第26話 雨の日とプロジェクト天使

 宿に戻ってからは特に何もなかったので、ゆっくりと過ごしてその日は終わった。

 懸念していた雨は夕飯の時間くらいから降り出してきて、そこからずっと降り続けていて本日の天気は雨となっている。



 起きてからもずっと雨が降ってるのは初めてだった。


 あの森を出てから一日もゆっくりと休んだ日が無かったので、今日は一日ゆっくり休む日にしようと思う。


 いつの間にかこっちに来ても毎日毎日ずっと何かしなきゃ......って思考になっていたことに戦慄を覚え、精神にダメージを受けてしまう。


 急いては事を仕損じる......ダラダラしたっていいじゃない。人間だもの。



 あんこは朝食を食べてから俺のローブにくるまって寝ている。彼シャツの亜種だろうか......可愛いなぁ。

 このフリーダム感は見習わないとな。



 今の時間は......九時くらいか。ベッドでゴロゴロしよう。



◇◇◇



 ......そんな気はしてたよ。いつの間にか寝ていて、昼をちょっと過ぎたくらいに目が覚めた。

 腹も普通に空いていたので、宿の隣の飯屋に行って日替りを頼み、出てきたミートソースパスタを食べてきた。




 眠気はもう無い。しかし雨でやる事が無いのでゴロゴロしてしまう。だけど、これ以上今寝てしまったら夜に寝れなそうなので我慢。



 暇を持て余した俺は、アラクネメイドさん呼んでみるかと考えた。頼みたい事も出来たしちょうどいいと思って。



 今回の賄賂はどうしようかな?


 ......あんころ餅にしようか。俺も久しぶりに食べたいし。あと羊羹もあげよう。



 めいどさーんでーておいでー!



「お久しぶりです、今大丈夫だった?」



「お久しぶりでございます。随分と時間が開きましたね......えぇ大丈夫ですよ」



 なんか言い方に棘ない?


「よかった。ちょっと色々あって、今になってやっと時間が取れたんだ。

 で、頼みたい事なんだけど、靴下とデカめのタオル......あとブランケットっていうんだけど、こんなのは作れそう?」



「そうだったのですね。

 ......ブランケットと言うのは初めて見ましたね、不思議な手触りです。そちらを使用してもいいのなら作れると思います。他は大丈夫ですね」



「おぉ、ありがとう!じゃあお願いしたい。

 あと貴女は革の加工って出来たりする?無理なら加工出来る人に心当たりはあったり?」



「畏まりました。革の加工は私でも一応出来ますね。どんな物をご所望ですか?あとその革はどういった物でしょうか?」



 出来るんだ!さすがエリート万能メイドさん!


「解体できないからそのままで保管してるんだけど、ミラージュバイパーって蛇。そいつの革でブーツと靴を1足ずつ作って欲しい。余った素材などはあげる」



「それでは足の採寸を済ませた後にその魔物を渡して頂き、こちらで解体して依頼の品を仕上げましょう。

 本日は姫様が忙しいので、お渡しは明日の夜頃になりますがよろしいでしょうか?」



 助かるわぁ、ほんとすげぇな万能メイド。

 革の加工ってやり方わからないし、そんな早くできるもんなのか?布製品は実際に見たからできるの知ってるけど。


 ......魔法やスキルがある世界だし、それくらいなら不可能ではないのかね。



「あの時はごめんね。こっちもよく能力を把握出来てなくて。

 あとそこまで急がなくていいから。これお代の羊羹と、あんころ餅っていうお菓子」



 ありがとうございます!と一瞬でテンションが上がったメイドさん。お土産兼お代の甘味と蛇の死体を渡して、蛇の余りは好きにしていいよと伝えた。


 送り返そうとした瞬間に、送還してから十分後くらいにもう一人のメイドと自分をまた喚んでくださいと言われたので、了承して送還。



 王女さんは今日は王族としての仕事があるみたいでメイドさん達はついていけなかったらしく暇をしてたみたい。

 蛇がいい品質だったので、解体と加工が得意な別のメイドに任せてくるらしい。



 時間が軽く空いたので窓を開けて、外を眺めながらタバコ吸って時間を潰した。



 十分経ったのでまた呼んでみると、メイドさんは大きい袋を抱えていた。



 もう一人のメイドさんに挨拶しようと思っていたけど、俺が挨拶する前に興奮しながら話をし始めた。

 テンションが振り切れてる人を目の当たりにすると、とても冷静になる。落ち着いてくれたらいいなぁ。





 聞けば、作った衣類を早くお披露目したくて、いつお喚ばれするのか!と悶々としながら待っていたそうだ。



 テンションの上がっているメイドの子は、あんこ用の服やらリボンやらスカーフやらを、それはそれは情熱を込めて作成していたとの事。


 そのまま王族に献上しても問題ないほどのクオリティやデザインの物に仕上がり、早くあんこに着せてみたかったんだって。



 ちょっとテンションが高すぎて、うちの天使が怯えてるようにも見える。一旦クールダウンしてもらおう......





 威圧をぶつけたらしっかり大人しくなった。

 それを確認したうちのお嬢様が、俺に向かって飛びついてきた。

 避難してきたようだけど、俺には役得でした。ありがとうございます!



 メイドさんは割とガチめにもう一人のメイドに説教されている。いいぞ!しっかり教育してくれ。

 悪意はなく、俺が長い事呼び出さなかった事でテンションが上がってただけなのはわかったから今回は許すけど......怯えさせたりする事は次は許さないよ。




 説教が一段落するまでイチャイチャしてた。たまに説教されてるメイドから視線が来てたが気にしない。



 一人はお疲れ、一人はげんなり、一人は満足気、一頭はご満悦。

 そんなカオスな状況なので、大福と緑茶を出して休憩。

 説教していた子には二個あげた。羨ましそうに眺めてるメイドは一個でもあげただけよかったと思えや。



 さぁお披露目会を始めましょうか。

 今度はテンション上げすぎんなよ?嫌がられたり、嫌われたら辛いっしょ?俺ならその時点で死を選ぶからな。







 ......お前残念だけど優秀だったんだな。


 おめかしをしたあんこは天使......いや、熾天使だった。



 テンション上げすぎんなよと注意した手前、俺が壊れるわけにはいかぬ......



 真のエンジェルフォルムになる為の羽根を出す為に、出来上がった物に切れ込みを入れてもらう。


 完成品に手を入れるのは勿体ないが、羽根をパタパタさせているあの素晴らしさを、このコーディネートと併せて体感してもらいたい。




 自慢の品に注文を付けられてちょっと不満気だったが、それも一瞬の事になるだろう。



 さぁ、真の姿をお披露目してあげなさい!完全体になるのですよ!




 最早語るまでもないだろう。神の遣いが御降臨なされた。


 神は居た。それだけだ。



 俺はその御姿に見蕩れ、目からは感動からか自然と液体が溢れ、そして体は歓喜に震える。



 震える口から漏れた言葉は一言だけ......



「マーベラス......」



 そう、ただその一言しか出なかった。



 アラクネさん達は初めてのエンジェルフォルムに目を奪われていた。



 天使にご執心なメイドさんは「ここは天国なのでしょうか......」と呟いていた。わかるぞその気持ち。



 ん?なんか超小さくブツブツ言ってる......聴力を強化してみよう。


「あの羽根は形を真似ただけ......本当にお空を飛べる様にするには......」




 お前天才か!!!魔力増やせば出来るようになるか?それならいくらでも協力するぞ!!!

 素材が必要なら場所だけ教えてくれたら意地でも入手してくるからな!!!



 そっと肩を叩き......決意を込めた目でこう告げた。


「俺に協力できる事があればなんでも言ってくれ。協力は惜しまない!やれる事があるならなんでもしよう」



 彼女は目を輝かせ、深く頷いた後にこう切り出した。



「ええ!任せてください!アラクネの技術力と知識を用いて絶対に完遂いたします!

 何か足りない物があればお願いしますので」



 そうして俺らは固い握手を交わした。



 その時もう一人のメイドはうっとりした顔をしながら天使を撫でていた......その姿を見て閃く。



 俺はこの計画を成功させる為に、あんこのエンジェルフォルムを他のアラクネメイド達に見せつけ、協力者を増やすのに必要な最後のピースを埋める為の案を思いつく。




 ポラロイドカメラを召喚し、メイドに撫でられている尊い御姿を撮影。



 何をしているのかわからないメイドに出来たてホヤホヤの写真を見せたら何をしたいのか瞬時に理解した二人。さすが万能メイドだぜ!


 俺、メイドさん個人、メイドさん二人の写真を一枚ずつ撮り、俺の写ってないヤツを渡した。







 ───────これが後に語られる“あんこ(様)エンジェル計画”が始動した瞬間であった......

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る