第179話 釣果

 えっ......何これヒキ強っ!?


「これ、小魚じゃねぇ。中型の魚くらいのヒキだ」


 釣りしている間に成長したのか......それとも、新しくポップしたのか。

 釣りを始める前にしか探知をしていなかったのが裏目に出てしまった。この子の反応は釣りの前は無かったと思うのに。



 まぁいい......そんな事よりもまずはこれを言うのが様式美だ。


「フィィィィィッッッシュ!!」


 釣れた時の掛け声といえばこれだよね。


 あ、小魚用の穴のままじゃ釣り上げるのは無理だ。氷にぶつかって赤い染みになってまう。

 天使たちには突然奇声を発したようにしか見えないのだろう......白い目で見られたけど、これくらいでへこたれる俺じゃねぇ。


「なんかおっきいの釣れたから穴を大きくするよ。ちょっと離れてて」


 穴を広げてから一気に引き上げる。抵抗の仕方が魚とは全く違う。ビチビチしている感じがしない。


「釣り上げた後はいきなり攻撃とかしないでね。なんかコレ、魚じゃない感じがするから」


 何が出るかなー何が出るかなーそれはサイコロ任せよ♪


「ぃよいっっっっしょぉぉぉぉぉぉ!」


 バシャッという音と共に水中から姿を現した丸っこい灰色の物体が、水をたっぷり含んだタオルのように、ベショッと重たそうな音を立てて地面に落ちてきた。


 ふむふむ......背中側は濃い灰色、腹側は淡い灰色、そしてあまり多くないけど斑模様がある部分もある。

 そいつの顔は小さめ。そして目は真っ黒。大きくてクリックリだ。



 うん......釣れたのは、めっちゃ可愛い小柄なアザラシでした。


 何これぇぇぇ......可愛いよぉぉぉぉ!!

 ダメッ......アタイにこの子は殺せない......


「うぉぉぉぉぉ針がお口にガッツリ刺さってるぅぅぅ!! ごめんねぇぇぇぇ!! そうだ......こ、これ飲んで!! お口の怪我をまず治そうか!!」


 いきなりの大声にビクッとしたアザラシだったけど、構わずに近寄り針を抜いて最上級のポーションを飲ませる。味は......まずかったらごめんよ。



 きっちりお口が治ったら、さっき君が食いついたアジをたっぷりあげるからね!!


「誰かぁ......この子と話できる? 話ができたら痛い所が無いかと、お腹が空いてないか聞いてほしいんだけど」


 俺がそう言うとワラビが動き出す。いい子だなぁ。


『ハナシ、スル』


「よろしく頼むよ。もしお腹が空いてるなら一緒にご飯食べようって伝えておいて」


 この隙に、アザラシを鑑定。


 ▼ウェデルフォーバス

 音波を操るアザラシの幼体▼


 音波......エコーロケーションとかいうヤツか。シャチとかイルカが使うヤツ。

 フォーバスって何だろう......アザラシでいいのかな?



 ......見た目アザラシだからアザラシでいいよね。可愛いよねアザラシ。エコーロケーションってアザラシも使えるんだねぇ。


 あのアザラシの食いついたエサはアジの切り身。どんなのが好みなのかわからないから、とりあえず切った物と丸のままの二種類用意しておこう。


 それと、皆を待たせちゃったからワカサギっぽいのをサクサク調理していこう。


 大量にある小魚の下処理なんて面倒な事、本当はしたくないけど......そのまま揚げてワタや胃の中に収まった餌ごと食うなんて、俺には耐えられない。


 幸い俺にはチートがあるからこんな細かい作業もお手の物。器用さに極振りなアレを使って中の具だけを綺麗に取り除く。


 一匹処理するのに約一秒、指は十本あるので一秒に十匹。楽勝楽勝ゥ......フハハハハハハッ!!


 あ、そうだ。これ聞いておかないと。俺の側で魚の処理を眺めているあんこに話しかける。


「ねぇねぇあんこちゃん。俺があのアザラシをウチにお迎えしたいって言ったらどう思う?」


『私はいいと思うよ。ツキミとダイフクがどうなのか聞いてくるね』


 よかったぁ......拒否されたら生物がほとんど居なくなったこのフロアにアザラシを放流しないといけなくなっていた。ダンジョンで産まれたモンスターでも外に連れて行けるのはピノちゃんが証明してくれているから問題無し。

 後はあんこの長女特権で、ツキミちゃんとダイフクを丸め込んでおくれ。


 そんな事を考えながらも調理を進めていく。一分もかからずに全ての魚の下処理を終わらせ、魚に衣を付けて、油に投入。


 油は収納しておけばアッツアツのままだし、しまう前に濾しておけば取り出してすぐに使用できる。


 暇な時に新しい油を熱してしまっておこう。これは皆が寝静まった後にこっそり串揚げとかしようと残しておいた油。今回は時短のために使わせてもらいます。


 お、ワラビとアザラシが戻ってきた。背中に乗せてあげてる。とっても心温まる光景だ。

 ほんの少し前までハイテンションでヘッドショットを決めまくっていたヤツと同じ生き物とは思えないわ。

 ハンドルを握ったら人格が豹変するような人と同じ種類なんだろう。


 さ、後はこのワカサギっぽいのをカラッと揚げて塩を振るだけだ。



「揚げながらでごめんね。その子の話を聞いてみてどうなった?」


『イタイノ、ナオッタ。ゴハン、タベタイ、イッテル』


「了解。あ、そうだ。俺の言葉は理解できてるか聞いてみて」


『ワカッタ』


 そう言うとワラビはアザラシと話し出した。でも何故だろう。ワラビの声は全然聞こえない。

 俺はまだワラビの鳴き声を聞いたことがない。


 アザラシはなかなか可愛くキュイキュイ鳴いているが、電子音っぽい音が混ざったような鳴き声になっている。きっとこの特徴的な音がエコーロケーションに必要なんだろうね。本当の所はよくわからないけど。


 あ、終わったらしい。そして丁度よくあんこたちも戻ってきた。誰も険しいお顔をしていないから、説得は上手くいったんだろう。


『ワカラナイ、イッテル。デモ、コチラガ、イウコト、リカイシテル』


 俺の言葉はわからないけど、ウチの子たちを通せば意思疎通が可能......って事だよね。なら問題は無いな。


「じゃあ通訳は皆に任せるから、俺が伝えてほしいと言った事はその子に教えてあげてね。痛い思いをさせてごめんねって事と、これを好きなだけ食べていいよと伝えて」


『ワカッタ』


 そう言ってからアジ本体と切り身の盛り合わせを渡す。ほら、ターンとお食べ。


 丸のままでも切り身でもどちらでもよかったらしく、アジを貪り食べるアザラシきゅん。


 めっちゃいい食べっぷりにこちらも食欲を刺激されたので、先にお食事をする事に。


「はいおやつですよー。皆が釣ったお魚の天ぷら。熱いから気をつけてね」


 言うやいなや天ぷらに飛びつく天使たち。こちらもいい食べっぷり。


 本当にお魚が好きなんだねぇ。気に入った物ばっかり食べて、他の物に目もくれていなかった頃がもう遠い昔の事のように思えるよ。


「あっ、うまっ。ワカサギっぽいけどシシャモのような味もする......なんだコレ」


 ワカャモ(仮)、ここにいるヤツら全部捕まえてくるわ。皆はそのままお食事を続けてていいよ。


 先程あけた大穴から糸で作った網を入れ、生体反応が無くなるまで捕り続けた。ここはダンジョンだから全て捕っても何も問題は無い。フハハハハハハッ!!




 思いがけず美味しい物に出会ってしまった所為でテンションが壊れてしまったが、そのおかげで食卓に数回並べられる分は手に入った。


 変なテンションを継続したまま皆の元に戻ると、おやつを全て食べ終えた皆はワラビを枕にして寛いでいた。


 くっ......羨ましい。


 アザラシはキュウキュウ声を出しながら寝ているので、アザラシを起こさないように報告を聞く。


 ツキミちゃんもダイフクもアザラシ家族計画に賛成してくれるそうだ。暑いのが苦手な事についてはあんこが頑張るといい、通訳は必要な時に手が空いてる子が頑張るそうだ。


 アザラシの性別はメスで、美味しそうなお魚に飛びついたら俺に釣り上げられていたらしい。

 これでウチの子たちはオス3、メス3、中性1。骨喰さんを含めてもオスメス1ずつ追加に無機物1。そして牛多数。


 ふふふ......あんこと俺だけだった頃からは考えられない大所帯になったな。でも、なんかアレだわ。この場にいるべき子が足りない。



「うん、さっさとダンジョン攻略を終わらせよう。ピノちゃんとヘカトンくんがいないのは物足りない」


 そう告げてからあんことアザラシを抱きあげ、次の階層に繋がる階段へ向けて歩き出す。

 両肩にも重みが加わり、ワラビが俺の前を歩き出した。


 それからは何事もなく階段に辿り着き、下の階層へ下りた。次の階からもバカンスに向きそうなフロアでは無かったので、網を使って海の生物の虐殺と、ドロップの乱獲をしながら進んで行く。


 探知が使える俺に隠してある階段など無意味。移動速度も早めたので夕方になる前に海フロアの終わりとなる50階層へ到着した。


ㅤ面倒な事が多かったからウチの子たちのフラストレーションが溜まっているかもね。覚悟しておけボス野郎!!

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