この日の夜は温暖前線が龍顎湾公海上に居座り、海面分厚い乱層雲が覆っていた。

 たいていこういう時は視界が利かない低空を避け、雲の上を航行するするのが飛行船乗りの定石だ。

 逆に言えば舷窓から漏れる明りや航行灯の光が見えやすく、すぐさま獲物を見つける事が出来る。

 案の定、龍顎湾の入り口付近で帝国新領の首都、拓洋を目指す1万トン級の客船を見つける事が出来た。船名は『蓬莱丸』

 前回の『フォルテーン号』同様、スマートなデザインの優雅な船だ。

 ジョユスは全員に戦闘配置を命じ、持ち場に着かせる。今日は3分で完了した。上出来と言えるだろう。

 アルネスが右舷銃座から対戦車ライフルで『蓬莱丸』の無線アンテナを破壊する。一発目の曳光弾で弾道を見て、二発目の徹甲弾で綺麗さっぱりアンテナは吹き飛び雲の海に消えた。

 これで船は猿轡をかまされたも同然だ。

 アマンデが丹精込めて作った見事な空賊旗を掲げると、今度は機関砲からの曳光弾で船橋すれすれを撃ち、発光信号で停船を命じる。今回も大人しく従ってくれた。

 前回同様相手の船の左舷船体上部甲板に『イカヅチ号』を着船させ、突風吹きすさぶ甲板を気密ドアめがけて、ジョユスと息子二人、そして新入りのヌーナクが進む。

 ディリックがドアのノブに手をかけ捻るが開かない。施錠されているようだが船内と船外の間のドハは散弾銃程度ではビクともしない。

 そこで登場するのが、ヌナークが肩から下げた鞄に入っている新兵器。

 元々戦車用に開発された吸着地雷に手を加えた爆弾。威力を減じドアだけを吹っ飛ばせる様に改造したものだ。

 ヌナークから受け取ると、ジョユスは錠前のあたりに磁石で引っ付け、ドアの舷窓を覗いて無人を確認すると信管を起動させ全員逃げる。

 強烈な爆音とともに分厚い鋼鉄のドアが吹き飛び、船内に侵入できる道がひらけた。

 拳銃や散弾銃、カービン銃をちらつかせ、大声で。


「『イカヅチ空賊団』だ!命と船が惜しけりゃ抵抗するな!助けは来ないぞ!」


 と、腕に巻き付けたカンニングペーパーを見ながら、まほらま語で叫ぶ。

 船橋になだれ込むと、安全ピンを抜いた手榴弾とマキーン11拳銃を長い顎髭を生やした船長らしき男に突きつけジョユスは。


「客室用の伝声管を貸してくれるか?ちょっとした案内を流したいんでね」


 船長が顎で伝声管の場所を教えると、ジョユスはアルネスに背後を守らせ、ディリックとヌナークを客室に向かわせ。メモを見ながら伝声管に話しかける。


「乗客の皆さん、おくつろぎの所まことに申し訳ない。当船はただ今我々『イカヅチ空賊団』の制御下に入った。対抗しない限り皆さんの安全及び御婦人方の貞操は保証する。ただし今からそちらにお邪魔する一味の者に現金、貴金属、宝石の類を供出ねがいたい。それが皆さんの安全を保証する代金と思っていただければ結構だ。万が一、一味の者が危害を加えられたら、皆さんの旅行先は冥府に成るであろうことを念のため申し添えて置く。以上」


 手首の内側にはめた飛行士用の腕時計を一瞬睨み、そろそろ引き上げ時か?と思ったその時、重々しい散弾銃の銃声がジョユスの鼓膜を叩いた。

 アルネスにその場を任せ、客室へ走る。

 ちょうど客室の廊下の入り口辺りで、ディリックが背中を向けて立っており、彼の足元には強奪品を詰め込んだ麻袋を握りしめ作業服の股間を濡らして座り込むヌーナクが居り、さらにその後ろには尻尾を生やした若い船員がうつ伏せに倒れていた。

 胸のあたりの絨毯は彼の物であろう血ですっかり濡れそぼり、血だまりはまだ広がりつつあった。背中には血と肉と船員服の切れ端が、ぐじょぐじょとした一塊に成って乗っかっている。

 至近距離から九粒球の鹿撃弾を撃ち込まれたのだ。


「こ、コイツが、後ろからヌーナクをナイフで刺そうと、ゴ、ゴム弾で撃ったんだけど、それでも向かってきて」


 恐慌ですっかり声が上ずり、立っているのもおぼつか居ない様子だったが、銃口だけは前を向いている。

 客室のドアを半開きにして、様子を伺う客たちの視線がこちらを容赦なく突きさして来る。

 ディリックとヌーナクの襟首を引っ掴み、眼を怒りに燃やしジリジリと追って来る船員たちに銃口を向け、船橋に戻る。

 カービン銃を今にも飛び掛かりそうな雰囲気の船員たちに向けたアルネスは、戻って来た三人とそれを船員達を見て「何があったんだ!」

 ジョユスはその問いを無視し「脱出だ」

 客室から追って来たサイ角の船員が大声を張り上げた「こいつら、テマルルの奴を撃ち殺しやがった!」

 一等航海士が一歩踏み出す。その足元にジョユスは一発撃ちこみ、銃口を彼に向け「自分の命も大事しろ!」

 手榴弾と銃口で前後を牽制しつつ『イカヅチ号』へ走って後退する。行く手を塞がれる度に威嚇射撃で追い散らし退路を確保する。

 吹き飛ばしたドアまで戻り船外へ全員が出ると、ジョユスは手にした手榴弾を中に目掛けて投げ込んだ。

「手榴弾だ!」という叫びと、慌てて逃げる足音。そして爆音を聞かぬまま『イカヅチ号』に飛び乗り操縦席に着いたジョユスは、ダラルとアバルに急発進急上昇を命じるとアルネスに。


「重機関銃であの船のエンジンを全部叩き壊せ!追ってこれないようにするんだ!」

 

 何か言いかけたアルネスだったが、口をつぐむと決心した様に「了解」とだけ言い残し右舷銃座に走る。

『イカヅチ号』が離れると、『蓬莱丸』はそれを追うように急速に接近してきた。乗客がいると言うのにぶつけるつもりなのか? 

 腹の奥を揺さぶるような13ミリ重機関銃の発砲音が鳴り響く。

 しばらくして銃座のアルネスの声が伝声管から聞こえて来た。


「機銃弾命中。エンジンは四発とも沈黙。『蓬莱丸』は停船した」 

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