第162話 悩み解消

 陰鬱な気分のままトカゲ肉の塊を切り分けていった結果、俺の目の前にはスライスされたお肉がドーンと山になっている。


 生肉派なキメラ用の塊肉も、もちろん用意してある。生で食っても美味しそうだと思われる部位を選別したつもり。どこが本当に美味しい部位なのかは謎なので、どの部位が気に入る部位は、食べている時の反応を参考にしようと思っている。



 さぁて......まだあの子たちは会議しているみたいだし、今のうちに下味を付けちゃおう。 早く会議終われー。




 ◇◇◇




 肉の下拵えを終わらせても未だにエンジェルたちは戻って来ない。その事を寂しく思っていじけていると、しっかり者コンビがこちらへやってきた。


 ......あれ?


 つぶらな瞳がチャームポイントなキメラの個性が死んでいる。まぁ何となく何があったのかは察せた......。

 ヘカトンくんは意外と鬼畜でスパルタな教官だったんですねー。


 放心状態のキメラの頭を撫でた後、ヘカトンくんも撫でてあげる。ここまで牛の管理を頑張ってくれていたご褒美として、ヘカトンくんの大好物の飴ちゃんを大量に収納袋に忍ばせておく。

 後で袋の中身を確かめた時に驚いてくださいませ。


 さて、それではヘカトンくん......キメラをこんな状態にした説明をお願いします。


『訓練してムキムキになっているオスの牛達の中で一番弱いのにすら勝てない。だからこれは必要な措置』


 なるほど。なるほど。

 その可能性は完全に頭から抜けてたわ。あの牛、今そこまで強くなっていたのね。


「ごめん、ごめんよ......」


 とりあえず謝罪。

 そこから色々と今後の方針を話し合い、キメラが進化するまでは劇物を食わせ続けるって結論に落ち着いた。


 キメラはアレを頑張って食べてほしい。チワワみたいに俺を見つめてきているけど、ここはしょうがないんだ......諦めてくれ。


 早めに進化出来るといいね

 ちなみに今日はここまでに五つ食わされたらしい。


 ヘカトンくんにドナドナされていくキメラを見送る。


 この後もあの劇物を食わされる気がする。夜はお肉だからね......頑張って......




 ◇◇◇




 また完全にひとりぼっちになった。

 劇物の新たな犠牲者を見れたおかげなのか、現在心は落ち着いている。


 夜まではまだまだ時間もある事だし、お風呂に浸ってリラックスしながら頭の中の整理でもしようかと考える。

 途中で乱入してきてもいいんだよと心の中で呟き、お風呂へと向かう。


 お湯を張り直し、かけ湯をしてから浸かる。


 しんしんと降り積もっていく雪を眺めながら脱力して目を閉じる。開放的でとても気持ちいいんだけど何かが足りない。



 露天風呂、一面の雪景色とくれば......足りない物は、そう......お酒だ。あんこたちがいない現状はもう諦めている。



 この際だから開き直ってソロ温泉を満喫してやろうと、特別な日本酒を取り寄せた。


“酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて”という信念の元に造り上げられた日本酒。


 カワウソの祭。日本酒の美味しさがよくわからないと言うガキンチョだった俺に、日本酒の美味さを教えてくれたお酒。

 懐かしい......初めて飲んだ時には物凄い衝撃を受けたなぁ。日本酒が苦手な人や、日本酒初心者に是非とも飲んでみてもらいたい。




 徳利に注ぎ入れ、木桶にお猪口と共に置いて風呂に浮かべる。自身の頭には手拭いを置き、風呂を満喫する日本人スタイルになる。


 お猪口に手酌で注ぎ、先ずは一杯クイッと一気に飲み干す。


 口の中に広がるフルーティな香りと甘み、飲み込んだ後も続く余韻が心地良い。


 高い酒は水のように飲めてしまい、いつの間にはベロベロになんていう事態になりかねないので要注意。何が言いたいのかと言うと、コレすげぇ飲みやすい。




 さて......一息ついた所でゆっくり考え事に興じるとしようか。


 一つ目、ここに住み始めて数ヶ月が経過し、単身赴任から帰ってきて先ず感じた事はここが俺の家なんだっていう感覚。

 あんこたちが居るからってだけではないのがミソ。

 ......これは春を待つまでもなく、ここに住居を構えてもいいと、俺が真剣に考えていると思っていいのかな?

ㅤあんこたちもこの場所が気に入っているのは理解している。

 ただなぁ、絶対に誰も来ない場所じゃないのだけが気がかりなんだよな。


 ここら辺はあんこたちと要相談だろうな。現在の俺は8:2でここに棲み家を構えていいと思えている。悩むわぁ。


 二つ目、キメラの名前。

 これはもう二つに絞れているけど、どちらも悪くはなさそうに思える。

 決定的な何かが欲しい。まだ時間的な猶予はあるから焦らずに決めよう。


 三つ目、このままキメラを牛の管理に回していい物かという事。

 飛べるシカウマ......これは空中からの監視やパトロールをさせるべきではないか。ツキミちゃんとダイフクにフォローしてもらえれば監視体制はパーフェクトだと思う。多分。


 トカゲの巣のような隠蔽機能や、悪意のあるヤツらだけを弾ける結界みたいのがあればなぁとは思う。


 来年辺り少しお出かけしてダンジョン攻略してもいいかな。



 ......ダンジョン?


 ......ちょっと待て。そういえばダンジョンで一つだけお願いを叶えてくれるオカモチを手に入れていたな。


 オカモチにソレらを頼めば手に入る可能性大やんけ!!!

 そうだよ。なんでそんな重要なブツを忘れていたんだろう。


 結界装置を頼むか、隠蔽機能を頼むか......これも後で要相談だ。そういえば地獄風温泉魔道具も手に入れていた。やばいな、これは早急に家族会議を開かなければ。




 ふぁぁぁ......悩み事が一気に解決へ向かうこの感じ、クセになりそうな程気持ちいいな。本当は悩み事なんて無い方がいいんだけど。


「広い風呂でリラックスしながらの考え事ってイイもんだわぁ......昔の文豪の方々が温泉宿に長期滞在していた気持ちがわかる気がする」


 上機嫌になれば当然酒もグイグイ進んでいく。あっという間に空になった徳利に酒を追加。

 体が熱くなりすぎたら雪へ全裸ダイブし、体を冷ましてからまた風呂に浸かる。


 酒だけなのに物足りなさを感じたので炙った鮭の皮を収納から出して肴に。これが大当たりで酒がまぁ進む進む。鮭恐るべし。


 飲み方も楽しみ方も、湯治に来ているおっさんの領域になっているのは気にしたら負けだと思う。

 これでいいんだ。場にそぐわない飲み方をするよりは全然いいよね。うん。


 他にも考える事あったかもしれないけど、一番の問題が片付いたと言ってもいい状況になった事を喜ぼう。露天風呂飲み最高!






 今日の露天風呂飲みをして確信した。俺は古き良き温泉宿みたいな家屋を建ててそこに住みたいと。


 風呂上がりの一服をしながら黄昏れる。

 辺りは暗くなり始めているので、そろそろ夕飯の準備に取り掛からないといけないけど、イマイチやる気が起きない。

 昼間っから風呂で飲んだ所為で完全にオフモードになっちゃったのが悪いんだけど、俺を完全に放置するあの子たちも悪い。


 どんだけ長く会議をしてるつもりなんだよぉ......




 ◇◇◇




 面倒に思いながら先程用意したトカゲ肉を焼いていき、肉を粗方焼き終えた頃にはもう真っ暗になっていた。


 未だ会議が続いている訳はないだろうと、【千里眼】であんこたちの様子を覗く。皆で固まってソファで寝ていた。話し疲れて寝ちゃったのかなー。アハハハハ......


 はぁ......寂しい。


ㅤ流れでヘカトンくんの方も覗いてみると、めちゃくちゃ笑顔で劇物をキメラに押し付けているやばい映像が見えた。


 なんか見ちゃいけないモノを見てしまった気がする。流石に止めないとキメラの心が死んでしまいそうなので止めに向かう。


「はーいご飯できたから遊びはおしまい。あんこたちはすやすやだから、今日はここで俺も食べさせてもらおうかな」


 一緒にご飯で喜ぶヘカトンくんと、縋るような目でこちらを見てくるキメラ。ごめんね、遅くなって。


「お肉焼いてきたから食べよ。キメラの分もどうぞ」


 皿に乗せた生肉と焼肉を、それぞれの前に置いていく。さぁお食べ......お口直しにどうぞ。


 涙を流しながら食べるキメラを他所目に、ヘカトンくんに質問をぶつける。


「何個食べさせたの?」


『20』


 おぉふ......そりゃ泣くわな。容赦ないねヘカトンくん。これで合計25個か。栄養過多になってないか心配。それと、なんか今の泣いているキメラの姿を見てたら悩んでいた名前問題に、第三の選択肢が颯爽と現れて解決してしまった。


「あ、そうそう。キメラの名前はワラビね」


『ワラビ......』


「嫌ならもう一つの案があるけど」


『ワラビ』


 気に入ってくれたのか気に入ってないのか判断しかねる。嫌だって言ってこないから、これで大丈夫と思っていいよね?


 ずっとワラビと呟くキメラくんを眺めながら、ヘカトンくんと一緒に焼いた肉を貪った。


 キメラの名前はわらび餅から。

 それにした理由はキメラシカの首を切り落としたら、わらび餅みたいなプルプルした物が溢れ出してきそうだなーって思ったから。


 結局名前が甘味ベースになったけど後悔は無い。


 これからよろしくね。


 ちなみに爆睡していたエンジェルたちは朝まで起きる事はなかった。

 きっとこの子たちは俺のいない間、不規則な生活をしていたんだろう。

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