第135話 思い出とこれから

 ちょっと牛ナメてたわ。魔力ドーピングした牛さんハンパねぇ。


 なんなんアレ。日本にあの肉を出す店があったら、お高くても給料入る度に通ってしまうわ。


 筋肉質な牛でアレ程の味になるんだから......きっとメス牛は肉質が柔らかく、サシの入りまくった日本人好みのお肉になるんだよな......ゴクリ......


 楽しみだなぁ......ふひひひッッ!!




 ......さて、くだらない事を考えていないで現実を直視しよう。


 うん、皆死んでいる。死屍累々だ。


 アホほど出しておいた肉、野菜。それらがキレイさっぱりなくなっている。

 気持ちはわかる......わかるよ。本当に美味しい物を出された時って、胃に若干の隙間があれば、詰め込みたくなっちゃうよね。

 詰め放題サービスの店で、袋にギッチギチに詰め込むようなもんだろう。


 ......まぁでも、用法用量をしっかり守りなよ。次回開催してもいいし、お前らは帰れば報酬であげた後ろ足があるだろ?


 そんな極限状態になっても、お腹がパツンパツンになってるウチの子たちは可愛い。

 撫でくりまわしたい欲求に駆られるけど、今そんな刺激与えてしまったら、キレイな虹がアーチを描きそうなので自重。褒め称えて欲しいくらい頑張って耐えた。


 敏感メイドちゃんは「ごめんなさい、動けません......」と謝りながら突っ伏している。

 今日君は頑張ってくれたからええんやで......ゆっくり休みなさい。


 そして、懲りないヤツらに目を向ける。

 王女は前回の反省が活かされておらず、またもやはしたない姿を晒している。お代はロイヤルなアラクネ糸で払ってもらうからな。


 そして駄メイドたち。土下座しながら謝罪している。お腹が張って苦しいのか、体の畳み方が不格好で笑える。

 さすがに、メイドカフェのようななんちゃってメイドではなく、ガチの職業メイドがこの体たらくなのはヤバいと思ったんだろう。

 虚ろな目と時々嗚咽、ガチトーンの謝罪。いいよ、今回は。

 次回になっても改善される気配が無かったら、無期限の王城謹慎な......と、王城に対して若干失礼な言葉を贈った。


 その後は自業自得のアラクネを放置し、慎重にあんこたちを拠点に運んで寝かせてから、一人で寂しく後片付け。慣れてるからいいんだけどさ......


 コイツら送り返したら牛タンでも焼いて一人酒しよう......と溜め息混じりにそんな事を考えながら後片付けを進める。



 洗い終わって戻ると、アラクネたちに再びの謝罪をされてから送還。二日後に一度アラクネの国に行くと伝えておいた。頼んでいた件を忘れるなよ。

 メイドちゃんを寝室に運び、やる事が無くなったので外に出て宴会の痕跡を消しに向かった。




 ◇◇◇




 痕跡の除去を終わらせたので、一人酒スタート。

 七輪で少しずつお肉を焼きながら、ちびちびと日本酒を味わう。

 空気の寒さを肌で感じ、もうすぐ冬が来るんだなぁと呟く。七輪の暖かさが身に染みるわぁ。


 肉ばっかりだったので、お口直しに異世界鮭の皮を追加し、それを炙りながら酒を楽しんでいると、ヨタヨタしながらあんこが俺の傍にやってきた。


 目が覚めて俺が居なかったから探しにきてくれたそうだ。地面に座布団を敷いてその上に乗せる。

 俺も椅子からおりて、その隣に腰をおろす。


 こっちに来てからずーっと、俺と一緒に居てくれた愛すべき存在。お腹に刺激を与えないようにゆっくり、やさしーく撫でる。


 嬉しそうに目を細め、されるがままにされている。動くのはまだキツいだろうに、ちょっとずつ体を動かして俺にぴったり寄り添ってくれた。


 この子が居てくれなかったら......きっと俺は誰も信用せずに、今頃はこの異世界の異分子として、血で血を洗うような生活をしていたに違いない。

 ある意味でもう狂っていると言えるけど、狂いきれていないのはこの子のおかげ。今の幸せがあるのも、全てこの子のおかげだ。



 あんこを撫でながら......俺がわんこラブになったきっかけを思い出していく。

 そのきっかけとなった出来事が、この子をハスキーの姿にしてくれたんだと思う。

ㅤ目標の一つを達成したからか、一区切りついたからなのか......変な感じになっているっぽいわぁ......



 ◇◆◇



 家も、学校も、人間関係も、全てが面倒でくだらない......そう思ってしまい、何事に対しても興味が持てなくなってしまい、公園でボケーッとして時間を潰すだけだったあの頃。

 今思うとリストラされたサラリーマンみたいだなと笑えるけど、当時はそうする事でしか時間を潰せなかった。


 秋頃のある日、いつも通りの行動をしようとした......けど、いつもの公園に人が沢山いたので、普段行かない公園に足を運ぶ。


 人目の少なそうな場所にあるベンチを探していた時、前方から大きなハスキーを散歩させている人がやってくる。

 吠えたりして煩いとしか思っていなかった犬という存在。その時もただすれ違うだけと思っていた。


 ふさふさなしっぽをブンブン振りながらこちらへと近付いてきて、俺の顔をジッと見つめる。

 飼い主が、「この子は警戒心が強くてなかなか初対面の人に興味を示さないのに珍しい。よかったら撫でてあげてくれない?」と、言ってきた。


 今だから何となくわかるけど、心理状態とかの機微を敏感に察知してくれていたんだろう。わんこだけに限らず、動物ってそういった事にとても敏感だし。

 友好的と言われている犬種でも、警戒心が強すぎてなかなか心を開いてくれない子もいるから、この考えで正解だと思う。


 そんな事があり、恐る恐るだけどハスキーを撫でた。

 すると、その子の表情がハッキリと変わった。嬉しそうに。

 最初はそれだけだった。


 何故かその事がとても嬉しく感じ、その日からは公園の場所を変え、ずっとそっちへ通い詰めた。


 飼い主さんも嫌な顔をせずに、会う度に触れ合わせてくれた。

 ハスキーもドンドン懐いてくれているのがわかった。その事が本当に嬉しかった。


 運動量がとにかく多いし、寒い地方の犬だから暑い時期は管理が大変だよと愚痴を笑いながら言っていたりしていたけど、愛情が感じられた。ハスキーも飼い主に全身で愛を表現していて羨ましく思えた。


 暑くなるまでの間、毎日続けていると、この時間の為に頑張ろうと思えるようになり、苦痛と感じていた時間が減っている事に気付く。アニマルセラピーって凄いね。


 十月から四月頃まで会うのを三年繰り返し、他のわんことも仲良くなったりして救われていった。

 残念ながら三年目に老いからの体調不良で会えなくなってしまい、それ以降会う事はなかった。

 きっとあの後は亡くなってしまったんだろう。悲しいけど、俺みたいな人外にならない限り寿命は絶対だもんな......

 あの優しい飼い主さんとあの世で再開してたくさん遊んでね。



 ◇◆◇



 懐かしいな。今でもハッキリ思いだせる。


 そんな俺の恩犬と同じ犬種の姿になってくれたこの子には感謝しかない。

 この能力......もしかしたら自分でも気付けない深層心理にある願望なども反映してくれるのかな?


 昔の事を思い出しながら撫でる。そして感謝を伝える。


「ありがと」


「くぅん」


 たったこれだけの言葉で全てが伝わった気がする。君がいつか別の道を見つけるまでは、どうか傍に居てほしい。

 その後は寒空の下あんこを抱っこしながら毛布を被り、そのまま外で就寝。結構寒かったけど、とても気持ちよく寝る事ができた。




 ◇◇◇




 ちょっとだけ夢を見た。

 昨日の夜、考えていた事が反映されたんだろうけど。


 あんことハスキーが遊んでるのを眺めながら、俺とあの飼い主さんでお互いのわんこ自慢をしている夢。


 あの後会えてなかったけど、夢の中でも会えて嬉しかったよ。


 しんみりしてしまったけど、とてもいいお目覚め。

 あのハスキーとはもう遊ぶことはできないけど、あんこと沢山遊んで思い出を作っていこう。


 まず手始めに抱っこしたままのあんこを、起こさないように加減しながら愛でる!!


 撫でられて擽ったそうに身を捩りながらも、表情の緩むあんこが可愛すぎて無事死亡。


 今日は何も予定はないし、皆でクタクタになるまで遊ぼうじゃないか。

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