第113話 風雲急をなんとやら

 額に痛みを感じて目を覚ます。

 ん?もう朝......朝なのか?


 目を閉じている今でもわかる。まだ暗いやん......寝相の悪い子に何かされたのか?



 毎朝一定の時間に目を覚ますようになってしまった俺だけど、それより前に起こされると、普通に眠気に負けるので起こさないでほしいんですよね。



 目を開けると、もう一度俺に突きを食らわそうと思いっきり仰け反っている白いモコモコ......白いモチモチ......いや、ダイフクがいた。


「ストップ!ドントスラストミー!」


 ギリギリ第二陣阻止に成功。なにかな?俺を殺そうとでもしたん?泣いちゃうよ?


「えーっと......どうしたのかな?」


『今すぐ蜘蛛のおねえさんを呼んで』


 ......よ、夜が寂しくなっちゃったのかな?アラクネさんちの子になりたいの?

 でもかなり真面目に言ってきているから、きっと何かがあったんだろう。


「わかった。今から喚ぶけど、夜中に喚んだことで怒られたら庇ってくれよ」


 はい、いらっしゃーい!




「......えっ!?あっ!!」


 はい、絶賛混乱中のメイドさん。夜中にごめんね。


「だよね、うん。混乱するのはわかるよ。でもね、別に性的な目的でこんな夜更けに喚んだとかじゃないから、一旦落ち着いてもらっていいかな?」




「あっ、あの、こんな事を言うのは大変失礼だとは思いますが......どうか、どうか貴方様のお力を貸して頂けませんか!!」


 うん、ちょっと待とうか。おじさん全く展開に着いていけないでありんす。


「とりあえず落ち着いて、何がどうしてそうなったかを教えてくんない?何もわからないうちにイエスとは言えないから」


「大変失礼いたしました。......人間界で教国と呼ばれている国はご存知でしょうか?その教国が何の前触れもなく、急に魔族の領域、それもアラクネ王国へと向かってきているのです......魔物を殲滅する事を、神が望んでいるって言い出して......」



 ......人間よ、どうしんだい急に。いや、なに本当に。

 メイドインアラクネの品物を略奪、装備と資金を整えて、他へ侵略する為の足がかりにしようって魂胆かね。


「助っ人してあげたいのはやまやまなんだけど、この山の中からだと間に合わなくない?」


「......一度送還してもらえますか?そして五分後にまた喚んでください」


 有無を言わせずって雰囲気だったので送還。

 急にシリアスになるのほんとやめてほしい。何があったの?何かしらのサインや予兆とからなかったんすか?


 ......まぁそこら辺はメイドさんが戻ってきてからでいいや。問題はキミよ。



「ねぇダイフクちゃん、キミさぁ......寝付けなくてメイドを覗いてたでしょ?」


 スッと目を逸らすむっつりオウル。スキルを悪用しやがって。

 まぁいいか。今回はそのおかげでヤバい事態を事前に察知できたんだし。俺としてもアラクネさんたちを失うのは嫌だ。


「スキルを悪用しちゃあかんよ。女の子が好きなのはわかるけどさ......後、もう少し優しく起こしてほしかったなー」


 ごめんなさいと素直に謝ってきた。これからは優しく起こしてねー。


「そのお陰で取り返しのつかない事態になる前に、接触できたのはよかったよ。

 ありがとね。アラクネさんたちが心配だったんでしょ」


 頭を撫でるとそっぽを向きやがった。こんな時くらい抱きついてきてもいいのに。


 ハァ......そろそろ五分経ったな......喚びますか。





「余計な手間をとらせてしまい申し訳ございません。まずはこちらを」


 出てきてすぐそう言われて手渡されたのは、真っ白い宝石とコガネ色の宝石の二つ。


「そちらは転送の宝珠といいます。片方は王国を登録してあり、もう片方は空白、何も登録していない状態でして、この場所を登録する事で戻れるようになります」


 なるほど。ワープポータル的なアレか。

 へぇ......便利でいいな。使い捨てなのかな?


「これがあれば往復は余裕ってことなのね。これって使い捨て?高価な物だったりする?」


「ええ、ご助力頂けるかは置いておいて、一度我が国にお越しいただき、お話だけでもしていただきたいのです。

 そちらは王家の管理下にある物でして、一般には殆ど流通はしていませんが、量はある程度確保してあります。一箇所しか登録できませんが、複数回使用できますのでそちらは差し上げます」


 あれよあれよと言う間にこの場所を登録したメイドさん。白い方の色が変わりコガネ色に変化していった。

 急いでいるとの事なので、寝ている子どもたちを起こさないように抱きしめて、メイドさんの指示に従い転移を開始。


 内臓がシェイクされない穏やかな転移だった......やっぱりアレはあのジジイの嫌がらせだったんだな。



 ◇◇◇



 転移した先は人間サイズならば二十人くらいが生活できそうな部屋。聞くと、メイドたちの待機場所らしい。


「前回説明させて頂いた通り、シアン様は表向きは国賓待遇となっております。国王様や王妃様は、姫様から詳細を聞いておりますので、プライベートなら砕けた口調でも大丈夫です。

 お手数ですが体裁もありますので、公の場でだけは丁寧な口調でお願い致します」


「そこは大丈夫。でも、敵意や悪意を向けられたら遠慮はしないから、面倒になりそうな奴はそちらで先に対処しておいてほしい」


「畏まりました。申し訳ありませんが、こちらで少々お待ちください。国王様へ報告をして参ります」


 そう言い残してメイドさんは部屋から出ていった。


 糸電話みたいので報告とか盗聴みたいのはできないのかね?糸で侵入者を察知するとかはやってそうなのに。


 それにしてもなぁ......急展開すぎてついていけない。

 ヒューマンライフをアーリーにリタイアして、ファミリーがセーフティに過ごせるスローなセカンドライフを、エンジェルたちとエンジョイするプランだったのに。


 まぁ俺に実害を与えた訳じゃないけど、プロジェクトメンバーを害そうとしてる。つまり、俺の夢を阻もうとしているって事でいいよね。


 宗教を心の拠り所にする事で救われている人がいるのは否定しないよ。それ自体は素晴らしい事だと思う。

 でも実在するかすら怪しい神からのお告げと偽って、血腥い事への大義名分にしたり、信仰していない他者を害する事は違うっしょ。


 人間以外は悪魔、それらを排して勢力を増やせ、懐を潤せ、信者を増やせ。そんな神がいるとしたら、サバト野郎並のアレだろ。



 ウチの子たちをシンボルに掲げた新宗教を立ち上げた方が世界平和に貢献できそう。アラクネの国家は簡単に掌握できそうだよね......しないけど。



「ダイフクはどう思う?あの子たちに懐いてるし、救いたいと思ってるんだよね?」


 コクンと頷く白い餅。


「了解。起きたら一応確認はするけど、あんこたちもきっとそう思ってるだろうね......その他大勢に分類されるような有象無象共にアラクネたちが迷惑かけられるのは許し難いから、俺も協力して降りかかる火の粉を払うお手伝いをしようかと思ってる」



 ダイフクとそんな話をしていると、ドアがノックされた。返事をすると見慣れたいつものメンツが入室。


「シアン様。この度は我が国の問題なのに、浅ましくもご助力を願うなんて真似をしてしまい申し訳ありません」


 部屋に入ってすぐ、謝罪を口にして頭を下げる王女さんと、それに付随するように頭を下げるメイドさん方。


「そんな事しないでいいから顔を上げて。ていうか、人間如きこの国のメンツだけでどうにかならない?ぶっちゃけ余裕で対処できると思うけど」


「アラクネ種は地属性に偏っていまして、多種多様な魔法攻撃を乱発されると弱いのです。それと、大規模な転移装置がダンジョンで発見されたらしく、この国の総人口の数倍の数を一気に送り込んできているのです......

 転送の宝珠の数が全然足りず、他種族へと応援を頼んでも間に合いそうにない状況でして......」



 アラクネのはっきりした戦闘力がわからないから、なんとも言えない問題だわ。戦闘民族ってよりも生産職の面が強そうだし。

 それでも地属性の魔法って強いと思うけど、タ〇シがカ〇ミに挑んでも勝てるわけが無いって感じかな。


 それと数の暴力は、どこでもやっぱり正義なんだねぇ......ミツバチでもスズメバチを殺ったりできるくらいだし。


「わかった。まぁ今までめっちゃ世話になってるし、こっちで初めて仲良くした種族だし、全力で協力するよ。

 でも人間共からは、完全に敵対種族......神敵って風に見られるだろうけど、それは覚悟の上かな?」



「ありがとうございます。詳しくは父である国王様とお話頂きたいです。余計な者たちは排除してあるので、私たちと話す様に気楽に話して頂いて構いません」


「わかった。じゃあ会談場所まで連れてってよ。俺に対しても、そんな固っ苦しいの喋りはしないでほしいかなー」


 ――人間社会から脱却し、人と魔の争いに、魔の側で加担するシアン。

 それは人間社会との、完全なる決別を意味していた。

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