第172話 お姫様生誕祭
春がきた。
こっちに飛ばされてから、春と思われる期間はずっとあの森に籠っていた。
春のポカポカな陽気の下、あんこを抱っこしながらお昼寝という願望が、ようやく叶えられそうで嬉しい。
さて、俺の異世界での一歳の誕生日はひっそりと過ぎ去ったという話はどうでもいい。
今日は俺のバースデーの翌日。
即ち本日......マイエンジェルあんこが初めての誕生日(仮説)を迎えたのですよ!! 皆拍手!!
ㅤお祝いにスパチャ投げまくれやオラァ!!
ふぅ、落ち着け俺......先ずはあんこの年齢が加算されているのかを確認しなくてはならんだろ。
目が覚めた俺の顔の横で、すやすやと眠っているあんこのステータスをこっそり覗く......
予想通り、あんこの年齢の欄が一歳に変化していた。
ㅤ決まりだ。四月二日はもちろんの事、偉大なるお姫様の誕生日の前後半年は全て祝日にせなあかんな(使命感)。
興奮して叫びそうになるが、アダマンタイトよりも硬い意思でソレを抑え込む。
ㅤのっぴきならない理由がない限り、すやすやな眠り姫を自然なお目覚め以外で起こしてはならない。それは一族郎党根絶やしにされても文句は言えない程の大罪である。
なので今は大人しく寝ているこの子を愛でる事に集中する。既に何回か大罪を犯しているかもしれないけど、気にしたら負けだ。
俺が定めた法だからかなりガバい。証拠不十分により無罪。
ㅤそんな事より寝顔可愛いなぁ......
「お誕生日おめでとう。産まれてきてくれてありがとう」
シアンの半分はあんこでできています。残りの半分は煩悩。
◇◇◇
煩悩に負けないよう心を無にしながら撫でていると、ついにお姫様がお目覚め。
この世の宝石のどれもが霞んでしまうほどの美しさを持つお姫様の円なおめめがゆっくりと見えてくる。
「おはよう。お誕生日おめでとう」
寝起きでふわふわしているあんこが、おはようの挨拶代わりのお口ぺろぺろをしてくれた。幸せ。
他の子たちはまだ寝ているので、俺とあんこだけの時間はまだ続く。イチャイチャしていると、意識のハッキリしたあんこから可愛い質問が飛んできた。
『ねぇねぇ、お誕生日ってなに?』
そうだねー。わからないよねー。
「あんこが産まれた日の事だよ。産まれてきてくれてた事への感謝と、無事に一年過ごせた事を家族や友達と一緒にお祝いする日だよ」
いざ説明するとなると難しい。こんなんでいいのかな?
『わたしが産まれたのが嬉しいの?』
「そりゃあ嬉しいよ。だって俺はあんこが大好きだから。
あんこもわかるはずだよ......ピノちゃんがもし産まれていなかったら今現在一緒に居れてないし、無事じゃなくても一緒に居れてないわけだし。
これはツキミちゃんもダイフクもヘカトンくんもワラビも......今俺たちと一緒に居る皆に言える事だよ」
ピノちゃんの生の中で、命の危機に瀕した最大の瞬間は多分俺たちだけど、そこは華麗にスルーするのが大人のやり方だ。
『あっ......』
何に対しての「あっ......」なんだろう。
ピノちゃんを殺しかけた事を思い出しての「あっ......」なのか、俺の話を理解しての「あっ......」なのか。
......うん、きっと俺が言いたい事を理解してくれて出たものだろう。
「だから産まれてきてくれてありがとう、無事に一年過ごせたねって意味を込めてお祝いする日がお誕生日。今日はいっぱいお祝いするからね」
『うん!』
感極まったのかサイズが大きくなり、しっぽをブンブンしながら俺を押し倒すあんこ。
顔面に降り注ぐキスとぺろぺろの嵐と全身を包み込んでホールドするもふもふ。
コレ......わんこ版のだいしゅきホールドなのかな。
一日遅れの俺への誕生日プレゼントですねコレ。もういつ死んでもいいわ......
......ふぅ、朝から刺激が強すぎたぜ。
他の子たちはまだ起きそうにないので、興奮から冷めたあんこを抱っこして二人だけで先に朝ごはん。
一年経ってもまだ使ってくれているミルク皿にハチミツを混ぜたミルクを注ぐと、嬉しそうにぺろぺろしだした。
キャンピングカーの中にあるあんこ用のスペースには、最初の頃に寝床として使っていた籠が大事に保管されている。
ㅤミルク皿だけじゃなく、その中にはヒヨコのおもちゃやブランケットも入っていて、とても大事にしてくれているのがわかって嬉しい。
本当......とてもいい子に成長してくれた。あの時に森を出る決断をしたのは正解だったようだ。
溶けるチーズを乗せた目玉焼きトーストを食いながら、愛娘との思い出を振り返る幸せな一時。
俺らが朝食を食べ終わる頃になって、ようやく皆が起きてきた。
まだ眠そうな皆に走り寄り、お誕生日の事を説明しているであろうあんこが可愛すぎてやばい。何を話してるのかわからないのが悲しいけど、皆があんこを祝福している光景が尊すぎてどうでもいい。
写真を一枚パシャリ。またアルバムが潤ってしまった。
食後のコーヒーを飲みながら娘たちを見守っていると、ピノちゃんが俺の肩に乗ってきて耳打ちをしてきた。
『昨日急に手伝わされたアレは、今日の為だったの?』
「Exactly」
『ありがとう。手伝わせてくれて』
「ふふふ......ピノちゃんはお姉ちゃん子だねー。こちらこそ手伝ってくれてありがとう」
俺の企みがバレた事が恥ずかしくなり、シスコンなピノちゃんを揶揄う。耳を噛まれたけど悔いはない。
「ピノちゃんのお誕生日もしっかりとお祝いするから覚悟しててね」
『別にそんなのやらなくていいよ』
「ダメー」
ピノちゃんの頭に手を置いて撫でた。照れてるピノちゃんマジキュート。
「ツキミちゃんもダイフクも、ヘカトンくんやワラビもしっかりお祝いするんだから諦めなさい。ピノちゃんもやらないと、他の子が遠慮しちゃうよ」
『......わかった』
「よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」
空気を変えようと撫でまくっていたら、シャァァァァってされてしまった。
◇◇◇
朝食後は、夜になるまで二人でいた頃にやっていた遊びを皆でやった。
鬼ごっこやかくれんぼ、ボール投げ......それと水遊び。
まだ雪の残る山の中での水遊びは拷問なので、水の色に目を瞑って温泉で行った。
懐かしいなぁ......って感想ばっかり出てくる。
俺の水浴びの為に頑張って水を出してくれたり、新しい水の使い方を覚えた時の喜ぶ姿とか......ダメだ。なんか知らんが目から水魔法が......
楽しい時間はあっという間にすぎて夜になった。あんこたちと遊びながらも、隙を見て糸と千里眼を使って遠隔で飾り付けをしたキャンピングカーに戻る。
初めての誕生日パーティー。
ㅤ飾り付けされたお部屋を見て、テンションが爆上がりするあんことピノちゃんたち。
「料理を用意してくるから、ちょっとだけ待っててね」
用意すると言っても、収納から出すだけなんだけどね。でも、ほら......演出って大事だと思わない?
誕生日のケーキは暗い部屋で蝋燭を吹き消すのが王道ってもんよ。
さすがに一本だけ蝋燭が刺さったケーキは味気ないから、家族の人数分、七本の蝋燭を刺す。
部屋の電気を消して、いざ入室。
「はっぴばーすでーとぅーゆー♪」
急に暗くなってびっくりしていた皆が一斉にこっちを向いた。可愛い。
暗くてもよく見える俺の目......ありがとう。
あんこの前に歌いながらケーキを置く。俺お手製の餡子ケーキ。抹茶味のスポンジに生クリと餡子がもりもり入っている。
ちなみにフルーツは入っていない。鳥肌を立たせながらカットしたフルーツ盛りをケーキの横に置く。
「はっぴばーすでーでぃああんこー......はっぴばーすでーとぅーゆー♪」
最後に拍手すると、皆一斉に鳴き声を発してくれた。
しっぽフリフリなあんこを抱っこして、蝋燭に息を吹きかけやすい位置に持っていく。
「そのままフーってして蝋燭の火を消して」
どうすればいいかを理解したあんこが、一本ずつフーフーして火を消していった。一気に消さないところも可愛い。
糸を使って部屋の電気を付け、抱っこした状態のままケーキ入刀。
初めての共同作業のように、一緒にケーキナイフを握りながら切り分けていく。ここは俺の欲望が詰まったアドリブ。
ケーキを切り分けたらお誕生日会っぽい料理を並べていき、はしゃぐ皆と料理とケーキを楽しんだ。
そろそろ皆がお腹いっぱいになりそうな所で、一度皆に食事を中断させてあんこに誕生日プレゼントを渡す。
「俺からの贈り物。ほら、リボンを解いて中を見てみて。気に入らなかったらごめんね」
言われた通りに口と手で器用にリボンを解いていくあんこ。面倒くさい作業をさせてごめんね。
包装を解いたあんこは中身を見て驚いた顔をする。中の匂いを遮断する効果が付与された箱を頑張って用意した甲斐があった。
中に入っていた物を一度クンクンしてから、大胆にガブッといった。
『おいしー!!』
プレゼントしたのは、魔力で旨味が凝縮された牛の腿肉で作ったビーフジャーキーもどき。
もどきって言ったのは、俺がジャーキーの正確な作り方がわからない所為。
めっちゃ張り切ってたんだけど、素人がうろ覚えで頑張った程度でビーフジャーキーが作れるなんてこの世は甘くない。
所詮素人クオリティでしかなかった。
しかし調理の未熟さは牛自体の旨さがカバーしてくれたので、どうにかビーフジャーキーマイスターのあんこにお出しできるくらいの物は作れた。
俺の誕生日が今日という事は......あんこの誕生日は明日やんけ! と、衝撃の事実に気付いてからの作業だったから時間が足りなかったの......一日で作れたのはスペシャルサンクスのピノちゃんのおかげ。マジでありがとう。
......次を望んでくれたなら、その時はもっと上手く作れるように頑張るからね。
美味しそうに食べてくれているあんこを撫でながら、リベンジを誓った。
ちなみに皆には試行錯誤をしていた時のワケあり商品を提供した。味はね、牛が美味しいから問題は無いのよ。
ただ量が多くありすぎるので、消費するのを手伝ってください。本当に申し訳ございません。
「これからも皆と一緒に、仲良く元気に育つんだよ」
幸せな家族たちの誕生日パーティーは、この後もしばらく続いた――
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