第142話 あんこのあんよ

 おはようございます。とても気持ちのいい朝ですね。


 わたくしは来年あたりから本気出します。多分きっと。


 それではおやすみなさい。




 ◇◇◇




 目が覚めたけれど、包容力のある布団の心地良さに完全敗北して二度寝。

 からの、お腹の空いたウチの子に顔面をぺちぺちされて起こされて幸せでした。


 寒くなってきたせいで、布団から出るのが困難すぎる。そこにちびっ子たちのぬくぬくが加われば最強の兵器。


 結論。


 二度寝すれば幸せがいっぱい。


 皆で遅めの朝ごはんを食べてまったり。予定が全く無いからいつまでもダラけていられる。もうこの生活手放せない。

 社会の歯車達があくせく働き始めているであろう時間帯にゴロゴロできる優越感に浸る。ダメ人間まっしぐら......だがそれがいい。


 ヘカトンくんごめんね。ごめんね。




 ◇◇◇




 お昼頃までダラダラ過ごした影響からか、俺も含めて全員あまり腹は空いていなかった。なので、お昼ご飯は軽い物でササッと済ませた。


 ダラダラするのも好きだけど動き回るのも好きな元気いっぱいなウチの子たち。あんこ以外は、お昼を食べた後すぐにお外に行ってしまった。


 あんこも一緒に行こうとしていたんだけど、今回は申し訳ないけど俺が引き留めた。

 俺の道楽に付き合ってほしいから。嫌がったら即解放するつもりではある。



 道楽とは......そう、以前に考えていた二足歩行フォルムを、あんこに習得させたいという欲望が溢れた結果だ。


 リアルわんこだと、腰とか頚椎やらを痛める危険性があるから推奨されない行為だけど、ウチの子はわんこフォルムの新生物だし、えげつない身体能力を保有しているのでお試しでやってみようと思った。

 負担が掛かりそうなら即刻中止にする気持ちでいるので、しっかり意思疎通できる俺らならではの方法でやる予定となっている。


「これからやる事が嫌だったら嫌と、そして身体に変な負担が掛かったりした場合は無理だって言ってね。あんこに無理をさせてまでやらせたいわけじゃないから」


「わんっ!」


 とっても元気の良いお返事が返ってきた。


「先ずは俺の手に前のあんよを乗っけてもらえるかな?」


 そう言って両手を差し出すと、お座りした状態のままポムっと前足が乗っけてくるお嬢様。鼻血でそうなほど可愛い。

 この時可愛いあんよをモミモミしちゃったのは仕方のない事だよね。俺だけの特権。


「良い子だね。じゃあ次は立った状態で同じようにしてみようか」


 一旦前足から手を離して頭を撫でながら次の指示を出す。しっぽぶんぶんで可愛い......たまらん。

 先程と同じように両手を差し出すと、またまたポムっと前足をライドオン。


「ちょっとずつ上に上げていくから、辛くなったら言うんだよ。その時はすぐに止めるから」


「わふっ」


 ふっ......いい顔をするじゃねぇか。萌えるぜ。


 少しずつ、ゆーっくりと前足を上げていく。慣れていないからなのか、前足がある程度上がるとお座りしてしまったあんこ。顔が緩んでくるのがわかる......だが、今はだらしないツラを晒している場合ではないので、漢の意地で顔面を引き締める。


「あーもう、可愛いなぁ。前が上がったら後ろが下がるなんて。エサで目線をコントロールしてお座りを教える教える時みたいな感じになっちゃったねー」


 顔面に気を取られすぎていたせいで、口からは......それはもう残念な言葉が漏れ出た。

 ちなみにお尻を軽く押すとお座りしちゃうわんこも大好物。条件反射って可愛いよね。


 このままやっても同じ事が繰り返されると感じ、手法を変える事にした。ずっと同じ事を繰り返すのも吝かではないけど、二足歩行フォルムになったあんこにあんよが上手って言ってやりたい欲求に駆られている。


 足をぶらんぶらんさせるタイプの抱っこが好きなあんこなので、後ろから脇の下に手を入れて立ち上がる。そのまましゃがんで後ろ足を地面につけると、補助付きの二足歩行フォルムの完成。

 しっぽは問題なく振られており、嫌がっている気配は全く感じられない。


「体勢がキツいとか、体のどこかが痛いとかは無いかな?」


「わんっ」


 キリッとした顔をこちらに向け、すぐに前を向いたあんこ。今の俺は人様にお見せできない顔をしていると思う。


「じゃあ行くよー。みーぎ、ひーだり、みーぎ、ひーだり......」


 前足の片方を前方へと押し出すと、連動したかのように後ろ足も前に進む。これ、本当に可愛い。


 それを左右交互に行うと、ゆっくりと進んでいく。そう、補助付きながらもヨチヨチ歩きで前に進むんですよ。負担は全くないようで、すっごい楽しそうにしている。


「あーんよがじょーず、あーんよがじょーず♪」


 これが言いたかった。

 これがやりたかった。我が人生に一片の悔い無し......とまではいかないけど、今死んだともそれなりに幸せな最期かもしれない。


 しかしまだ足りない。このスタイルの本領が発揮されるガチスタイルにならないと、完全体とは言えない。

 まぁ、アレだね。前方から手を引きたいのだよ。


 一旦止まってもらって前側に移動する。イヤイヤ付き合ってくれているって訳じゃないのはわかっていたけど、目がキラッキラしているのを見て嬉しくなる。

 当然しっぽもブルンブルンしている。


 ユルユルなだらしない顔面をあんこに見せるわけにはいかない......。キリッとさせようと必死に顔面を制御する。この時の顔がどうなっていたかはあんこのみぞ知る......


「じゃあさっきの様にやっていくよー。はい、みーぎ、ひーだり、みーぎ、ひーだり......」


 ヨチヨチヨチヨチ......拙いながらも順調に歩みを進めていく。

 子どもの初めての歩行訓練、初めての自転車特訓......これを経験、監督した事があるのならこれ程喜ばしく、そして微笑ましい光景はないと賛同してくれるだろう。


 生後半年強の我が子の成長を見届けながら、ずっと一緒に生活していたこの男バカ親の心中はもう、筆舌に尽くし難い事になっている。

 人間らしい動きをしてほしい訳ではない。ただ......ヨチヨチ歩きで近付いてきて、足にギュッとしがみついてほしいだけだ。


「あーんよがじょーず、あーんよがじょーず♪」


 褒められて得意気になるお嬢様。

 その姿を見て、握ったあんよを離して自力で歩かせてみようか、それともこのまま手を繋いでいようかと、心の中で葛藤している俺がいた。

 結果、それからしばらくは可愛いあんよを握ったままでいた。





 ――彼らはこの日、日没まで......ずっと楽しそうに遊んでいた。

 約半日の努力が実り、ヨチヨチ歩きで足まで到達した時のバカ親の喜び様は異常だった。

 あんこですら若干引いた。




 後日、その光景を遠目に見ていたPさん。


『アレはもういつものようにアレだったけど、姉さんも大概アレだよね......』


 と、語彙が死滅した感想を、仲間であるTさんとDさんと共に話し合っていた。




 ◇◇◇




 とても有意義で素晴らしい一日を過ごした。まだ上手にできないけど、一生懸命歩いてきて足にハグするあんこは神だった。

ㅤ上手になる必要はない。ずっとヨチヨチ歩きのままでいてほしい。



 現在の俺らは夕飯も終わり、お風呂も済ませてまったりしている。

 ずっと一緒に遊んでいたお嬢様はすっごいご機嫌になっていて、体を大きくして他の子が入ってこれないように膝上を占領しながら甘えてくる。当たり前だが俺の手はあんこを撫でるのに忙しい。


 理解のあるウチの子たちは、優しい目線をこちらに向けてきている。

 ピノちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ているので、俺かあんこ、もしくは両方が明日あたりからかわれるんだろう。



 まぁそんな事はさておき、色々な欲望が俺の中に渦巻いている


 ピノちゃん、ツキミ、ダイフクにも何かしら一芸を仕込みたい......と。


 その内容は、ダイフクだけはもう決めてあるんだけど、ピノちゃんとツキミちゃんは全然思い浮かんでいない......

 どうしたらこの子たちの魅力を表現できるのか......難しいけど、俺は負けぬ!!


 考え事をしていた所為で撫でる手が緩んでしまったみたい。お腹に頭をグリグリされてしまった。


「はいはい、ごめんねっ。今日はあんこが寝るまでいっぱい撫でるから許して」


 その様子を見て、今日は長女に花を持たせるという気持ちになったのか、ダイフク、ピノちゃん、ツキミちゃんといった順に自分の寝床に戻っていった。


「気を利かせて二人きりにしてくれたよ。俺も離れたくないから、この続きはお布団の中でしようか」


「くぅん」


 とことん甘えるつもりのあんこは抱っこをせがみ、俺はそれを受け入れる。可愛いなぁほんとに。


「イエス ユア マジェスティ」


 全身で愛情表現してくるあんこを、抱っこして寝室へと入っていく。この後の事は語るだけ野暮だろう。


 それでは皆様、おやすみなさい。

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