態、全てを失いかねない事態に陥っても......彼女たちが最初に手に取ったのは、シアンから貰った剣鉈とマントだったのは流石と言うしかないだろう。



 周りの冒険者や兵士共は彼女たちの行動を見て、何してるんだお前らは......と、必死に動く様を見て嘲笑うが、生きるか死ぬかの瀬戸際でそんな事はどうでもいい。


 こうして彼女たちの避難は口でとやかく言われるだけで、直接的な邪魔はされずに二分ほどで完了した。


 女だけの集団との事で、実力はあるがナメられていて、寝ている時に夜這いを仕掛けてくる股間が本体な冒険者や兵士は数知れず。その事も彼女等に彼等を切り捨てるという判断を瞬時に選択させた要因であった。


 そして......避難が完了してから一分も掛からずに、悪夢が到着した――





「俺らと遊びたくないからってそんなに必死に逃げるなよ......傷付いちゃうだろ。おっ、これはお前らの下着か......色気はねぇがいい匂いじゃねぇか。おっと、勃っちまった」


 ギャハギャハと盛りのついたゴブリンのような笑い声を上げる冒険者共を、とても冷めた目で睨む謎の生き物たちの面々。

 冒険者共は自分達の挑発が効き、悔しさからそうなっていると思い、更に調子に乗るが......実際はこれから起こるであろう出来事に、未だ気付いてすらいない愚かなクズ共を冷めた目で見ていただけであった。


「ヒッ......アレはやばいわね......知らせてくれて助かったわ。相変わらず凄いわね......この子の斥候技術は。

 ......引っ込み思案な貴女があの御方に再会したとしても、声を掛ける勇気なんてないからって理由から身につけたストーキング能力。それをひたすら磨いていっての現在なのが悲しいんだけど......」


「いいじゃない......お話できなくても、あの御方を見る事が出来れば幸せなんだから」


「あ、ようやく煩いバカ共も敵の接近に気付いたみたいですよー。でも、今更気付いてももう遅いですね......さて、こちらも最大級の警戒をしますよ」


 逃げはしたが、ここが絶対に安全な場所とは限らない。彼女たちは下の愚か者共から、敵の襲撃へと即座に意識を切り替えた――




「お、おい......ヤバいぞ。敵だっ!! 敵が来たぞっ!! 敵襲っ!! 敵襲ゥゥゥ!!」


 見えてきた敵の姿に戦慄する冒険者や軍人達......


 平べったく真っ黒なボディに特徴的な二本の触角、普通なら闇に溶け込む姿だが、その体は月明かりを歪に反射する。その中には黒だけじゃなく茶色いボディのヤツも混じっているが、そんな事は些細な事だ。


 特徴のある独特な移動音は過酷な環境に適応してほとんど発せられる事は無く、しかし体躯はかなり肥大化している。


 驚異的な繁殖力と生命力、環境適応力を持つ世界で指折りの嫌われ者......



 そう、一匹見掛けたら三十匹は居ると思えと言われるG......コックローチの群れが、餌である人間に群がり始めたのだ。


「ギャァァァァ」

「無理無理無理無理っ!!」

「早すぎっ......避けんなよ害虫どもガッ......」

「お前らどうにかしr......」


 阿鼻叫喚......準備の出来ていなかった兵士や冒険者は、素早く動き、甲殻で剣を滑らせるG共に為す術なく蹂躙されていった。


 大型なモノは身体の一部......特に足や腕を優先して食いちぎり、動ける者の数を着実に減らしていく。

 小型のモノは大型によって倒れた者に群がり、傷口や穴から体内に侵入して内側から食い破っていく。


 倒された松明や魔法による攻撃で火が着く個体もいたが、そんな事では怯まずに自分の命が尽きるまで動き続け......冒険者や兵士共を蹂躙していった。

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