第194話 まったりとあの人達

 姿が見えなくなっても羊だったモノはまだ死んでいなかった。

 微生物くらいになった物凄く小さいモノが探知に引っかかっている。


「えーっと、素手での攻撃以外は効くようになったはず......まだ消滅まで時間が掛かりそうだし、今楽にしてやるよ」


 レーザーを撃ってトドメを刺すと、階段とドロップと宝箱が現れる。


 ドロップしたのは黒い羊毛、宝箱からは離脱石が出てきた。


 理由はわからないが、ドロップした羊毛が妙に俺の気を引いて仕方がない。目が離せなくなっているのでこの場で鑑定することに決めた。


 ▼豊穣の黒羊の幽幻毛

 この世とは別の位相に住まう羊の毛▼


 まぁ俺自体別の世界から来ていたり、物などを喚び寄せられたりするんだから、俺以外にも別の世界や別の位相から来れた生き物が居たりするんだろう。

 そしてやはりと言うかなんと言うか......人為的にソレらを喚び出せる方法もあるって事なんだね。


 どっかの馬鹿な国が勇者(笑)を召喚したりするんだろうか。そしてそれを実行する為に現地人五桁分位の魔力と、それなりにヤバい触媒とかが必要になる。

 使ったモノのレア度や儀式の質が関係しそうだし、人間がギリギリ手に入れられそうな物を思い浮かべれば、喚び出した勇者(笑)の質なんて推して知るべし。


 ......おっと、思考が逸れた。

 異界の羊の毛なんだとはわかったけど、なんでこの毛にここまで気を惹かれるんだろうか。

 よくわからないのでこのまま収納の住人になっていてもらおう。コレの事はとても気になるけどヤバそうってわかるから仕方ない。


 鑑定さんの強化を早くしないと。

 進化するのに必要なノルマはどれくらいなのか......やっぱアブナイ目薬を刺すしかないのかな......それをしたとしても進化確定とはならない現実が辛い。


「鑑定結果を見ても、それを信じられない世界とか......優しさが足りてないわなぁ......」


 ふぅ......次に進もう。皆を起こしてこないと。


 隔離されてすやっすやな子どもたちを起こして96階層へと進んだ。




 ◇◇◇




 96階層に下りた俺は、目に飛び込んできた懐かしい風景に呆然とする。


 FUJIYAMA


 前までの階層とのギャップが酷い。ホラゲーな雰囲気から急に変わりすぎ。


 親の顔並みに見慣れたあの山が目に飛び込んできた。

 でもこれさ、普通はラスボスステージに置くものじゃないの?


 まだ96階層だよ。次の階層がどんな物になるのか見当も付かない。


 まぁいい、今日は富士山の麓でキャンプしよう。いつかやりたいなと思っていたけど叶わずに終わってしまった富士五湖キャンプ。


 配置とかは適当だけどちゃんと湖が五個あるし、樹海もある。

 ありがとうダンマス。少しだけ見直したよ。


 窮屈な思いをしていたウチの子たちは、動き回りたいのかソワソワしていて可愛い。


「動きたいなら好きに動いていいけど怪我はしないでね。それと、今日はあの湖の近くで一泊するから満足したらあの湖に集合ね」


 行ってらっしゃいと言うと、走り出すあんことワラビ。飛んでいくツキミちゃんとダイフク。

 ウイちゃんはあんこの背中に乗っているから、あの子の安全は心配しなくてよさそう。



 じゃあ俺も行こうかな。キャンプ予定地の付近だけゴミ掃除しておけばいいよね。


 出てくるモンスターや隠れているモンスターを間引きながら目的地へ進むと、軽く揺れる水面が綺麗な湖に到着。

 湖のほとりに立ててあった看板には『フジヤマ』、『カワグチコ』とカタカナで書かれている。水面に映る見事な逆さ富士も見れた。こっちに来る前にも行きたかったなぁ。

 アレはフジヤマであり富士山では無い。この湖もカワグチコであり河口湖では無いと立て看板の下の方に書いてあった。なるほど。


 テントをちゃちゃっと張り、湖とフジヤマを眺めながらコーヒーを飲む。

 この中にも四季があるのかわからないけど、周囲の景色は外と同じ様な初夏の様子。秋頃にここへ来ていれば紅葉が見れたのかな?

 ここに自由に来れる権利が貰えるのならダンジョンマスターは生かしておいてやろう。


 あぁ落ち着く......


 あっちに戻りたいとは言わないし思わないけど、慣れ親しんだ環境や景色だけはいつまで経っても忘れられなさそう。


 皆にも日本風な物を大好きになってもらいたいけど......どうなるだろうか。


 さり気なくジャパニーズ風味のモノを拠点に増やしていこう。いつの間にか生活に浸透していて、無くなると落ち着かなくなっていたってのが理想。



 あー、いいわぁ。

 赤く染まっていくフジヤマが綺麗だ。コーヒーを飲みながらただただ時間が過ぎていくのを見守るだけ。


 すっごい贅沢な時間の使い方。一緒に行動をするのもいいけどこうやって遊びに行った子の帰りを待つのも素晴らしい......



 今日のご飯どうしよ......動きたくなくなっちゃった。




 ◆◆◆




 side~???~


「皆の者!! 今日この場に集まってくれた事を我は嬉しく思う!!

 我々は今まで無駄な小競り合いを続けてきたが、厄介な教国が亡くなり背後の心配をする必要が無くなった。上層部の話し合いで共に人族の繁栄の為に手を取り合い、脅威の排除をしようではないかと言う結論に至った。

 その第一陣として、皇国、帝国、王国、共和国の四国合同で分断する山脈の合同調査を行う。今まで争ってきた相手といきなり組む事になり思う所もあると思うが、争いの少ない世にする為に協力してほしい」


「「「「オォォォォォォォ!!!」」」」


「「おぉぉ......」」


「「............」」


 モチベーションの高いグループ、渋々といった様子のグループ、納得のいっていないグループ、金の為に着いてきたグループなどの決して一筋縄とはいかない集団だが一応は纏まっている。


 寄せ集め集団だが今の所は上手く機能し、全体的にモチベーションは高い。

 これらが今後、シアンがイライラしたあの環境に耐えうる精神力を見せられるだろうが。


「では、これより進軍を開始する!!」


 こうして、四カ国合同での大規模な捜査が始まった。




 ◆◆◆




 side~???~


「この近辺であの魔力がはなたれたのだと思うのだけれど......それらしい痕跡も、そのような生物がいたような様子も見受けられませんね。

 ねぇ、あなた達は何か手掛かりを見つけられましたか?」


「いえ、全く見つかりません。あのような異常な魔力を完璧に隠蔽するのは不可能かと思うのですが......」


「おかしいですよね。あれほどの魔力を持った相手ならば移動するだけでわかるのですが......いつ此処へやってきたのか、いつ移動したのか......それすらも全くわからないのはおかしいです」


「もう帰った方がよろしいのではないでしょうか。もし今化け物が現れたのなら此方の戦力では対処できません。あれから大分時間が経ちましたが、何一つ原因がわからず、あれ以降何も無いのです。

 もう此方への被害を心配する必要はないのではありませんか?」


「そう......そうですよね。意地を張りすぎていました。申し訳ありません。

 里に帰ります。わざわざ虎の尾を踏みにいく必要は無いでしょう」


「では皆を集めて参ります。少々お待ちください」


 あの一件が起きてからすぐに準備を始め、春になってから即原因調査に赴いた。相手に察知されぬよう慎重に行動し、ようやくその近辺にまで到達し一週間ほどが経過していた。


「はぁ......少し神経質になりすぎていたのでしょうか。私が長になってから、あの時ように里の皆が恐慌状態になる事は一度も無かったのですから仕方ないのですけど......あら、戻ってきたようですね」


「長、大変です!! 探索にあたっていた中の一グループの行方がわかりません。連絡も取れません」


「私達ハイエルフの種族限定の固有スキルは試しましたか? アレならば念話など比にならない精度がありますよ。全く......貴女はいつまで経ってもそそっかしいですね」


 ハイエルフ固有のスキルである【テレパシー】を持ち、同じ里に住む者限定だが数十キロ離れていてもラグ無く意思疎通のできるスキル。それに加えて強力な魔法を操れるので、この世界では殆ど無敵と言ってもいい種族。


「使いました」


「......は?」


「既に使いました。ここに戻ってくるまで、何度も......今でも使っています」


「......その者達が何処で消息を絶ったかはわかりますか?」


「この辺りを探索していたと思われます」


 地図を広げ、消えたと思われる位置を伝える。


「すぐ近くではないですか!! それでも私達に一切感知されずに存在を消させるとは......ダメですね、残念ですが即座に撤退し、里は放棄します。貴女は里に残っている者に、里を放棄する事を伝えなさい」


 未知の存在が此処にいる。


 固有スキルを持っているハイエルフを相手に、それすらも使わせず、更にはこちらに一切気付かせずに存在を消す相手に打つ手など無いと上位種であるプライドをかなぐり捨て、即座に撤退、里の放棄を選んだ長。



 シアンが拠点に帰ってこの事を知った時、ハイエルフに対する評価が上がり、迷い込んでしまった哀れなハイエルフは無事に長の元へと返されるのであった。

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