第195話 息抜きも大事

 湖畔でのんびりしていたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。

 目を開けると真っ暗、一切光が無い漆黒。


 真夜中になるまで寝てしまっていたのかと焦り飛び起きようとした所で、顔が何か柔らかい物で覆われていることに気付く。


「モガッモガガガ、モゴゴゴゴ」


 顔全体が覆われていて声が出せなかった。それでも呼吸は出来ていて、声は出せないけど息苦しさは全く無かった。肌触り、通気性ともに抜群。


 ふむ......これは爆睡していた俺が風邪を引かないように毛布か何かを掛けてくれていたと思ったが......違った。これ、皆が俺に纏わりついているだけだ。


 そしてこの感触......顔面に張り付いているのはツキミちゃんだな。俺くらいのレベルになると、肌で感じる事が出来るのだよ......

 顔にツキミちゃん、ローチェアはとっぱらわれていて......ベッドになってくれているのは大型あんこ。

 胸部分の掛け布団になってくれているのはモチモチ鳥で、腹巻きはウイちゃん、下半身を覆うのはワラビだ。俺、余命があと数秒と言われても悔いはないと思えるほど贅沢しているわ......



 起きるのはもったいない。この様子だと今、皆は寝ている。


 ならばどうするのが正解か......このまま二度寝だ。

 誰も傷付かず、全員がハッピーになれる選択肢だろう。それではおやすみなさい......




 ◇◇◇




 再び目が覚めると、今度は本当に真っ暗だったが、何も見えない訳ではなく月明かりが申し訳程度にある。


 もう先程までの温かさは無い。だけど背中に感じる温かさだけは先程までと変わらない。

 あんこ以外の子たちは別の場所に行ってしまっているけど、一人じゃないならいい。


「おはよ。あー、ごめんね......俺は気持ちよく寝れたけど、重くなかった?」


『大丈夫だよ! したかったからしただけだから!』


 俺にはもったいないくらいにいい子です。本当にありがとうございました。


「あんこが居てくれて俺は幸せだよ。今日この後寝る時も一緒に寝たいな」


『うん!』


「楽しみにしてるね。さ、ご飯にしよっか。遅くなってごめんね」


 寝すぎて遅くなった夕飯。

 その事を謝り、ご飯を食べながら自由行動をしていた時の事を聞いたり、食後のお風呂タイムでは念入りに体のケアをしてあげたりと......とても充実した夜を過ごした。


 寝る時はもちろんあんこをギュッとしながら。他の子も引っ付いてきて、全身に皆の温もりを感じるという幸福を味わいながら眠った。




 ◇◇◇




 相当なハイスペックボディを搭載する俺だけど、疲労とか心労とかの目に見えないパラメーターは存在している。

 変な儀式で変な物を喚び出してしまい、その対処に苦労したとか......懐かしい風景を見れて気持ちが緩んだとか......


 まぁ、なんかクる物があったんだろうね。それに、最高級と言う事すら烏滸がましい程の寝心地を、俺に提供してくれた皆のおかげと言うのが一番だと思う。


 とまぁ、変に言い訳をした訳ですが、端的に言うとガッツリ寝坊しました。寝すぎた感じがしたから慌てて時間を確認すると、まさかのお昼過ぎでございました。


「っべー......マジかよ......昨日から俺寝すぎてる......」


 皆お腹は空いているはずなのに、それでも俺に抱き着いたままで居てくれた。なんかもう涙腺がやばい......泣いてもいいですかね。


 急いでご飯を準備しなきゃと思う自分天使VSこのまま優しさに包まれていたいと思う自分悪魔が脳内でバーリトゥードの試合を繰り広げる。



 試合結果はドロー。天使は半分堕天し、悪魔は半分浄化されていた。

 なので、間をとって寝転がりながら食べられる物を用意しようとなった。


 早く帰りたいと言う思いもあるけど、たまにはのんびりするのも必要だよねぇと今度は悪魔サイドが圧勝。

 よし、今日は思い切ってオフにしよう。今からダンジョンの攻略をしようって気が湧かない。

 そんな事するくらいなら湖畔をプラプラ散策する方がいい。



 というわけで突発的に湖畔キャンプ延長!!




 延長を決めてからは皆が起きるのをただ待った。あんこを愛でながら。


 くりんくりんのお目目が見えないけど、目を閉じているお顔も美しい。可愛い。

 あんこ自慢のふわふわな毛も素晴らしい。いつまでも触っていられる。

 時に顔を埋め、時に全身を使って抱きつき、時に優しく撫でながら、目を覚ますまで待機した。ただただ幸せでした。



 時間が経つにつれてぽつぽつと動き出す子が増えていく。

 目が覚めた子から順にご飯を食べ、食後は思い思いの場所でだらけだす。

 初夏の気候が気持ちいいのか、俺にべったりなあんこ以外は外で寝っ転がる子が多かった。


「あんこは外に行かなくていいの?」


『ご主人が行くなら行く。行かないなら行かない』


「そっか......じゃあしばらくはこのまま二人っきりでゆっくりしよう」


 他の子たちは気を使って外に出てくれているのかな? 子どもたちが増えたから二人っきりの時間は減っちゃったもんね。


「じゃあここからは皆のお姉ちゃんのあんこではなく、俺の最愛の娘なあんこお嬢様だね。いつもありがとう」


『うん!!』


 ちっちゃくなってすりすりと体を擦り付けてくるあんこが可愛い。あの森にいた頃を思い出す。


「よしよし。落ち着いたら気合い入れてブラッシングしてあげるからねー」


 夕方頃までイチャイチャして過ごした。せっかくの湖畔キャンプなのに引きこもっていていいのか?


 いいに決まっている。あんことの幸せな時間に勝るものはこの世にはない。他の世にもない。


 俺との引きこもりタイムに満足したあんこは、散歩がしたいっておねだりしてきた。それも、俺が前に住んでいた場所のお散歩スタイルがいいと。



 首輪とリードをこの子に付けてもいいものなのだろうか......いや、ハーネスタイプ一択だな。

 服を着るのはあんま好きじゃなさそうだけど、俺の気持ち的に首輪は付けさせたくにゃい。


「あんこはどのサイズで散歩したいのかな?」


『このまま』


 子犬サイズですね。了解。


 なるべく負担にならなそうな物を選んでお取り寄せ。嫌がるかなーって思ったけど、すんなりと装着させてもらえた。

 色はあんこの瞳に近い群青を選択。


「苦しくない? 嫌な感じはしない?」


『大丈夫だよ! ご主人が住んでた場所だとこんなの付けてたんだね!』


 嫌がってなくてよかったぁぁぁ。


「そうそう。俺とあんこみたいに話せないし、体も強くない。周囲は日常的に鉄の塊がすごいスピードで走り回ってたりする世界だからストッパー的な役割のものなの。それと、わんこが他の人を怪我させたりするのを防ぐ為でもある......」


『えっ......そんな場所で暮らせるの?』


 大雑把に説明したけど、凄い世界だよねぇ......車がわからない人に車を説明するとなると、これしか言えない俺を許してくれ。


 それと、下手したら俺よりも賢いあんこに慣れすぎて基準がおかしくなってるけど、こちらの隙を見つけてはダッシュしだすわんことか、やたら好戦的なわんことか、噛みグセのあるわんこもいるよね。リードって大事だわ。

 目の前で愛犬が車に轢かれたら立ち直れないし、他人に怪我させたら事案だもの。


「おっと、待たせてごめんね。じゃあお散歩デートに行こっか」


『うん!! 楽しみ!!』


 現代わんこ式お散歩デート。なんとなくリードとかの意図を理解しているのか、俺の隣にぴったりくっついて歩くあんこ。

 自由度がかなり減ってるけど嫌じゃないのかな?


 ......あ、めっちゃしっぽが振れている。大丈夫そうだ。




 その後の俺たちはカワグチコをぐるっと一周、時間をかけてゆっくりと回った。


 途中でリードが付いている事を忘れたあんこが俺の周りをクルクルして俺の足を使用不能にされたり、テンションの上がったあんこがリードの限界に挑んで返り討ちにあったり......


 俺が一番感動したのは、半分を過ぎた辺りで進むのをイヤイヤしだした時だ。

 急にリードが引っ張られたので振り向くと、その場で踏ん張って進まないぞって意思表示しているあんこが可愛すぎて昇天しそうになった。

 首輪タイプにしておけば、顔にお肉が寄ってぶちゃ可愛くなるあんこが見れたのに......と少しだけ後悔したのは内緒。

 どうやら折り返し地点にきて散歩の終わりが見えて悲しくなったらしい。帰ってからもまたこのスタイルでのお散歩しようねって言って宥めた。


 あんこの意外な一面が見れた一日だった。残された皆もワラビに乗ってお散歩していたらしく、夕飯の時に楽しそうに報告してきた。


 俺としてはこのままフジ五湖を全制覇したい思いがあったけど、一日オフにしたおかげでヤル気と殺る気がマックスになった皆の姿を見て心の中に留める。


「じゃあ明日からまたよろしくね。それと、あんことの時間を作ってくれてありがとう。嬉しかったよ」


 やはり意図的に二人きりにしてくれていたようで、俺のその言葉に満足そうに頷く皆が印象的だった。

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