第54話 終わるオフの日とお披露目

 洞穴開催の水族館営業が一段落した。


 ピノちゃんの出す幻影フィッシュのクオリティを上げるために、俺がお手本として日本の海の魚を見せてあげていたらすぐに上達したので、やはりウチの子は天才なんだと再確認。


 凄いねと褒めたら、フフンッ!と得意気にしていて可愛かった。


 そして今現在お嬢様は、掘った穴の中で水の魚を泳がせている。これはとても微笑ましい光景でした。



 素敵な光景を横目に、俺はスキルガチャの残骸の横にある宝石っぽいモノに目を移す。


 スキルの変化など、衝撃的な事が多くあって忘れていた。この変な宝石を見てみよう。



 ▼ダンジョン専用帰還石

 魔力を込めれば発動し、ダンジョンの入口まで即座に離脱できる

 使用者の二メートル以内にいる味方全員が転移される

 憎しみや敵意を孕んでいると味方判定されないので注意▼


 脱出アイテムが最下層に置いてあるとか......

 やっぱりあのダンジョンはクソだわ。性格悪すぎてやばいわ。


 俺を置いていったおっさん達が使っていたのは、見るからに魔道具って感じのモノだったから別物なんだろう。


 六個もあるけど使う機会はほとんどないだろうな。もしダンジョンへ行くならクリア前提で行くだろうし。

 まぁあったら便利だから収納の肥やしにしておくけど。


 俺が変な宝石を鑑定している間のピノちゃんとあんこは、楽しそうにコソコソと何かをしていたので放っておこうと思う。

 馬鹿な人間や俺みたいに、碌でもない事はしないと思うので。



 メインイベントが終わって暇になったので、こっちに来てから一度も切っていなかった髪を切ろうかなと思う。


 長いのは別に嫌いじゃないが、走ってる時に濡れた髪がまとわりついてきてウザかったんですよ。

 そろそろ肩に届きそうなくらいまで伸びてきているし。



 鏡を取り出し、糸で切り始める。


 もしここで失敗してしまったら2ヶ月くらい王都へ行けなくなってしまうから慎重に。


 そしてあまり短くしすぎないように少しずつカットする。

 切りすぎたら戻せないからね。丁寧に、ゆっくりと。


 バランスを取るという名目の元に、どんどん短くなっていく負のスパイラルを未然に防ぐ為に......


 失敗出来ない緊張感で気が狂いそうだったが、指先の魔術師さんがいい感じに作用してくれていたおかげで、糸にブレはなく上手に切る事ができている。


 と、思う。所詮素人の目線だし。



 ~二十分経過~



 結構時間を使ってしまったけど、素人なりに上手くカットできたと思う。


 野郎にしてはちょっと長めかなってくらいの可もなく不可もない感じに仕上がった。これ以上短くしたら失敗しそうだったから止めた。


 ......結構見た目の印象が変わったと思うけど、どう見ても日本人に近付いた。


 こうなってくると、見た目の日本人感をどうにかしたくなってきた。

 どう足掻いても顔は変えられない。なら、髪を染めればいいじゃない。


 別に日本人っぽい黒髪にこだわりなんてないから茶髪にでもしようかしら。

 王都での一件が片付いたらブリーチするかね。


 切り終わって床に散らばっている髪はブラックホールで吸い取ってお掃除した。


 うん。すげーさっぱりしたな。


 頭が軽くなった。

 めんどくさがって切らずにいたけど、散髪って大事だわ。気持ちもリフレッシュされたし。


 俺の髪型が変わってもあの子たちは何もリアクションをしなかったので、少し寂しく思いながら後片付けをした事は俺の心の奥に秘めておく。


 野郎の寂しがりなんて誰も得をしない。


 あの子たちは散髪を終えた俺をチラッと見ただけで、まだコソコソ何かをしている。

 魔力まで使っているみたいだし、なんか新技でも開発してたりするのかな?


 コソコソしてた事をお披露目してくれるまでは知らんぷりしておこう。


 ピノちゃんもあんこに毒されて、俺をびっくりさせてドヤりたいお年頃みたいだし。




 ふぅ......構ってくれなくて暇だから飯でも作るか......

 お昼とおやつの中間くらいの時間になっている。

 焼き魚、天ぷら、焼きそばを食べたから、今回は胃にガツンとクる丼メニューを食べよう。


 用意するのはチャーシューの薄切りとその煮汁、卵2個とラー油を和えた白髪ネギ。



 油を敷いていないフライパンにチャーシューを敷き詰めて胡椒をふる。その上に卵を2個入れて目玉焼きを作る要領で蓋をする。


 まぁハムエッグのチャーシューバージョンだ。


 チャーシューの煮汁をかけたご飯の上にびっしりとネギを乗せておく。ネギは多めが好きなんです。


 卵が好みの固さになったらその上にチャーシューエッグを乗せれば完成。

 所要時間は5分もかからない。下準備を含めたらもっとかかるけど。



 あとは上品さなど考えず、ただひたすらカッ込んで食すだけだ。

 ネギチャーシュー、チャーシューエッグ両方とも好きな俺にとって、双方の良いとこ取りしかしてない贅沢なメニューである。


 卵を二個にするというファインプレーのおかげで、黄身を潰すタイミングの選択肢が増え、最後まで好きに味わえる。


 滲み出たチャーシューの脂で片面がカリッとなっているチャーシューもいい味を出している。

 辛ネギさんのユーティリティープレイヤーっぷりのおかげ最後まで飽きずに楽しめるのも素晴らしい。

 ネギの風味と辛味、それにシャキシャキの食感がとてもいいアクセントだ。


 丼モノは作るのは手軽で美味しく、お腹も満足できてとてもいい。

 次やる時は牛丼にしよう。ジャンクな感じにチーズ牛丼にしたい。いや、ねぎ玉もいいな。



 丼モノの唯一の欠点は食い終わった後に行動を起こしたくなくなる事だけだろう。


 そのまま畳の上に寝転がりグダグダしてしまう。牛になるとかいう迷信は、もう俺には通用しないのだよ!

 洗い物は後でやればいいや。めんどくさい。


 そうやって洗い物が溜まっていったなぁと懐かしさを感じた食後であった。




 タバコを吸いながらグダグダする事三十分。ようやく動ける気がしてきたので洗い物を片付けていく。


 洗い終わってからようやく、俺も水が出せるようになったから、体を動かさずに魔法だけで洗う事ができたやん......と気付いて少しへこんだ。


 しかしコレはいい事だ。煩わしい後片付けや洗濯物がとても楽になる。

 洗い物さえしなくていいなら日本時代もっと料理していただろうなぁ。


 水を扱えるとこんなに楽になるのかと感動したので、練習を頑張ろうと思えた。

 だがそれは今じゃない。別の暇な時に練習を頑張ろう。



 明日はきっと忙しいから、今日は命をかけるくらいの意気込みで全力でダラダラするのだ!


 今は......そうする事が俺にとっての最重要事項なんだ。



 という訳でビーズのクッションを枕にして寝転がり、手元にせんべいと緑茶のペットボトルを置く。


 これに後は、テレビと野球中継があればパーフェクトな休日だっただろう。

 それは高望みしすぎなのだがちょっとだけ恋しい。Aクラスにいたままでいてくれたら良いな。


 あぁぁぁぁぁ!!!

 スタジアムでご当地飯を食べながらビール片手に観戦したり、家でしょぼいツマミを肴に飲みながら観戦したい!!!


 ちょっとだけ欲望が漏れてしまった。


 そんな感じの家の中でくつろぐお嬢様とピノちゃんが居たら幸せだっただろうなぁ......

 そんな日本での生活だったら生涯独身は確定だろうけど。


 ......今とそんなに変わらないか。



 願いを叶えるあの箱がなぁ......


 もっとデカかったら、野球中継が見れるテレビを望んでいただろう。

 テレビとかは大きめの画面で見たい派なのが出てしまって、ソレを望むのを諦めた。これだけは絶対に譲れないので断念。


 ちっちゃい画面でスポーツ中継見ても楽しめねぇ!!

 小さい画面で見るのは動画だけでいい。



 なんか日本を思い出した影響でソロのゴロゴロが寂しくなってきたので、あんことピノちゃんを呼んでギュッと抱きしめる。苦しくならないくらいの力で。


 一緒にゴロゴロしながらお昼寝しようと提案すると、即オッケーされた。


 はしゃいでいたからちょっと眠くなってきていたらしい。

 中型犬サイズになり俺の腕を枕にして寝そべるお嬢様と、俺の胸の上に乗って目を閉じるピノちゃん。


 幸せいっぱいのお昼寝を楽しんだ。



◇◇◇



 三時間程寝てたらしい。


 雨はそこそこ大人しくなってきている。雨の日特有の土の匂いがする。


 可愛らしい寝顔のお嬢様と、シャツの胸ポケットに入り込んで寝ていたピノちゃん。

 寝返りうってたらどうなっちゃったんだろう。怖いわ。


 この子たちはまだ起きそうにないので寝タバコをする。良い大人はマネしないようにね。



 一本吸い終わって体勢がキツく感じて来たのであぐらをかき、お嬢様を足の間へ移動させる。


 この前気に入った櫛を使って、お嬢様のふわふわな毛を梳いていく。

 毛質に変化は全然起きないが、気分的にサラサラになっていると思っておく。


 しばらく続けていたら目を覚ましたみたい。可愛いあくびをしてから小さく伸びをした。


 おはよう!と、ひと撫でしてからまだ梳いていない部分をやっていく。



 お腹を上に向けて、撫でて!と伝えてきた。ちょっと悪戯心が沸いてきた。多分ここがお披露目場所だと思う。



 ......さぁ行こうか。


 スキルを発動させてぷにぷにお腹へ向けて手を伸ばす。





 あとは言うまでもないだろう。


 甲高い鳴き声を発した後は、俺にされるがままのお嬢様の姿がそこにはあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る